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「結!!」

自身の目の前に縦長の結界を形成し、襲い掛かってくるセメントを、防御する。行く手を阻まれたセメントは結界に跳ね返り四方へと散らばった。

「おらぁ!」

俺の視界が良好になったところで、両手を地につけている状態のセメントス先生の手にも結界を張り、動きを封じる。そこに左右から先生に殴り掛かる二人。砂藤の手にはカフス。結界で手の動きを封じてるから、いける!!

「うん、連携は悪くない」
「!?」

ぽつりとつぶやいたセメントス先生の言葉に耳を疑う。それとともにかかる圧力。セメントス先生の手元、俺が結界で封じている手を見ると個性で操られているセメントが結界を壊そうとしている。力負けすまいと力を込めるが、間に合わない。

鋭い刃先となったいくつものセメントが俺の結界を破壊する。あと少しでカフスが先生の手にかかる間際手ではなく、両足からセメントが溢れ出した。手だけじゃなくて体のどこからでも操れるのかよ!

「結!…滅!!」

砂藤と鋭児郎へ襲いかかろうとしていたセメントを結界で覆い、滅する。二人はなんとかセメントが襲ってくるのを免れたようだ。まさか手からだけでなく足でもセメント操れるとか思わなかった。でも、そういえば轟も手からも足からも氷出してたな。ならば…。

「結!!」

ピピッ、と先生の手と足の周りを何重にも施した結界で拘束する。ぐぐっ、と力を込め、もう一度封じこめ、念糸で腕ごと拘束してやろうとするが。甘い、とばかりに先生の個性であえなく結界が突破される。こちらが形勢不利にかなり傾いた。同じ手は使わしてくれないだろうし。

「いきなりの襲撃、驚いたよ」
「…全然驚いてなさそうなんだけど、先生」
「くっそぉ、行けると思ったのに!」

ファインティングポーズを決めながらセメントス先生に向き直る二人。俺自身も胸の前で印を結ぶ。無表情に俺たちを見つめる先生。

「敵はね、考える時間なんかくれないんだよ」

襲い掛かってくるセメントに向かって、叫んだ。




……………………………





終了5分前。
何チームかの条件達成報告が放送される中。俺たちは、なかなかの窮地に立たされていた。

上がる息、蓄積する疲労。

あれからセメントス先生と攻防すること25分。鋭児郎たち二人が先生に肉弾戦を挑んでいる隙きに空へ逃げようとしても、セメントの塊が飛んできたり、流動体のセメントが襲ってきたりと、場所を移動しながらも先生の手のひらの上で転がされている状態だ。無想で対抗しようにも時間稼ぎにもならない。

鋭児郎たちも襲い掛かってくるセメントを躱しながら先生へとカフスを装着することを試みるがうまくいかない。硬いセメントに邪魔され、砂藤なんか顔色真っ青だ。

しかし、幸運なことに移動のお陰でゲートまでだいぶ近づいてきた。

あと5分。ゲートは先生の後方。なにか、打開策。

「…もう終わらせようか」

刹那、四方に現れるセメントの壁。セメントで俺らを捉える気かっ。慌てて俺達の周りに結界を施し、防御する。目の前が、あっという間に漆黒に包まれた。



「…解。ねぇ、これやばくない」

セメントで塗り固められて捕獲されるのは免れたが、いや、ある意味捕獲されてるのか?かごの中の鳥のようになってしまった。真っ暗闇の中、結界で守られたちょうど四角の空間を除き全面をセメントで覆われてしまった。これを突破しないことにはゲートをくぐることも、先生にカフスをかけることすらできない。

「とにかく!このセメントの壁をぶっ壊すしか方法はないだろ!」

ガンガンとセメントを殴り壊していく鋭児郎を見やりながら、壊した先から新しいセメントに覆われていく風景に鋭児郎が唸り声を上げた。

「キリがねーよ、オイオイ!ブッ壊してもブッ壊しても…壁生えてきやがる!!」
「ウゥウ…、ねむい…、だるい…」
「おおい、頑張れ!!かなめも結界で消していってくれよ!!」
「…いや、正面から壊していくだけじゃ厳しそうじゃない?ここセメントだらけなんだよ。しかもセメントス先生がどのあたりにいるかわかんないから俺の結界で滅するのも危険だし」

先生滅したらしゃれにならないし。

「じゃあどうするんだよ!?」
「…成功するか分からないけど、考えならある」

とにかくここから脱出しないと話にならない。

「潜る」

その俺の一言にクエスチョンマークを浮かべる二人。そりゃそうだよね、頭をガンガン金槌で打たれるような鈍痛を無視し、大きく息を吐き出す、集中する。

「俺は地下からゲートを目指す。二人は真上に穴開けるからそこから先生捕まえて」
「…、時間もねぇしやるっきゃねえな」

ピンッと、先に一つ。足の踏み台の結界を形成してから俺の真下に向かって結界を展開。

「滅!」

俺は一人地下へと潜った。それと同時にセメントで覆われた上部と俺の目の前に広がるセメントに向かって結界を作るイメージをする。んで…。

「鋭児郎、砂藤いくよ。ーー結っ、滅っ!!」

瞬時に結界を形成、滅する。上から漏れる光に目もくれず、俺は鋭児郎たちの雄叫びを聞きながら真っ暗闇の中を走り出した。真っ暗闇の中、なにも目印がないお陰でまっすぐ走っているはずが横の壁にぶつかったりしてなかなか走りにくい。

「いだっ…っ!!」

どうやら結界で滅した先まで来ていたらしい、全速力で走っていたおかげで全力で壁にぶつかってしまった。顔めっちゃ痛い。その痛みに涙がにじみながら、真上に向かって結界を展開する。

ポッカリと空いた穴。ひどい頭痛に吐き気を覚えながらも最後の力を振り絞って結界で体を上へと押し上げる。セメントス先生に捕まるまいと随分と上まで結界を形成し、解除する。後ろでは殴打音が聞こえるから鋭児郎たちが交戦してくれているようだ。

宙に結界を形成しながらゲートに向かって駆け下りる。が、後ろから衝撃。疲労の溜まった体に重くのしかかるセメント。幸いにも足にはかかってない、走れる。

地面に足がつく、ゲートまであと少し。ぐっ、と地面を蹴り上げた。


あといっ…。



『タイムアップ!!期末試験これにて終了だよ!!』



ぽ。



無情にも響く放送。敷地から一歩出た俺が見上げたEscape Gateの文字は最初にここをくぐったときから変わらず”がんばれ”のままである。

振り返った先の鋭児郎と砂藤も呆然と立ち尽くしている。あ、カフスつけれたのね。でも、クリアの放送が流れないところを見ると、あちらも間に合わなかったようだ。

「マジかー…」

根性で立っていた体を放り出し、勢い良く地面へと倒れ込んだ。あー…。

ーーーーー期末試験、赤点確定。


…………………………








赤点は俺達の他にもいたらしい。試験を終えたメンツでどよーん、と重い空気を背負っている上鳴と芦戸を見つけお互いに肩を叩きあった。足戸は両目に涙を浮かべながらぎゅっ、と両手でスカートの裾を握りしめている。

「皆…土産話っひぐ、楽しみに…うう、してるっ…がら!」
「まっまだわかんないよ、どんでん返しがあるかもしれないよ…!」

緑谷が必死に俺たちをなだめようとしてくれているのはわかるが、今はその行為すら憎らしい。瀬呂がより不吉なことを言いやがるからそちらを睨んでおいた。

「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補修地獄!そして俺らは実技クリアならず!これでまだわからんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!!」
「落ち着けよ、長え」

上鳴がぎゃいぎゃいと騒ぎまわる中重い足を動かし机へと突っ伏した。補修地獄…嫌すぎる。

「夜守さんが赤点なんて思いもしませんでしたわ」
「惜しかったんだって?」

上から八百万、尾白。あと一秒あれば赤点回避できたのに…。突っ伏したまま二人を見上げると苦笑いをされた。うん、面倒くさいやつでごめん。

「予鈴が鳴ったら席につけ」

カアンッ、と荒々しく開け放たれたドアから相澤先生が若干肩を怒らせながら現れた。あれ絶対赤点が出たから怒ってるやつだよな、合理的じゃないって。

八百万のボリューミーなポニーテールにひっそりと隠れながら事の顛末を見守る。

「今回の期末テストだが…残念ながら赤点が出た。したがって…」

しん、と静まり返る教室。淡々と喋る先生が恐ろしい。こわごわと視線を挙げた先には真剣な面持ちの先生。

「林間合宿は全員行きます」
「「「「「「どんでんがえしだあ!!!」」」」」」

嫌な笑顔を浮かべた先生が言い放った言葉を脊髄反射にも近い速さで理解し、勝手に口が喋ってた。なんてことだ。なんてシンクロ率。しかも先生してやったりの笑顔だ、絶対確信犯だ。俺達のこの息の詰まる思いを返してくれ!

「筆記の方はゼロ。実技で切島、上鳴、足戸、砂藤、夜守。あと瀬呂が赤点だ」
「行っていいんスか、俺らあ!!」

鋭児郎が嬉々として右手を高く掲げながら叫んだ。先生はそんな鋭児郎など視界の端にも留めることなく口を開いた。

「今回の試験、我々敵側は生徒に勝ち筋を残しつつ、どう課題と向き合うかを見るよう動いた。でなければ課題云々の前に詰む奴らばかりだっただろう」

そりゃあ、プロのヒーローと生徒じゃいくら多対一であっても先生側が有利だろうしね。けど、その状況の中ですら赤点回避できなかった自分が恥ずかしい。極限無想もだけど基礎の底上げもしてかないと俺の実力じゃたかがしれてるんじゃないだろうか。こんなにどん底に落とされるの正守さん以来な気がする。いや、あの家族はどこか逸脱してたけれども。

「そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそここでちからをつけてもらわなきゃならん。合理的虚偽ってやつさ」
「「「「ゴーリテキキョギィイーー!!」」」」

カッと目を見開きながら口元を歪めて笑う先生が恐ろしい。先生意外とおちゃめだよね!今更だけど!林間合宿に行けるとわかり赤点を言い渡されたメンツが両手を上げて喜んでいる。俺は脱力して溜め込んでいた息を吐きだし、机に突っ伏した。もう色々疲労困憊です。飯田がなんか反論してるけど全然頭に入ってこない。まぁ、何かに意見してるんだろう、飯田だし。

「ただ、全部嘘ってわけじゃない。赤点は赤点だ。おまえらには別途に補習時間を設けてる」

あ、補習地獄はほんとなんですか、そうですか。先程までうるさく騒いでいた赤点組がどんどん顔色を悪くさせていく。うん、かく言う俺も顔色悪いと思う。補習地獄回避したかった…。

「ぶっちゃけ学校に残って補習するよりキツイからな。じゃあ合宿のしおりを配るから後ろに回してけ」

そんなにきついんスか…。

………………………







「まぁ、何はともあれ。全員で行けてよかったね」
「うん、そうだね。補習地獄がんばるよ」
「う、うん。それはもう頑張れとしか言えない」

尾白イイ奴。わざわざ俺のところまで来てそんなことを言ってくれる。爽やかさが目に痛い。

「てか合宿って一週間もあるんだね」
「大荷物になりそうだよね。持ち物用意しないと」

ぴらりと、さきほど相澤先生から配られた紙に目を通していく。3日ほどかと思っていたが倍の日数だ。補習地獄は嫌だけど、楽しそうだ。

「A組みんなで買い物行こうよ!」

よく通る葉隠の声が教室に広がる。そちらに目をやるとわいわいとみんなが盛り上がって話をしている。うん、楽しそうだ。

「俺も買い物行きたかったし行こうかな、夜守は?」
「うーん、買い物行きたいのは山々なんだけど…ちょっと保育園に用事あって」

母さんのヒーロー事務所の人にライン教えたら子どもたちから毎日のようにラインが来る。おかげでヒーロー事務所のラインはスクロールで追いつけないくらいになっている。きっと今もケータイ覗いたらやばいんだろうな…。明日は行けるって言っちゃったから今更ドタキャンできないし。

「え、保育園…?」
「そー、そろそろ遊べって催促が来てて」

きっとまたトランポリンだろう。いや、全然いいんだけどね、修行にもなるし。てか、尾白はなんでこそこそ鋭児郎のところ行ってんの?どうしたの?んでもって話し終わったあとにどこかホッとした表情で俺見てるのはなんで?

疑問符しかわかない中。爆豪と轟が買い物辞退を言いのけると峰田がプルプル震えながら声を上げた。

「ノリが悪いよ、空気読めや、KY男共ォ!!」

え、それ俺も入んのか、マジか。

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