35


残り僅かだった学校生活もあっという間に終わりを告げ、セミの声がけたたましく聞こえ始める夏がやってきた。つまり、夏休み。林間合宿の始まりである。

A組の何人かがショッピングモールに遊びに行った折、緑谷が敵と会い危害を加えられそうになった事もあり急遽林間合宿先を変更するというハプニングはあったが、合宿は強行するようだ、さすが雄英。

「夜守くん、荷物少なくない…?」
「ん?」

いつもと同じ朝、いつもよりも多めの荷物を持ち雄英高校の門をくぐった。そこには二台止まっている大型バスと何人か集まっている生徒たち。暑いなぁ、と雲ひとつない空を見上げながらぼんやりとしていると先程の声がかかったわけだが、…そんなに少ない?

「こんなもんじゃない?みんなが多いんだよ」
「いやいや、一週間だよ!?」

ぐるりと見渡す限りみんな大きめのキャリーバックに大きめのリュックサック。…一体何が詰め込まれてるのか俺のほうが知りたい。いや、女子は色々あるのかもしれないけど男はそんなに必需品ないでしょ。かくいう目の前の緑谷も大きめのキャリーとバック持参だ。何入ってんの?

「緑谷、かなめにそれ言っても無駄だぜ。昔から荷物少ないから」
「お、おはよう、切島くん!え、そうなの?」
「荷物たくさん持ってても邪魔になるじゃん」

ほんとに必要最低限はちゃんと入れてる。てか、これきっと前世の癖だよね。どんだけ遠方で長期間の出張でもほぼ身一つで行ってたこともあるし。それに比べたらめっちゃ荷物あるんだけどな。

「え?A組補習いるの?つまり赤点取った人がいるってこと!?」

突然上がった声に思わずギクリと体がこわばる。なんか赤点とか聞こえたんだけど。ざわつきの中心であるそちらを見れば、確か物間が嬉々とした笑顔を浮かべながら髪をかきあげている。なんかその仕草に合うな。

「ええ!?おかしくない!?おかしくない!?A組はB組よりずっと優秀なハズなのにぃ!?あれれれれれぇ!?」

言ってることは腹立つけど。あまりの異様さに誰もが立ち尽くしている最中。もはや手慣れた所作といったように、物間を一撃で落した拳藤には拍手を送りたい。

「A組のバスはこっちだ。席順に並びたまえ!」

いつの間にやら全員揃っていたらしい。物間に呆気にとられて点呼取ってたの知らなかった。さて、合宿所につくまで、寝よ。


…………………


まどろみの中、体が揺さぶられる感覚に意識が浮上する。眩しいくらいの光にどうにか目をこじ開ける。目の前にはやたらとドアップな飯田の顔。…寝起きに悪い。

「起きたな夜守くん。相澤先生から全員降りるようにと言われている。君が一番最後だ」
「あー、もう着いたんだ?ありがとう、飯田」

思わず漏れるあくびに涙が出てくる。早く!と飯田に急かされながらバスのタラップを降りれば見渡す限り目に優しいみどりの森が一望できる。ここどこだ?

隣では峰田が股間を抑えながらどこか切羽詰まったようにぶつぶつとその単語を繰り返している。…トイレ無さそうだけど。

「よーう、イレイザー!!」
「ご無沙汰してます」

女の人の声に、相澤先生がぺこりと頭を下げた。その視線の先にはどこか奇抜な衣装、いや、コスチュームはこんなもんか、猫のような尻尾に手袋、カチューシャを装着した俺達よりも年上であろう女の人二人と。やたらと目つきの悪い少年一人。

「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」」

ビシッと決められた決め台詞とポーズ。すごいなヒーロー、身体張ってるね…。そして相澤先生から淡々と今回お世話になるヒーローだと紹介され、それにかわってヒーローマニアである緑谷から詳しい解説が繰り広げられる。実は先生これ見越してる?計算づく?あ、緑谷地雷踏んだ。年齢はタブーなんですね、理解した。

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」
「遠っ!!」

ピッと指さされた方角には随分と遠くに見える山。そして、宿泊施設はその麓。…なぜこのタイミングでそれを告げられるのか。嫌な予感しなしない。癖で身につけていたボディーバックを、体にフィットさせるようにつけ直す。

皆も察したのか、ざわつきが広がる。

「今はAM9:30。早ければぁ…12時前後かしらん」

プッシーキャッツから繰り広げられる会話に数人がバスへ戻ろうと踵を返している。バスへと駆け出した鋭児郎が俺の制服を引っ張っているが、今更バスに戻ったところで変わらないだろう。

「12時半までにたどり着けなかったキティはお昼抜きね」

プッシーキャッツの一人、金髪の人が地面に両手を這わせた。うん、嫌な予感しかしない。
「わるいね、諸君」


未だに俺もバスへ連れて行こうと服を引っ張り続ける鋭児郎ごと、結界で覆う。ゴゴゴ…、と低い唸るような音と、最終宣告を告げるような相澤先生の声が耳へと届く。

「合宿はもう、始まってる」

茶色の土砂が目の前に迫ってきた。足元ごと、地面が崩れ落ちる。結界の定礎を地面にしなかったら良かった!結界ごと土砂とともに押し流される。

「私有地につき、個性の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!この…、魔獣の森を抜けて!」

思った以上に下の地面での距離がある。先に落ちていったみんなはどうやら土がクッションとなり、無事のようだ。

結界の中で着地の体制が全くできていない鋭児郎の腕を掴み、結界をまず解除する。宙に一つと、少し離れた地面に弾性の結界を展開する。

「結」

ピンッ、と張られた結界。
まず一つ目でバウンドし、落下の勢いを抑えてからみんなから離れたもう一つの結界を使って魔獣の森へと降り立った。

「鋭児郎、大丈夫?」
「おまっ、いっつもこんな心臓の悪いことしてたのか!?」

地面についた途端にへたり込んだ鋭児郎を心配したのになんでか怒鳴られた。解せぬ。土まみれになったりしてないし、良かったじゃんね?

鋭児郎から視線を外し、ぐるりとあたりを見渡す。落とされた先は所有者本人が随分と物騒な名前をつけるのに納得するほど、鬱蒼と生い茂り、光がなかなか入ってこない薄暗い森だ。どこか湿気も多いのか、じとりと重い空気がまとわりついてくる。

「雄英こういうの多すぎだろ…」
「文句行ってもしゃあねえよ、行くっきゃねえ」
「耐えた…オイラ耐えたぞ!」

何が出てくるかわからない以上、かたまって行動したほうがいいというのに、峰田は小走りに何処かへと走っていこうとしている。トイレだな、あれ。

峰田の駆け出した方へと視線をやると、暗闇に紛れて、なにかが、動いた。

「峰田!」

異形の、動物。

「マジュウだーーーー!!!?」

峰田の何倍もありそうな大きな体躯に、鋭い牙が見える。1番それに近い峰田が危ない。

「静まりなさい、獣よ下がるのです!」
「口田!!」

あ、あれ口田の声なのね。動物を従える個性持ちの口田が咄嗟にそれに向かって命令を下す。が、それが口田に向かって大きな右手を振りかざした。ーーー個性が効いていない。胸の前で印を結ぶ、間に合うか!?

その、息を紡ぐ一瞬のうちにそれは緑谷、爆豪、轟、飯田によって破壊された。残ったのは崩れ落ちる土の塊。

「口田くん、大丈夫!?」

こくこくと頷く口田に安心したように緑谷が安堵の笑みを浮かべた。皆がそちらへ駆け寄るその背後、かさりと小さな音が鳴る。木の合間から指す光に照らされ、先ほどと同じ異形の生き物が顔を覗かせた。同じように臨戦態勢を取る皆。

「結、…滅!」

でも、この手のものだと俺にも理がある。

わざと頭のみ滅してみたが、どうやらまだ動けるらしい。気持ち悪いと、悲鳴が上がる。次に胴体も滅すると、流石に四方へと散らばった土の塊が動き出しそうにはなかった。

「頭と胴体潰したら流石に動かないみたいだね。長期戦になりそうだし、体力は温存しないとね」
「…こええよ夜守」

失礼な、相澤先生の言葉を借りるなら合理的に、だよ。

「うむ!とにかくだ、合宿所に向かって行くぞ!あまりバラけないほうがいい、皆固まって…」
「うるせぇ、俺に命令すんな!」
「さっさと行くぞ」

…協調性ってのを身につけるのも大事だと思うよ、皆。各々、好きなように言いながらもなんとなく固まりながら鬱蒼と生い茂る森の中を駆け出した。

………………………


何時間、経ったのだろうか。
一時行動を中止し、休憩している最中。ちらりと腕の時計に視線を落とせばいつの間にか13時を指していた。プッシーキャッツたちは3時間って言ってたけどそれで抜けられるのか、いや無理でしょこの森。

あれから何十体かの土塊と戦いながら森を進んでいるが一向に変わらない景色に辟易としてくる。皆にも疲労の色が見え始めている。お腹すいたし。

…あれ、持ってきてたよね。

ガサゴソと、誰しもが荷物をバスの中においてきた中、俺だけが持ってきたカバンから発せられる音は存外この静かすぎる空間に響く。何してるんだという視線を感じながらも目当てのものを見つけ、カバンから取り出すとみんなの目の色が変わった。

「「「「「チョ、チョコ!!!」」」」」

あまりのシンクロ加減に俺のほうが驚く、まぁ、みんなお腹空いてるもんね。思わず笑ってしまいながら個包装のチョコ一つを取り出し、隣にいたに葉隠に箱ごと差し出した。

「はい、一人一つね」
「え、いいのー!?やったー!!」

嬉々とした声を上げてチョコを手にした葉隠は早速チョコにかぶりついていた。まぁ、ちょっとしかないけど血糖も上がるし、チョコってこんな時ありがたいよね。口の中に広がる甘みに思わず口元が綻ぶ。皆がチョコを口に運ぶ中、緑谷が爆豪にチョコを渡そうとして拒否されている姿を見て思わずため息が漏れる。いや、まあ普通のチョコだから甘いけどね。苦手な子もいるだろうけどアレルギーとかじゃない限りは食べたほうがいいと思うけど。

重い体を動かしながら爆豪の背後へと足をすすめる。それに気づいた緑谷に黙っているようにジェスチャーしながら近づいた。


「助かった、礼を言う」
「ありがとう!でもいいん?大事な非常食やろ?」

いらない、と強がる爆豪の口にむりやりチョコを突っ込みながら一仕事終えた感満載な俺の元に麗日は申し訳なさそうに言いながら残り数個のチョコと箱を差し出してきた。

「だって今が非常事態でしょ。役に立ってよかったよ」

糖分も補充したから少しはみんなマシになったでしょ。爆豪からの視線が痛いけど気にしてちゃなんもできないし無視無視。結局ちゃんと食べてたし。

へらりと笑いながらぐっと背筋を伸ばす。周りもゆっくりと立ち始め、そろそろ休憩も終わりらしい。

「さあ、皆いくぞ!」

号令は勿論飯田で。


prev|next
[戻る]