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森の先から、明るい光が差し込んでいるのが見え始めた。息が上がり、疲労が体に蓄積している。重い足をどうにか前へと運びながら走る。

突如として開けた視界。その先に立つ三人の姿を認め、疲労感がさらに増した気がした。ポロポロと漏れる愚痴。いや、ほんとに三時間じゃつかないってこれ。

「ねこねこねこ…、でも正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよ君ら…特にそこの4人、躊躇のなさは経験値の差によるものかしらん?」

プッシーキャッツの金髪の人が緑谷たち4人を指差しぺろりと舌を出した。次いで三年後が楽しみー!と言ってツバをつけられてたから思わず飛び退いた。流石に引く。てか、早くお風呂入りたい…。

何やら緑谷がそのままプッシーキャッツに話し掛けているらしく、まだ解散の合図はない。まだかなー、とぼんやり行く末を見守っていると腰をかがめた緑谷が倒れた、うん、倒れた。え、何事。

「緑谷くん!おのれ従甥!!何故緑谷くんの陰嚢を!!」

くわっ、と目をかっぴらきながら先ほどプッシーキャッツの一人から紹介された洸汰という少年に向かって叫んでいる。少年、そこは同じ男としてやっちゃ駄目なところだ、うん。

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえよ」

じろりと、俺たちを睨みつけながら放たれた言葉に飯田が噛み付く。にしても、随分と子供の割に冷めてるというか、なんというか。目の敵にされているような言い方だ。そんな彼の後ろ姿を見送っていると後ろから嘲笑うような声が漏れた。

「マセガキ」
「おまえに似てねえか?」
「ぶっ!」
「あ?似てねえよつーかてめェ、喋ってんじゃねぇぞ舐めプ野郎!てめぇも笑ってんじゃねえよ、もやし野郎!」
「悪い」

後ろで繰り広げられるコントに思わず笑いが吹き出す。轟て天然だよね。これ以上爆豪に怒鳴られる前に早く笑い虫を鎮めよう…ぶふっ。

「茶番はいいバスから荷物降ろせ。部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食。その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ、さア早くしろ」

え、ご飯先なの?まじか。この汚れた体で食べたくないんだけど…。







……………………まぁ、腹が減ってはなんとやら。目の前にあるホカホカご飯を見れば反射的に唾液が分泌され、忘れていた空腹が顔を覗かせた。腹の虫も大きく声を上げて主張している。

「「「「「いただきます!!」」」」」」

パンっ、と手を合わせる音が四方から聞こえ目の前に広がるご飯たちにみんなの手が伸びる。お昼が問答無用に抜かれたこともあり、隣でご飯を食べてる八百万も黙々と大量にご飯を食べている。てか、なんで食堂て番号順の席なのだろうか。あれか、全員いるか先生が確認しやすいからか、察した。

隣の机の方は鋭児郎と上鳴がご飯の美味しさに感動してか、変なテンションでマンダレイに絡んでいる。

あっという間になくなっていく目の前のご飯たちに、とにかく食べる分だけは確保せねばと腕を伸ばす。高校生男子が多いがゆえに食事時は戦争である、戦争。唐揚げ美味しい。

「夜守さん、そんなに食べるんですね」

俺の皿にこんもりと守られたおかずたちを見てか、八百万が驚いたようにポツリとつぶやいた。え、こんなもんじゃないの?鋭児郎なんかうちに来たときおれよりもたくさん食べてるからこんなもんだと思うけど。鋭児郎は全身筋肉だから食べなきゃやってられないのだろうと勝手に思ってる。

「まあ、八百万に比べりゃ食べるけどね。今日お昼なかったし」
「そういえばお昼はチョコありがとうございました。助かりましたわ。いつも持ち歩いてるのですか?」
「チョコのこと?」

ええ、と頷く八百万にそんなにチョコ持ってることが不思議かなぁと頭を傾げる。もう十数年前にもなるのに、昔言われたことを守っている俺は結構律儀だと思う。

「チョコってさカロリー高いし甘いし、すぐに体に吸収されるじゃん。非常食にはもってこいだって、昔教えてもらったんだよね」
「そうなのですね、お母様からですか?」
「うーん、…まあそうかな」

まぁ、正守さんからだけど。あれはなんていうんだろう、上司?いとこのお隣さんのお兄さん?てか、正守さんといえば顔に似合わず甘いもの好きだったな、なんて今となってはどうでもいいことを思い出した。あの人のおすすめは明○のチョコだっけ?

「どうかされました?」
「いや、ちょっと思い出し笑い」

もう、十数年前にもなってしまうとだいぶ色褪せていく前世の記憶。それでもこうやって時折、思い出したりその時の知識が役に立っていることがわかるとそれがすごく懐かしくなる。昔は、それこそ前世の記憶が戻ったばかりの頃はなぜこんな記憶があるのか、誰にも話せず、悩みも打ち明けられず、共感も得られず、葛藤した時期もあったが月日とともにその思いも緩やかに溶けていった。

今では”懐かしい”と、素直に感じて受け入れられるのも、結構鋭児郎の影響が大きい。まあ、鋭児郎には話したことないけど。何かしらは勘付いていたかもしれないけどね。

「思い出し笑いもいいですが、食べないと時間がなくなりますわよ?」
「そだね、食べるよ」

なんか八百万と話してる間に目の前の皿が空になってる不思議減少が勃発してるんだけど。みんなすごい勢いで食べてんね、ホントに。でもって、頬いっぱいに膨らまして食べてる八百万リスみたいで可愛いね、いや言わないけど。

取皿に取り分けたおかずを口いっぱいに頬張る。広がる旨味に思わず頬が緩む。がやがやと騒がしい食堂に周りを見渡すとほとんどの人が手を止めて談笑している。もうみんな食べ終わったんだね。俺の場合ひとくちが大きいのか、早食い傾向にあるのか。ぺろりと食べ終え、空になった皿に箸をおいた。美味しかった。

「食べ終わった奴から入浴に行け。今日はA組が先だ」

かつりとかかとを鳴らしながらこちらへ静かに告げた相澤先生はテーブルの上に積み上げられている皿の山を見てどこかげっそりしたような表情を浮かべている。…先生食細そうだもんね、いっつも10秒飯だし。

「やっと汗流せる」
「ではまた明日。ご機嫌よう、夜守さん」
「おやすみー」

…八百万て生粋のお嬢様だよな、うん。ご機嫌ようとか前世でも聞いたことないわ。後ろから鋭児郎の風呂の催促を促す声に返事をしながら、俺も風呂場へと足を運んだ。



……………………


「おお…、でかい」

風呂、といわれたから銭湯とかにある大衆浴場を想像していたが、そこにあったのは露天風呂だった。しかもでかい。そりゃあA、B組分けて入れば問題なさそうな大きさである。

昼間に土塊との戦いで汚れに汚れた全身を洗い、汗も洗い流せばスッキリとした。程よい温度の露天風呂に浸かり思わずあー、と漏らすとオヤジ臭いと横槍が入った。無意識だ、仕方ない。だって気持ちいいし。てか、風呂で泳ぐ上鳴に言われたくない。マナー違反でしょ。

このまま寝ちゃいそうだと夜空を見上げていた顔を起こすと目に入ってきたのは壁の前で仁王立ちしている峰田。風呂入んないのか?冷えるけど。

「求められてんのってそこじゃないんスよ。その辺わかってるんスよオイラぁ…。求められてんのはこの壁の向こうなんスよ…」
「一人で何言ってんの峰田くん…」

峰田の異様さに気づいた面々がそちらへ視線を送る。ほんとに何してんの、疲れて頭おかしくなったのだろうか。ぴとっ、と右耳を壁へと押し当て、耳を澄ましている峰田はほんとに何してんだ、と訝しみ、隣からかすかに漏れてくる声に納得した。…女湯ね。

「今日日男女の入浴時間をズラさないなんて、事故…もうこれは事故なんスよ…」
「…!!」

ポッと頬を染める数人に思わず えー、と声が漏れる。いや、思春期だしまあ、ねえ、うん…。深くは突っ込むまい。鋭児郎と緑谷をジト目で見れば静かに目をそらされた。

「峰田くん、やめたまえ!!君のしている事は己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」

右腕を掲げ、左手で峰田を指した飯田の言い分は正論。しかし変な体制である。なぜそこに誰も突っ込まない。

「やかましいんスよ…」

ポツリと、飯田に振り返った顔はどこか菩薩を思わせるような静かな微笑みであった。いや、菩薩に失礼か、すんません。カポーン、と何処かで鹿威しが静かに響く。

そして、一瞬それに気を取られた、ほんとに一瞬の出来事だった。

「壁とは超えるためにある!!Plus Ultra!!」
「速っ!!」
「校訓を穢すんじゃないよ!!」

自身の個性であるひっつく髪をもぎ取りながら壁へと登っていくその素早さ。その執念。ある意味感服する、が、それはダメだろう。足止めしようと結界形成のために印を結ぶ。ジジジッ、と特異な音を鳴らしながら峰田の足に狙いを定め、け…。

ぐわっ、と壁から突如出てきた人に驚いて肩が跳ね上がる。あんなところから人が出てくるとか思わないじゃん、びっくりした。

顔を覗かせた、確か洸汰という子供は軽く左手で峰田の登ってきた体を押し返し、無情にも落下させた。ヒトのあれこれ学び直せって、子供に言われる時点で峰田アウトだよな、うん。不要となった方囲をとく。落下した峰田?そんなの自業自得だから助けないよ。べしゃっという潰れた音を立てて飯田の顔面に落下した峰田。完全に巻き込み事故だな飯田。どんまい。

次いで女性陣から洸汰の行動を褒め称える声がこちらにも届く。反射的にそちらを見てしまったのであろう洸汰が驚いたように高い壁からバランスを崩したようにこちらへと落下してくる。一瞬の間に距離を詰めた緑谷がナイスキャッチ。ホントに見上げた瞬発力。

「僕洸汰くんをマンダレイのところに連れて行ってくる!」

どうやら落下のショックからか、気を失ったらしい洸汰をつれ、足早に緑谷は風呂場をあとにした。なんか鼻血出てたけど。ついでに峰田は飯田に連行されていった。

嵐が去ったように静かになった風呂場に一息つき、もう一度夜空を見上げた。

「三日月…きれいだ」

瞬く星とともに、明るい三日月が夜空を明るく染めていた。

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