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火の手が上がった地点で足場の結界を解き、草木の生い茂る地面へと足を付けた。小さな火を見つけ滅する。燻った煙が小さく夜空へ舞い上がるのを見やり、木の幹へと視線を落とした。触ればまだ熱さの残るソレ。

木の幹に残る手のひらの焦げあと。

これが火元の原因らしい。どうやら自然発火現象による火災ではなく、人為的なもの。

ここはプッシーキャッツたちの私有地だと、マンダレイは言っていた。彼女らの中にこのような個性のものはいない。しかもこんな森の中、燃え移る可能性のほうが高いのに危険なことはしないだろう。

となれば、招かざりし者がこの地に足を踏み入れてしまったと考えるのが妥当だ。

ここの他にも火種はあったらしい。パチパチと、火の燃える独特の音が聞こえ始め、どこか煙たい匂いがあたりに立ち込め始めた。

俺では手に負えない。すぐに先生に伝えないと。

先程まで通話していた鋭児郎へ、リダイヤルのボタンをタップする。耳元へ携帯を寄せれば流れてくる通話音。早くでろと焦りにも似た苛立ちが頭を掠める。

プツリと通話音が途切れる。かなめ?、と不思議そうな声音が電話口の向こうから聞こえてくる。要件を切り出そうと口を開いた。






「―――、やめろ」






背後で突然かけられた声に、ぞわりと鳥肌が立つ。振り返る前にバシッと重たい殴打音が熱さを伴って左手に響きその拍子に持っていた携帯が手からこぼれ落ちた。

携帯などこの際捨て置け、体を捻りながらバックステップを取り、声の主から距離を取る。

「プロヒーローなんざ呼ばれたら困るんだよ、やめてくれ」

男は一歩足を踏み出し、俺が落とした携帯目掛けて勢いをつけて体重をかけた。パキリ、と薄いガラスが割れる音がする。…壊れたか。

連絡手段は奪われた。心臓がバクバクと激しく打ち付ける。背中には嫌な汗が伝い、指先が冷える。

「さすが雄英生。反応速度いいな」
「流石だな!ノロマすぎるぜ!」

視線を挙げた先には男が二人。目元や口元がツギハギのような怪しげな笑みを浮かべた男に、顔まで黒のマスクで覆われた男。

嫌な予感しかしない。

本能が警鐘を鳴らす。コイツラは危険だと、訴える。

ツギハギの男がどこか考え込むように俺の顔をじっと見てくる。その視線から目をそらすこともできずおろしていた手を後ろ手に印を結ぶ。いつでも逃げられるように身構える。

「ああ、お前何処かで見たことある顔だと思えば。オマケの奴」
「…おまけ?」
「あ!?こいつがか!?ビップかよ!」

人のことを指差しながらポツリとツギハギの男がつぶやいた言葉を反芻する。オマケってなんだ。てか、そもそもこいつらなんなの。

「困惑してんなあ、雄英生。敵相手にそんなに感情読ませちゃいけねぇて教えてもらわなかったのか?」
「…生憎、まだまだひよっこなもんで」
「自己紹介でもしとこうか?お前らならよぉく知ってるはずだぜ。―――俺達は敵連合開闢行動隊、英雄は地に堕ちる、その狼煙を上げに来た」

俺へと翳された手の平からおどろおどろしい黒炎が襲ってきた。
















「へえ、意外と冷静だねお前」

右手をかざしたまま、どこか感心したようにつぶやいてくる男に大きく詰めていた息を吐き出す。すんでで横に避けたが先程まで俺がいた場所はプスプスと黒い煙が音を上げている。草に燃え移った炎がゆらりと揺らめく。

「褒めてくれるんなら見逃してくれたら嬉しいんだけど」
「ああ!?見逃すわけねぇだろ!いいぜ、逃げな!」
「いや、どっちなの」

しかしどうも見逃してくれる気配はない。背後は炎が森を焼き、目の前には右手を翳すツギハギの男と右手の腕輪から何やらメジャーのように鈍く銀色に光る長細いものを引き出し、俺へと向けてくるマスクの男。

四面楚歌とは、こういうことを言うのだろうか。

「ねえ、さっき言ってたオマケって事は本命は他にいるってことでオーケー?」

先程言っていたオマケ発言。それが指し示すものは俺の他にターゲットがいるという事。プロヒーローを呼ぶな、って言ってたしターゲットは十中八九生徒の誰かだろう。こいつらの目に止まった生徒って誰だ?いっつも騒動に巻き込まれてんのは緑谷だけど。

「開闢行動隊、ね。お仲間がいるの?今は行動前?俺があんた達とあったのは計算外って感じかな?こんな炎が蔓延してる中で戦闘なんてそっちにとっても不利だしね」

思いついたままに言葉が口から滑り落ちていく。何とかして打開策、せめて時間稼ぎを。最初見たときよりかなり強くなってきた炎に必ず誰かしらが異変に気づくはず。ついでに情報が引き出せればラッキーくらいな心持ちだ。

マタタビ荘は敵の後方。この二人をどうにかしてそちらへ行きたい。期末試験のときの状況にほんのちょっとだけ似てるよね。まあ、それを遥かに凌ぐ俺の命の危機だけど。

けど、オマケってことは目標の一つであり、それが”殺す”目的ではなく捕縛なのであれば、痛めつけられても命までは取られないか?殺すことが目的なら最初の時点で俺死んでたかもしれないし。

「…頭がキレるガキってのは嫌なもんだな」

ガリガリと頭を掻きながらポツリと呟いた男と、視線が合う。にやりとその口角が上がる。

「オマケはオマケらしく、寝とけ」
「おとなしく捕まるバカなんていないよねぇ!―――結っ!!」

向かってくる黒炎諸共、ツギハギの男を結界で囲い込む。どうにか頭を切り替え、更に無想状態で何重にも結界を施す。黒マスクの男も同様に。

ツギハギの男の結界の中で黒炎が立ち込める。男の個性であれば自分の炎に身を焼かれることはないだろうが、結界が破られる様子がないことを確認し、木々の上へと結界で駆け上がる。

「結」

宙にいくつもの結界を形成し、できうる限りの速度で空を駆ける。とにかくプロヒーローにこのことを伝えなければならない。その一心で結界を力強く踏み込んだ。



「甘いな、ガキ」


背後から襲いかかる灼熱。焼いた鉄を押し付けられたような熱さと激痛が背中を襲う。神経が鋭敏になる無想状態は早々に解除すべきだったかと後悔しても後の祭り。

脂汗が額に背中から溢れ出す。激痛に力を保持できず結界で支えられていた体が重力を纏い地面へと落下していく。目の前がチカチカと点灯する中、どうにか結界を形成しようと右手で印を結ぶ。

「け、」
「経験値が、―――違う」

視線を動かした先に黒炎を纏った拳が見える。防がないとまずい、それはわかってる。

―――動け体!!!

「残念だったな、プロヒーロー」

最後に感じたのは右頬を襲う衝撃と熱。そこから俺の意識は闇へと埋もれていった。




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