43.5


―――鋭児郎視点。

微睡みの中、小さなざわめきを耳が拾い始める。まだ覚醒に至らない中、突如腹に与えられた刺激で嫌がおうにも強制的に微睡みから引っ張り上げられた。かなり強制的に。

「邪魔だ、クソが」
「いや、加減しろよ爆豪…」

痛む腹を抑え、しょぼしょぼする目をこすりながら見上げた先にはたいそう機嫌の悪そうな爆豪がこちらを見下ろしていた。絶対爆豪に踏まれただろこれ。

舌打ち一つしてからドスドスと部屋を出ていった爆豪を尻目に大きくあくびが漏れた。寝足りない。補習で睡眠時間が削られるのがこんなにしんどいとは、補習地獄は伊達ではなかった。

ケータイで時間を確認すればもう午前7時を回ろうとしていた。ヤバっ、早く行かねえと相澤先生に怒られる。

「かなめも早くおきろ…よ?」

左隣でまだ寝ているであろう幼馴染に声をかけるべく振り返ればそこはもぬけの殻、どころか綺麗に布団も畳まれ、そこにいた気配すらない。

「夜守なら随分前からいないよ」
「体調悪いのか?」
「いや、たまたま先生たちに会ったときに聞いたら勝手に自主練してるんだって。2日連続」

尾白が起きたのは朝6時。それより早くに起きてたって、俺らの就寝時間午前2時だぞ。いくら毎朝5時頃に起きるつーったっていくらなんでも体に負担でかすぎないか?

「ほら切島急ぎなよ、遅れるよ」
「おお、いく!」

―――なにもなきゃいいけど。






………………








「おい補習組、動き止まってるぞ」

なんて、人の心配をしている場合ではなかった。昼飯も食べ腹が膨れ、昨日から溜まった疲労と眠気に思わず特訓の手が止まる。それは俺以外の連中も同じだったようで相澤先生に指摘され皆が一同にゆるりと動き始める。

「オッス」
「すいませんちょっと…眠くて…」
「昨日の補習が…」
「だから言ったろ、キツイって」

確かに言われてたけどこんなにキツイとは思わなかった。額から流れる汗を拭い硬化をするがどうも集中にかける。一人一人なにの特訓なのかをツラツラ相澤先生が述べていく中、かなめのことを言いかけ、口を閉ざした。かなめここに居ないもんな、どこでやってんだろ。

「これは全員だが、何より期末で露呈した立ち回りの脆弱さ!!おまえらがなぜ他より疲れているか、その意味をしっかり考えて動け」

ちらりと周りを見渡したとき、パッと現れたかなめの個性に本人の姿を探す。見つけたその姿は傍目からもわかるくらい集中していることが見て取れる。流れる汗など目にもくれず、ひたすら黙々と結界を作っていく。

「何をするにも原点を常に意識しとけ。向上ってのはそういうもんだ。何の為に汗かいて、何の為にこうしてグチグチ言われるか、常に頭に置いておけ」

相澤先生がぽつりぽつりと零す叱責に、昔のことを思い出しぐっと体に力を込めた。










特訓後、なにやらかなめが集中しすぎて意識を飛ばすハプニングもあったが、飯作ってる間に顔色も元に戻ってたしもう大丈夫だな、と思った。

―――思ってたんだ。














「肝を試す時間だー!!」

腹も膨れ、つかの間の余興に俺ら補習組は他の面子よりも俄然テンションが上がっている。芦戸が跳ね上がらんばかりに拳を突き上げ喜んでいる。

「その前に大変心苦しいが補習連中は…、これから俺と補習授業だ」
「ウソだろ!!!!!」

しかし、まさかの補習宣言。芦戸が目を飛び出させんばかりに絶叫していたが相澤先生の捕縛を前に誰も太刀打ちできず、そのままずるずると引きずられていく始末である。

「あぅぅ…、私たちも肝試ししたかったぁ…」
「アメとムチつったじゃんアメは!?」
「サルミアッキでもいい…アメを下さい、先生…」
「サルミアッキ旨いだろ。それより夜守はどうした」

連行されるまま鈍足に足を勧めていれば相澤先生からかかる言葉。そういえば片付けが終わってからかなめの姿見てない。言わずもがな、この捕縛されたメンツの中に幼馴染の姿はない。まさか一人だけ逃げて…いやないか、昨日の補習一人だけ楽しそうだったしな。何が楽しかったのか俺にはいまいちわかんねぇ。

「夜守の携帯番号知ってるやつは?」
「俺知ってます」
「かけとけ」

マタタビ荘が目の前に迫りもう逃げ場はないと補習面子が肩を落とす中、俺も同じように肩を落としつつ、ここにはいないかなめの名前を探し出し、それをタップした。呼出音がしばらく流れたあとにかなめの声が電話口から聞こえてくる。その声に思わず恨みがましい声が出てしまった。

「今から補習なんだと…」
『随分早いね、あれ?肝試しは?』
「俺たちにはハッカ味のアメしか用意されてねえんだよ!」
『意味わかんないんだけど』

嘆きにも近い声を出せば困惑気味の声が電話口から流れてくる。てかかなめどこに居るんだよ、周りなんのこともしないんだけど。

「切島」

そんなことを考えていれば俺が全く補習のことを伝えないことに苛立ちをつのらせたのか、相澤先生が右手を差し出してきた。無言のままに携帯を差し出すと端的にかなめへと事項を伝える先生。流石合理的主義。電話口からかすかに漏れ聞こえる声に、”けんどう”の言葉が聞こえて頭を傾げる。なんか接点あったっけ?

ん、と返ってきた携帯をケツポッケに仕舞い、重い足取りのままマタタビ荘の扉をくぐった。俺も肝試ししたかった…。

ガチャリと昨日補習で使用した部屋の扉を押し開ける。昨日よりギュッと端にまとめられている机たちに広く開けられたスペース。今日は何かすんのかな。

「あれぇおかしいなア!!」

あれ、デジャヴ。

「優秀なハズのA組から赤点が6人も!?B組は一人だけだったのに!?おっかしいなア!!!」

顔を真っ青にさせながら先に補習部屋に座っていたらしい物間が昨日と全く同じ台詞を放つ。いや、そんな真っ青な顔で言われても恐怖しかねぇわ。

「昨日も全く同じ煽りしてたぞ…」
「心境を知りたい」

みんな思ってる事は同じらしい。深くは突っ込まねえほうが身のためだな、うん。相澤先生とブラド先生が今日の補習内容に対しての打ち合わせ兼、かなめを待っている間暇な俺らは先生たちの言葉に耳を傾ける。今日は実技もあるのか、座学ばっかよりは断然やる気になる。

…そろそろ10分経つけどかなめ間に合うよな?

Rrrrrrr…Rrrrrrr…。

携帯の着信音とバイブが振動を伝って俺へと伝わる。着信音に先生たちの鋭い目が集まり冷や汗が浮かぶ。マナーモードにするの忘れてた…。

恐る恐る着信画面を見ればかなめの文字。あれ、もしかして間に合わないパターン?

「誰からだ?」
「かなめ…夜守からです」
「…でろ」
「ウッス…」

ドンマイかなめ。心の中でかなめに向かって合掌する。先生たちから見られる、いや睨まれる中恐る恐る通話ボタンをタップする。

「かなめ?…どうし、」
『―――めろ、バチンッ!、バンッ!』
「っ!ってぇ…」

電話口から知らない男の声が小さく聞こえたかと思うと突然の、大きく叩きつけられるような音が二度。あまりの音の大きさに当てていた耳に響き痛みまで伴いそうだ。ついでツーツーと通話が終了したことを告げる音が耳へと流れ込んでくる。

「え?ちょ、かなめ!なんだよ…」
「どうした」
「いや、なんか知らない男の声がしたと思ったら携帯落としたようなでかい音が聞こえて、そのまま通話が切れちまって…。繋がらない」

リダイヤルをタップしても先程まで繋がっていたはずなのに圏外、もしくは電源が切れているとアナウンスが流れる。切れる直前に聞こえた男の声に、嫌な予感が頭をよぎる。

「もっかいかけ…」
『皆!!!』
「ーーーマンダレイの”テレパス”だ」

ます、と。言葉を言い終える前に頭の中にマンダレイの声が響く。どこか焦ったような、彼女の初めて聞く声だ。

「これ好きーーービクッてする」
「交信出来るわけじゃないからちょい困るよな」
「静かに」

『敵二名襲来!!他にも複数いる可能性アリ!動ける者は直ちに施設へ!!会敵しても決して交戦せず撤退を!!』

頭に直接流れてくる言葉に携帯を握りしめた手が嫌な汗をかく。通話は、未だに繋がらない。

「は……!?何で敵がーーー…」
「ブラドここ頼んだ。俺は生徒の保護に出る」
「バレないんじゃなかった!!?」

物間の困惑した声が部屋にこだまする。ブラド先生に一言告げ、相澤先生は部屋を飛び出していった。何度めか分からないリダイヤルをタップする。出ろよ、かなめ!!

「夜守は電話に出たか?」
「ずっと圏外アナウンスで…出ないです」
「そうか。イレイザーが保護に行くといったお前たちはここで待つんだ」




―――嫌な汗が止まらない。




prev|next
[戻る]