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ズキリと走った痛みに、暗闇の縁から意識が浮上する。重い瞼をこじ開けた先には見たことのない無機質な部屋が広がる。窓もなく、コンクリート打ちの壁や床のみが存在する。

自由に動かす事のできない体に視線を落とせば、どうやら座らされている椅子に体を鎖で固定され、更に手が使えないように手枷がされている。印が結べないようにか、手枷の先には革製のグローブのようなもので覆われ、指を動かすことすらままならない。

あらかた周辺を見やり、誰もいないことを確認してから大きく熱い息を吐き出した。さほど寒くない空間のはずなのに先程から悪寒が止まらない。なのに体が熱い。熱が出てるのかな。

ふるりと体が震え、息を整えるように目を閉じてから息を吐き出した。
先程から痛みを放つ顔の右側。そういえば意識飛ぶ前に殴られた気がする。無事な左目で片目つぶりをすると目の前には黒しか見えない。もしかして目が開けられないくらい顔が腫れてるのか…。鏡もなければ手で触ることもできないし、確認できない。まぁ、十中八九発熱はこの右側のせいだろうけど。重度の火傷したり殴られたりしたら発熱するってよく言うし。




頭がぼんやりとする。






あの男たちと会ってどのくらい経つのか、はたまたそれほど経過していないのか。…鋭児郎、バカな考え起こさなきゃいいけど。

瞼が重い。起きて考えてここから逃げないといけないのに身体がまずは休息を求めているように目の前がの揺れる。もう一度熱い息を吐き出し、瞼を閉じた。








………………………………









「……きなさい、ちょっとぉ」

揺さぶられる感覚に意識が浮上する。額に浮かんだ汗がぽたりとズボンに落ちた。前に目が覚めたときより気持ちマシになっていそうな己の体の丈夫さに拍手を送りたい。こんなところで更に体調を悪化させてる余裕なんてない。…まだかなりしんどいけど。

「やぁっと目が覚めたの?ま、そんだけ嬲られたら熱の一つも出るわね」

聞いたことのない男の声。視線を挙げた先にはサングラスをした厚い唇をにやりと上げる男。それがガチャガチャと音を鳴らしながら俺の拘束されている鎖を解いていく。逃してくれるわけ、ないよねえ。

「アンタも可哀想に。死柄木に目付けられなかったら安らかに死ねたかもしれないのにねぇ。ま、アンタの返答次第で楽しいことが待ってるわよ」

さ、行くわよ。なんて鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌に鎖を引く男。力を込め、バキバキと嫌な音を立てる体で立ち上がる。くらりと、目眩。それを目を強くつぶる事で耐え目の前を見据える。

「荼毘も顔避けたらいいのにぃ。せっかくのかわいい顔が台無しじゃない」

俺の顔を見てから一つため息を漏らす男。荼毘、あのツギハギの男のことだろうか。やっぱり仲間はあの二人だけじゃなかったわけね。

目の前の扉が開かれ、薄暗い廊下を歩かされる。こつりこつりと響くのは俺と目の前の男の靴音のみ。

なぜ急に部屋から連れ出されたのか、どこへ行くのか、敵は何人いるのか。

情報が全くない中、思考が熱に持っていかれないように意識を留める。隙きがあれば結界使って逃げてやる。手が使えなきゃ個性使えないとでも思っているのか、手のみ徹底した拘束だ。多少のリスクあっても手が使えなくとも個性は使用可だ。甘く見るな。

「ここよん。ま、変なことは考えないことね。かなり熱があるみたいだからそんなこと考える余裕ないかも知れないケド」

ぺらぺらとよく喋る男の後に歩くこと少し。目の前に現れた扉を男が押し開ける。開けた先にはバーカウンターそのカウンターに腰掛ける青髪の男に目が留まり足が止まる。ここがこいつらのアジトなわけね。

「ちょっとぉ、さっさと歩きなさいよ」

じゃらりと音を鳴らし、鎖が引かれる。ふらりと体が揺れるが足を一歩踏み出し踏ん張る。一歩部屋に足を踏み込めば見たことがある顔4人と初めて見る顔が3人。どれも怪しげな色を浮かべた瞳で俺を見据える。

「そこに座らせとけ」
「もう鎖はいいんじゃない?この子フラフラだし反撃できないでしょ」

どうやら体を拘束している鎖は外されるらしい。ラッキー、縛りがなくなれば好都合。部屋の奥へと引っ張られながら歩みを進めていくうちにもう一つ、先程まで人影に隠れ見えていなかった金髪が視界に映り込む。更に敵が増えたかとげんなりしながらそいつの近くまで引っ張られ、全容が見えてから思わず瞠目する。

「…爆豪?」
「あ?」

今にも噛みつかんばかりの形相を浮かべ俺の姿を認めて爆豪も目を見開いた。マジか、本命って爆豪だったのか。ガチガチに、俺以上に体を拘束されている爆豪を見やりどうしようかと頭を抱える。俺一人であれば多少の無茶を承知でここから強行脱出も考えていたが、爆豪も一緒であれば話が変わってくる。




第一優先は五体満足でこの場を乗り切ること。






「早く座りなさいよぉ」

いつまでも爆豪から目をそらさず微動だにしない俺にしびれを切らした男が突き飛ばすようにして爆豪の隣にあった椅子に俺を押し込めた。

「いっ…!」

顔面から椅子に倒れ込む。殴られた右側ももろに当たり痛みに歯を食いしばる。そのまま強引に肩を掴まれ椅子へと座らされる。随分座り心地の悪い椅子。文句の一つでも言ってやろうかと口を開き、遮られた。
死柄木弔に。

「役者が揃ったところで早速だが…ヒーロー志望の爆豪勝己くん、夜守かなめくん。俺の仲間にならないか?」

見定めるような、怪しげな瞳が7対。こちらに注がれる。随分と強引な勧誘。こちらがその案にでも乗ると思っているかのような口ぶり。まっぴらゴメンだけど。その喧嘩買ってやろうかと口を開き、ちらりと横を見てギラギラとした好戦的な光を放つ瞳を認めて口を閉ざした。

「寝言は寝て死ね」

でもそこまで喧嘩腰にならなくてもいいんじゃないかな、ねえ。

「まぁ、落ち着けよ」
「ハッ、こんな状態でしか叩けねえ口なんか縫ってやろうか死ね」
「…」

爆豪がいつもの爆豪でどこか安心してるけどそこまで焚き付けなくても良くない?まあ、ターゲットが爆豪だってことは下手に傷つけられたりはしないだろうけど限度があるよねえ。思わず漏れたため息に爆豪から鋭い睨みが送りつけられる。ため息ぐらい許してよ。

『では、先程行われた雄英高校謝罪会見の一部をご覧ください』

先程までBGMの一部と化していたテレビの声が唐突に耳へと届く。奥にあるその画面を思わず食い入るように見つめれば校長、相澤先生、ブラド先生が記者から質問という悪意のある言葉に口撃されている。

どれだけ学校側が説明をしても畳み掛けるように悪意のある質問がテレビの中を飛び交う。

「不思議なもんだよなぁ…何故ヒーローが責められてる?!」

テレビから現実に引き戻す声。
死柄木は両の手を広げ諭すように言葉を放つ。

「現代のヒーローってのは堅っ苦しいなア、爆豪くんよ!」
「守るという行為に対価が発生した時点でヒーローはヒーローでなくなった。これがステインのご教示!!」

異形の男が部屋の端から声を張り上げる。ステインって確かヒーロー殺しの名前だったっけ?そいつに触発された連中が敵連合に加入したってことか。

「俺達の戦いは”問い”。ヒーローとは正義とは何か、この社会が本当に正しいのか、一人ひとりに考えてもらう!…俺たちは勝つつもりだ。君も、勝つのは好きだろう?」

先程まで爆豪へと向いていた目がぎょろりと俺を捉える。

「夜守かなめくん、君にも興味がある。こっちにこないか?」
「…死柄木、爆豪のことに関しちゃ何も言わねえけどな。俺はこいつはこっち側の人間じゃねえと思うぜ?なんでアンタがこいつを欲しがるのかがわからねえ」

荼毘が、不思議そうな目を俺に向けてくる。そういえば、ファーストコンタクトから死柄木にはなにやら興味を持たれてたような気がしないでもないけどなぜだろうか。てか、俺をここに連れてきたオマケの意味は死柄木の独断だったわけか。

「…あの目をしてる奴は俺と同種だと感じた」

ポツリと、呟くような声音で漏らされた言葉に疑問が浮かぶ。俺死柄木と同種認定されてたの?何かやなんだけど。爆豪の疑いのある眼差しが突き刺さってる気がする、見えてないけど。

「ヘラヘラ笑ってる、ぬるま湯に漬かってる奴らが蔓延ってるこの世の中に、あんな目を向けてくるやつ。多くはないぜ?―――死の恐怖を体感したことのある目だ」
「……」

死柄木の言葉に口を開かず耳を傾ける。それに気を良くしたのか、死柄木はにやりと笑い更に続ける。

「実際に恐怖を感じなければ人は危機感なんてもんは芽生えねえ。―――俺なら共感してやれるぜ?お前をそんな目に合わせたやつに、復讐してやりてえとか思わねえのか?助けてくれなかった奴らに復讐してやろうぜ?…俺らならその手助けをしてやる。社会のルールに雁字搦めにされて苦しんでるのは君もだろ?」

顔面につけられている手の隙間から怪しげな色を浮かべた瞳と視線がかち合う。反論をしない俺を一瞥し、にんまりとその唇を歪めながらついでとばかりにいつの間にか大人しくなっている爆豪の拘束も解けと指示し始める。

「暴れるぞこいつら」
「いいんだよ対等に扱わなきゃな、スカウトだもの。それに…、二人とは言えこの状況で暴れて勝てるかどうか。わからない男じゃないだろ?雄英生」


ブツクサ文句を言いながらも鎖を外すのはマスクの男。ガチャガチャと音を鳴らしながら爆豪の拘束が解かれていく。―――あと少し、あと少しだ。

「強引な手段だったのは謝るよ…けどな。我々は悪事と呼ばれる行為にいそしむただの暴徒じゃねえのをわかってくれ。君たちを攫ったのは偶々じゃねえ」

更に畳み掛けるように俺たちへ言葉をかけるシルクハットの男。もう、俺達が観念したとでも思っているのか、その言葉尻はどこか柔らかい。

カチャリと、爆豪の枷が全て外された。

俺へと向けられた手に贖うことなくされる我儘、カチャカチャ音を立てるそれを見つめる。諭すためか、床を鳴らしながら俺達へと近づいていく死柄木。

「ここにいる者事情は違えど人に、ルールに、ヒーローに縛られ…苦しんだ。君たちならそれをーーー…」



「ふはっ」



思わず吹き出したように笑いがこみ上げてきた。俺の手枷を外そうとしていたマスクの男の手が止まる。あぁ、耐えきれなかった。くつくつと肩を震わせる俺を立ち上がり、中腰になっていた爆豪も不審な目を向けているのが雰囲気でわかる。

「そんなことで俺に興味もったの、死柄木弔。―――でも残念俺が憧れたのは、生粋のヒーローだ。オールマイトみたいな、ね」

目の前に迫る死柄木の目を見て言い放つ。表情を歪め、俺へと手を伸ばしてくる奴との間に、ボォンッ!!!という爆発音が発生した。爆発の勢いで死柄木の体制がゆらぎ、顔面につけられていた手が吹き飛んだ。唸るような低い声がこの静けさの中によく通る。

「黙って聞いてりゃダラッダラよオ…!馬鹿は要約出来ねーから話が長え!要は”嫌がらせしてえから仲間になってください”だろ!?――――無駄だよ」

凶悪な笑みを浮かべた爆豪が、俺の腕を掴み上げ無理やり立たせる。俺の手枷はまだされたまま。まぁ、笑うの我慢できなかった俺が悪いんだけど。あの状態じゃあ反撃体制整ってなかったから完全に死柄木の餌食だったし、助かった。

そして、宣言をするように高らかに言い放った。

「俺は、オールマイトが勝つ姿に憧れた!誰が何言ってこようが、そこアもう曲がらねえ!!」
「…かっこいいこと言うねぇ」

ピュウ、と吹いた口笛はこの空間に嫌に響いた。

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