47


「なによこれぇ!?」
「取れないですーっ!」

手に施された結界は揺らぐ素振りすら見せず、二人の体も巻き込み手元に存在している。その半透明の拘束を解こうと藻掻く二人からは苛立ちが声音から伝わる。

爆豪の方にいる連中も何が起こったのかわからず動きを止めている。今しか、ない!

「爆豪!!」

ハッと意識を取り戻したように爆豪が爆発を伴いながら俺の方へと飛んでくる。させまいと爆豪に迫る手や武器。

「結」

余計な力は入れない。ただ、静かに結界を形成するだけ。

爆豪と彼ら三人の間に結界で壁を作る。一時凌ぎにしかならないが手の使えない今、大雑把な範囲指定しかできない現状の精一杯。

壁と化した結界に盛大にぶつかってから、その壁を避けこちらに迫って来る。でも、―――遅い。

「爆豪!上に!早く!!」
「うっせ!てか手ぇ貸せ!」
「うぉわ!!」

強引に引かれた手にバランスを崩すと、すかさず手枷に拘束された俺の腕の間に爆豪の頭が生える。突然の行動に変な声が口から零れ落ちる。爆豪とほぼ同じ身長だとしてもこの体勢は高さ的にキツイものがある。


「ちゃんと掴まっとけよ!!」

ぐっと、身体に力を入れ今から訪れるであろう爆発に備える。が、違うところで、振動を伴った轟音が鳴り響く。

轟音とともに現れる天にも届きそうな氷解が周りの空気を冷つかせる。その上を、何かが爆音を立て駆けている。それは俺達の頭上を飛んだ。


敵連合たちも何事かと轟音の先を見上げる。



――――――鋭児郎?



月明かりに照らされたその姿に、信じられなくなる。…ホントにどうかしてる。

「―――来い!!!!」

手が、差し伸べられる。

死柄木の手が伸びてくるのが、見える。


瞬間、爆発。次いで空へと弾き飛ばされる衝撃。空を見上げる。

―――まだ、手が届かない。

ぐっ、と体に力を込める。ブチブチと、血管が切れるような音が聞こえる。そんなのは、今気にしてる場合ではない。

「結っ!!…踏んで、もっかい!!」

爆豪の足元に、爆発にも耐えられるように力を込めた結界を作る。もっかい、踏み込んで、跳べ!!!

「わかってるつぅーの!!」

ボォン!と轟く爆発音。更に上へと上昇していく視界。その見上げた先に、伸ばされた手があった。

その手が、爆豪の手と繋がる。

「…バカかよ、」

ポツリと呟いた爆豪も、口元に笑みが浮かんでいた。

エンジン音を伴いながら空を駆けていく。ちらりと、後ろを見れば消えかかっている、彼女。



【―――またネ、かなめ】



その声だけを残し、最初からいなかったかのように空気に消えていった。それとともに消える俺の結界と、動きを取り戻した敵連合。

「爆豪くん俺の合図に合わせて爆風で…!」
「テメエが俺に合わせろや!!」
「張り合うなこんな時にィ!!!」
「アイツら来るよ!早く!!」

ホントになんでこいつらこの絶体絶命の逃げてるときに喧嘩してるの!ほら、そんなことしてたら、飛んできた!!

敵連合が三人ひっついたかと思えばハットの男が何かに弾かれたようにこちらへと飛んでくる。マズイ、あの速度だと捕まる。

「ヤバイ、ハットの男飛んできてる!!早く!」
「わぁーってるわ!」

爆豪が叫ぶ。その声とともに現れた巨人。ゴォォ!という音を立て突如現れた巨人にぶつかりハットの男の突撃は防がれた。助かった。

「Mtレディ!」
「救出…優先。行って…!バカガキ…」

轟音とともに倒れ込んだ巨人ならぬMtレディの向こうから、もう一発こちらへ飛んでこようとしているのか敵連合がひっつこうとしている。次こそはMtレディに頼ることもできない。ぐっ、とできうる限りのか力を込め、飛んでくるタイミングを見計らう。これで防げるかは、わかんないけど!

下の状態を見定めるために目を凝らす、と。不意に敵連合三人が倒れ込む。なにかに殴られたようにも見えたけど、なに?

「…ああ!!グラントリノ!!」

緑谷が安堵の声を発する。どうやら先程の初老のプロヒーローのようだ。そして何度かの爆風とエンジン音が轟き、ガッと前の三人の足が地に付いた。

「「「よっしゃー!!!!!」」」

瓦礫の山の間を駆け抜ける。後ろを振り返っても誰も追ってこない。更に距離を置くように爆走する。疾走する風が頬を撫でる。目の前にある四人の背中を見つめ、やっと安堵の息を吐き出した。






…………………………………





瓦礫の山を走り抜け、いつの間にか人が溢れかえる街の中まで走ってきていた。横でようやくみんなが足を止め、上がった息を整えるように各々が息を吐き出した。

RRrrrrr…Rrrrrr…。

「誰かケータイ鳴ってない?」

爆豪からやけに丁寧に首から外されながら、腕を支えられる。吐き出す息が熱い。頭がガンガンする。人々の悲鳴やサイレンで溢れかえる中小さく鳴る電子音の持ち主を問う。なにやら慌てたように緑谷がポケットからケータイを取り出し轟くん!と電話口に向かって叫んだ。

「僕らは駅前にいるよ!あの衝撃波も圏外っぽい!奪還は成功だよ!」

てか、轟までここに来てたのか。みんな無茶するねえ。助かったけど。

「爆豪!」
「いいか、俺ア助けられたわけじゃねえ。一番いい脱出経路がてめエらだっただけだ!」
「ナイス判断!」

鋭児郎が嬉しそうに親指を突き立て爆豪の肩を力強く叩く。その手を振り払いながらポツリと呟いた。

「オールマイトの足引っ張んのは、嫌だったからな」

あの場に俺たちがいても邪魔なのは明白だった。それを爆豪も気にしていたのだろう。どんな形であれ、あの場から逃げられたのだから及第点だろう。

電話を終えたのか、緑谷の視線がこちらへ向く。笑みを浮かべていた顔は俺を見るなり蒼白くなり、悲鳴のような叫び声を上げた。

「や、夜守くん!顔!!」
「あー…、やっぱひどい?コレどうなってんの?痛いし目見えないんだけど」
「た、大変だ!病院へ行こう、今すぐ!」
「おまっ、よくこんな状態で敵と戦ってたな!?」
「いやー…火事場の馬鹿力?」

頭に響くから叫ばないでほしい。どうやら鋭児郎が背負って歩いてくれるらしく目の前で背中を向けて屈まれた。正直かなりきつかったから有り難い。背中に全体重を預け、寄りかかる。

「とにかく警察かヒーローに二人の保護をしてもらわなければ!」
『悪夢のような光景!突如として神野区が…!』
「…飯田、待って」

見上げた先の、ビルに設置してある巨大モニターが、何かを映した。半壊、全壊したビルや家々。何かに抉られたようなアスファルト。煙や炎が上がっているそこは、まるで日本とは思えない光景。


ーーー画面が、切り替わる。


まるで断崖絶壁のような、アスファルトの先で、左の拳を突き出した、骸骨のような、やせ細った姿の………オールマイト…?



「………うそだ」



『えっと…何が…え…?皆さん見えますでしょうか?オールマイトが…しぼんでしまってます…』

血まみれで、立っているのがやっとと言った風貌の、オールマイト。なんで?さっきまで、いつもと変わらない姿だったのに。

呆然と、画面を食い入るように見つめる。信じられないのは俺だけでないようだ。あちらこちらから戸惑いの声が漏れ聞こえる。そして、映り込むマスクの男。オールマイトとは違いあの男はマスクが壊れたくらいで他に傷らしい傷は見られない。…オールマイトですら、勝てないのか…?

「―――…て」

ぼそりと、爆豪が絞り出すように呟いた言葉。

周りも、信じがたい気持ちを払拭するように声が上がり始める。勝ってくれ、負けるな、と。それはいつしか大きな叫び声へと変化していく。


「勝てや!!」
「「オールマイトオ!!!!」」

咆哮が、上がる。それは願いの叫び。

「負けるなっ、オールマイト」

目頭が熱くなってくる。絞り出すようにつぶやいた言葉は喧騒の中に静かに消えていった。




……………………………





これを死闘と呼ばずになんと名付けようか。そんな血を血で洗うような荒々しい攻防戦が画面から中継されている。あれからすぐ画面に写り込んできた他のプロヒーローたちもマスクの男へとその刃を向けるが、応えた様子を見せない。それどころか、プロヒーローたちをあっという間に仰け反らせ、右腕をやたらと巨大な、暴力的な腕へと形成し始めた。

それに対し、オールマイトも最後の力を込めたかのような右腕でそれに対峙する。

ぶつかりあった衝撃で、瓦礫や砂埃が高く高く空へと舞い上がった。

気迫の迫る、殴り合い。オールマイトも、マスクの男も、互いに殴り合いその惨劇がこちらへ流れてくる。

ヘリから中継されているであろう映像は乱れながらもその現状を俺たちへと伝えんとカメラのピントを合わせる。

そして、砂埃が舞い上がる中鬼気迫る形相を浮かべたオールマイトが大きく振りかぶった右腕の拳が、敵の顔面へとめり込んだ。地面を抉るほどの衝撃を伴い、敵は地面へと平伏した姿が、映る。







いつの間にか、街は静寂に包まれていた。







皆が、行く末を固唾を呑んで見守る。

ごくりと、のみこんだ唾の音がやけに耳に残る。

スッと、高く、高く掲げられた左の拳。
それは、勝利を示すもの。

「「「「「「「「オールマイトオ!!!!!!!」」」」」」」」」


街中から歓声が、轟く。勝利に対する喜びに街が染まる。アナウンサーが勝利のスタンディングだと、叫ぶ。

未だに視線を画面からはなすことができない。

いつもの、見慣れた力強い姿で、血まみれの中左の拳を高々と突き上げている。しかし、数秒もしないうちにその姿は解かれ、先程までの、やせ細った姿へと変化してしまった。




その姿はあまりにも痛々しい。





町中が、オールマイトの勝利を見届け次の行動へと移していく中、俺の視線はモニターから離れることはなかった。いや、外すことができなかった。





だって、…オールマイト。その姿、。





モニターに映り込んだオールマイトが、静かに口を開いた。


『次は』





ーーーーーーやめてよ。





『君だ』


画面には人差し指でこちらを指すオールマイトが映しだされる。それを聞いた街は更に歓声をあげ、勝利を喜びあった。

視界が歪む。熱い何かが、目からこぼれ落ちた。
脳裏にひしめくのは、













――――――絶望と、恐怖だった。





prev|next
[戻る]