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ぼんやりとする意識の中、真っ暗闇に包まれた外を見つめる。サイレンが鳴り響き病院も夜中だというのにバタバタと忙しそうだ。左腕に繋がれた点滴を見上げる。そろそろパックの中身が無くなりそうだ。とぼんやり見上げているとそろりとドアが開けられた。

「あら、起きてたのね。点滴替えますねー」

看護師が一人、換えの点滴パックを持って現れた。その様子を横目で見守りつつかけられる言葉に相槌を打つ。相手も俺が件の関係者だと知っているからだろうか、業務的な会話を最後に何かあったらボタンを押すようにと告げ、静かに出ていった。

もう一度外へ視線を戻す。夜はまだ、明けそうにない。



……………………………




―――数時間前。
人で溢れかえった街中。帰ることもできない人々がいろんなところで溢れかえっていた。どうにか轟たちと合流し、予想外に一緒にいた八百万と轟の合作アイスノンを右半面に当てながらどうにかヒーローか警察を探す鋭児郎たち。必死に人混みをかき分け進む鋭児郎を尻目に俺はその背中で額を肩に預けていた。

息が上がる。頭も痛い、顔も痛い。なにより、先程の光景が目について離れない。気を抜けばまたじわりと視界が歪む。

「あ、警察の方がいますわ!」
「すみません!」

人混みの中交通整理をしていた警察官を見つけたのか、八百万から声が上がる。走っているのか、振動が伝わる。

「すんません!さっきの、敵に捕まってた雄英生です!こいつ怪我してて、病院連れて行ってくれませんか!」
「雄英生…?」
「敵連合に捕まってた子たちか!?名前言えるか?」
「…爆豪勝己」
「…」
「こっちは夜守かなめです。熱もひどいんです!」

答えない俺を見かねてか、鋭児郎が代わりに代弁してくれる。背負われている俺を覗き込む目に顔だけそちらに向けると途端に慌てたように何処かへ無線連絡する警察官。そんなお化け見るみたいな反応しなくてもいいと思う。

でもこれで楽になれるのかと思うと体から力が抜ける。深く息をつき、瞼を閉じる。警察官が何か言ってる気がするけど答える気力ないから全部鋭児郎に任せる。……疲れた。






ガチャガチャと耳障りな音に目が覚める。瞼を閉じていても感じる明るさに顔をしかめながら目を開くと蛍光灯といかつい顔つきの大人の顔が映り込む。なんて目覚めに悪い。

「目が覚めたかい、体調どうかな?」

声のかかった方へ視線を向けると白衣を着た男性。先生かな。その先には点滴袋。どうやら病院にいるらしい。あれから寝ちゃってたかな。鋭児郎に悪いことした。

「ここ病院ね。…手の錠が外れたら病室行くからね」
「はい…」

ガチャガチャ音を鳴らしていたのは手枷らしい。一体ここについてからどれくらい経つのかは分からないが警察らしき人が懸命に手枷を外そうとなにやら仰々しい工具を取り出している。手のひらにあったグローブは早々に外されていたらしい。

ガチンと音を立て圧迫感から開放される手首。持ち上げた手首には仰々しい手枷の跡。それに思わず顔をしかめながらそのまま手を下ろした。

「移動しますねー」

ついでとばかりに手首にも消毒やガーゼが貼られたあとガラガラと音を立て乗っているベットが移動を始めた。担架たったのね、これ。

「あの、」
「どうかしたかな?」
「鋭、…友達は?」

担架を押す看護師に声をかければ帰ってくるのは分からないの返答。その隣に付き添うようにいる警官がかわりといったように口を開いた。

「君の友人なら避難所にいるはずだよ。交通機関が今全部止まってるからね、警官がそこまで付いていったから間違いないよ」
「ありがとう、ございます」

避難所にいるなら心配してない。八百万や飯田も一緒だからどうにかなるだろう。…なるかな。いや、深くは考えないでおこう。

「君の家族にも連絡は入れてるよ。もしかしたら朝くらいになるかもしれないが…我々も近くにいるから何かあったらいいなさい」
「はい、」

連絡、行ったんだ。まあ、そりゃあそうだよね。思わず漏れたため息に自嘲する。変な心配かけたくなかったんだけどなぁ、と自由になった手で右側を撫でる。

ガーゼでおおわれているのか、布とテープの感触しかない。点滴に痛み止め効果もあるのか、今痛みは感じてない。顔の状態の説明も何も受けてないんだけどその内されるのだろうか。明日とかかな。

「はい、ついたよ。ベットに移動できそう?」

ついた部屋には一つのベットに簡易の机や椅子のある個室。大部屋に案内されるものだと思っていた俺は思わず看護師の顔を見つめる。そんなことなどお構いなしにじゃあ、ゆっくり立ってねーなんて呑気に言ってのける。

ベットに移る最中警官から警備の事もあるからと説明が追加される。あれか、拉致されたから厳重にてことか。そんな短期間に何回も来ないと思うから大丈夫だと思うけど。しかも俺オマケだし。なら爆豪のほうが…、ああ、爆豪も警察署で保護されてんのね。なるほど、じゃあ仕方ないのか?ん?

「わたしは表にいるから何かあったら言いなさい」
「体調悪くなったりしたらナースコール押してね」

各々それだけ告げると静かに病室を去っていった。









――――――そして、今に至る。

点滴の雫がチューブへと落ちる。眠る気にもなれずサイレンの鳴り響く外のBGMを聞きながら被害のあった神野地区の被害状況、救助者、公共機関復旧のニュースがせわしなく流れていくさまを眺めた。

ニュースの画面が変わる。オールマイトの背中を移した映像だ。瓦礫と化した町並み。それを背景にボロボロになったオールマイトがテレビ画面を指差し、頭の中で何度も流れる言葉をつぶやいた。


『――――――次は、君だ』


一人、静かな空間にいるとその言葉ばかりが脳内を駆け巡る。今からでもいい、嘘だとアレは仮初の姿だと言ってほしい。

ベットの上で膝を抱え額を押し付ける。何度も流れる言葉に、映像に、吐き気すらする。

ばたん!と静かだった空間に大きな音が響く。音を立てたドアにゆっくり視線を送ると息を切らせ、大粒の汗を額から流している父の姿があった。

「かなめ!!」

足を絡ませながらこちらへ走り寄ってくる父に思わず手を伸ばす。その勢いのまま力強く抱きしめられ、腕の中に閉じ込められた。

「ああ、よかった!よかった!!」

肩を抱かれる腕は小刻みに震え、声はだんだんしゃくりあげる音のほうが大きく震えはじめた。父の背中を抱きしめ返しながら、こつりと音のしたドアへともう一度視線を向ける。

どこか、硬い表情を浮かべた母が、ぎゅっと唇を引き結びゆっくりと歩いてきた。力が入りすぎているのか、指先まで真っ白になった手。声をかけられ、ノロノロと視線を上げた。

「かなめ、顔のやけどのこと。聞いたわ。…他は」
「、大丈夫」
「―――っ」

途端に決壊したようにボロボロ涙を流し始める母に、痛いくらに抱きしめてくる父に、ぎゅうと何かに鷲掴みにされたように心臓が痛くなった。左手で、母に手を伸ばし彼女の手を握る、…母の手はこんなに小さかっただろか。

つられたように、目頭が熱くなってくる。唇が、震える。

「―――ごめん、心配かけて。…ごめんなさい」


ぼろぼろととどまることの知らない涙が、流れ落ちた。三人抱き合ったまましばらくの間泣いた。

気持ちが落ち着いた頃には窓から明るい光が漏れ始めていた。オレンジに染まった空が広がる。眩しいくらいの太陽が朝を告げる。

――――――長い長い、夜が明けた。




……………………………




「痛いと思うけど触るよー」

あれから、泣き腫らした顔を三人で笑っていると朝食を持って現れた看護師が体調が大丈夫であれば今日は色々検査に行ってもらいますね、と告げた。どうやら、昨日俺が到着した頃には夜中で、神野区の事件もあり応急手当しか行っていなかったという。まあ、そりゃあ仕方ないし、俺もそんな体力なかったし構わないんだけど。

それからひたすら病院の検査という検査をして回ること半日。もう一生分の検査したんじゃないってくらい車椅子で病院の中回ったんだけど。CT取って採血、心電図、果には整形外科に内科に皮膚科、眼科。

四科目の眼科を回る頃にはもうヘトヘトになっていた。車椅子で良かった。自分の足だと今の体調じゃあもっとへばってた。

医者が腫れ上がっている右の瞼をぐっと押し上げた。痛みはあるけど我慢できないほどではない。いくつか質問されたり、光を当てられたりしながら検査が終わるのを待つ。

「うん、目の方には異常ないね。視力も出てるし、目の周りの骨も折れてない、目の奥にも異常はないよ。ただ、殴られた影響で瞼が腫れてるから腫れが引くまでは見えにくいと思うけどね」
「わかりました」

異常なし、と聞きホッと息を吐き出した。整形や内科でも特に異常はないと言われたからあとは熱と腫れが引くのを待つのみ。あとは、火傷のあと。

「ただ、皮膚科の先生から言われたかもしれないけど。火傷は放置されてたせいで跡が残るかもしれない。ケロイドの程度によっては瞼が引っ張られて目の方にも影響が出る恐れもある。まぁ、今見る限り瞼が引っ張られるくらい酷い火傷じゃないけど、こればかりは治ってみないとわからないからね」

軟膏で粘着く右側を指でなぞる。皮膚科では火傷について難色を示された。程度はそれほど重くないが、初期段階で処置されてないがためにあとが残る可能性はあると。

まあ、俺男だし別に気にしてないんだけどね。

「じゃあ、診察はこれで終わりね。病室戻ってもらっていいよ」
「ありがとうございました」

車椅子特有の振動を受けつつ、流れる景色を見やる。今日明日、点滴を受けたら退院していいらしい。俺的には点滴もいらないんだけど、どうやら軽い栄養失調もあっての入院措置らしい。てか、拉致されてから救出されるまで2日あったのが驚きなんだけど。なんか俺の記憶との時系列にあってなくて軽く浦島太郎な気分。いや、でも2日で救出できる警察とヒーローの素早さに拍手ものだろうか。

まあ2日。されど2日。さらに体調不良も重なり、飲まず食わずであっただろう体は軽い脱水と栄養失調だったらしい。だから点滴と、そういわれちゃうと何も反論できないよねえ。

「かなめ、顔痛くない?」
「んー…、少し。でも、だいじょ、」

車椅子を押していた父の手がサラリと俺の顔を、撫でる。先程までズキズキと鈍い痛みを放っていたソコは何もないかのようにするりと痛みが抜け落ちた。

思わず父の顔を見遣る。困ったような父の顔に何も言えず小さく息を吐き出した。

「ごめんね。でも痛いのってさ、やっぱり嫌でしょ?」
「診察終わったからいいけど…、あんまりしてると母さんに怒られるよ」
「…内緒な」

人差し指を立て口元に押し当てるおちゃめさに思わず頬が緩む。

【個性、無痛】
自分自身も痛覚を感じない。そして、触られた人間の痛覚も麻痺させるもの。つまりは麻酔、痛み止めいらず。痛覚のみで他の感覚はある。

これが、俺の父の”個性”である。

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