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「で、話ってのは?」

先生たちに無理を言って時間をもらい、両親にも席を外してもらい三人になったところで相澤先生が口を開いた。言うべき言葉が頭の中でまとまらないまま引き止めたせいで、先程から口を開いてはモゴモゴと唇を噛むことを繰り返してしまっている。

「…目の方は無事なんだな?」
「、はい。問題ないです。火傷も日日薬だと言われました」
「そうか」
「夜守少年、君も無事で良かったよ」

オールマイトが穏やかな笑みを浮かべる。その笑みを見て、


ーーーぷつん。



と、何かの糸が切れた音がした。


「………、ない」
「ん?」
「先生が無事じゃ、ないじゃんか」

ぼろりと、いつの間にか溢れていた涙が目から零れ落ちた。ああ、こんなことで泣くな。悔しいのは、悲しいのは、オールマイトの方じゃないか。世に君臨し続けた絶対的ヒーローが、ヒーローであることができなくなったんだから。それを奪ってしまうきっかけを作ったのは、俺だ。

俺が拉致されなければ、せめて、怪我さえなければ。相澤先生からの電話のときすぐに引き返せば、たとえ爆豪が拉致されたとしても彼一人だけであったならばこんな事にはならなかったかもしれない。

言い訳しか脳裏に思い浮かばない。

言わないといけないことがあるはずなのに思考がまとまらない。ぐっと俯いて溢れる涙を力強く拭うと頭が重みで軽く沈んだ。そのままわしわしと髪を撫でるようにかき回される。

「君は敏い子だから余計思い悩んでるのかもしれないけどね。テレビで言ってたことは本当だよ」
「オールマイトさん、」
「…5年前、私は敵に大怪我を負わせられてね、その頃から徐々に個性使用時間が短時間になっていったんだ。もう、遅かれ早かれ引退しなければならなかった。だからね」

相澤先生の声掛けに片腕を上げることで制したオールマイトは俺の目を見たままぽつりぽつりと、テレビでの会見で話していた内容よりも詳しいことを話しだした。そして、一息ついて。

「最後の力を、君たち生徒や市民を救うために使うことができてよかった」

へなりと眉を下げて笑う。テレビ上で見慣れた、あの力強い笑顔はない。

テレビでも何度も報道されていた"引退宣言"。理解はしつつも頭の片隅では嘘なんじゃないかと、淡い期待を抱いていたが、本人から直々に告げられると先程少し引っ込んだ熱がまた、ぶり返し始めた。



もう、あの勇姿を見ることはないのか。



「君がそう気負わなくてもいい、というのはあの現場にいた君にすれば難しいかもしれないが。何度でも言うよ、私は最後の力を振り絞って君を助けられて良かった。その事に何の偽りもないよ」

無遠慮に撫ぜられる頭。その振動を受けながらもう暫く止むことのない悲しみに視界が歪んだ。



………………………………………




「…お見苦しいものをお見せしました」

あれからどれだけ時間が経ったかはイマイチ分からないが、目元が特有の腫れぼったさと熱を帯びているあたり察して欲しい。ぽんぽんと肩を叩かれた手の先を見れば相澤先生がいつもの無表情を浮かべている。すんません。

「学校の開始は週明けだ。それまでに体調は万全にしておけ」
「はい」
「あと学校に行ったらバーサンの治療を受けるように。俺の方から言っとく」
「…はい」

何もかもすみません。先生たちを見送ろうと部屋を出たところで廊下の端にトーテムポールを見つけて思わずジト目になる。トーテムポールと化していた両親は素知らぬ顔で先生たちを見送ろうとしている。なんて代わり身の速さ。

「じゃあ夜守少年、また学校でな」
「先生も体気をつけてくださいね」

ぱちくりと目を瞬かせてから笑みを浮かべ、先生たちを乗せた車は滑るように道路を走っていった。その姿が見えなくなるまで見送り、週明け学校へいく用意をしようと一人意気込んだ。


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