52


荷物をまとめている内にあっと言う間に学校へといく期日の朝になってしまった。まあ、そんなに持っていくものもないんだけど、落ち着くからさ、着物とかね。うん、着物とかね…それくらいしか日用品以外荷物ないわ…。

予め荷物は学校側が手配した業者が部屋へと持っていってくれてるらしい。楽で助かる。あとでの荷解きがあることを考えると面倒くさいけど、仕方ない。

「じゃあ、いってきます」
「「いってらっしゃい」」

今日も今日とてエプロン姿の父にスーツ姿の母。相変わらずの光景だが、今日から帰る場所がここじゃなくなることはやっぱり違和感。まぁ、いつでも帰ってこれるらしいんだけど。

「かなめ、はよー」
「鋭児郎、おはよ」

くわりとひとつ、あくびを漏らした鋭児郎とともに学校へ行くのもなんだか随分と久々な気がして仕方ない。言わずもがな、あんな事があって久々の通学だからだけど。

乗り慣れた路線の電車に乗り込み、夏休みということもあって早朝のこの時間はいつもよりかなり空いている。あいている席に腰掛け、カバンを足元へと落とした。

「やっぱ、火傷はまだ治んねえんだな」
「爛れがマシになったけどね。見た目が痛々しいから包帯して行けって言われた」
「ちゃんとリカバリーガールのところ行けよ」

行きますとも、家出る前も念仏のように言われ続けたら行くしかあるまい。もう痛みもないんだけどねえ。仰々しい顔の包帯にちらりと好奇の視線が時折注がれる。…これだけが煩わしいよねえ。ちらりと俺がそちらへ向ければ慌ててそらされる視線。…別に噛みつかないからそんなに慌てなくていいんだけど。

「切島、夜守おはよー!」

パッと目の前に現れたピンクと元気な声に視線が上がる。ニカっと清々しいほどの笑顔を浮かべる芦戸にこちらまで頬が緩む。

「おはよ、芦戸。今日は同じ電車だったんだね」
「授業じゃなかったから一本遅いやつできたんだー。てか夜守顔大丈夫!?学校来ていいの!?リカバリーガールは!?」
「落ち着けって」

鋭児郎に諫められながら目の前の座席に腰掛ける足戸は見る限り怪我もなさそうだ。心配げな視線が突き刺さり口を開く、中学時代から変わらないよねえ。

「病院からも通学許可出てるし、学校行ったら先にリカバリーガールのところいってくるから平気だよ。ありがと」
「そっかー、ならよかったー」

安堵したように大きく息を吐き出す仕草に苦笑いが漏れる。先生や鋭児郎、他にもたくさん心配かけたのだと改めて思い知らされた。元気な姿見せなきゃね。


…………………………


鋭児郎が改札に阻まれるプチハプニングもあったが、無事辿り着いた雄英高校。その敷地の中に新たに建設された各クラスごとに一棟建設されたらしい。どんな経済力。んでもって1年A組に割り当てられた寮も、これまた随分と立派な。

正面玄関には女子と男子を分けるためであろうドアが2つ。それを中心に5階建ての豪勢な作りの建物が2つ並んでいる。ざっ、と靴音を鳴らしながらこちらへあゆんできた相澤先生は以前家で見たよりむさ苦しく…いや、平常運行に戻っていた。先生ちゃんとしてたらもっとカッコイイのに。

「とりあえず、1年A組、無事にまた集まれて何よりだ」

パッと周りを見渡す限り全員が集まることができたらしい。けれどまぁ、反対意見が出た家庭もあるらしく葉隠は溜息をつきながら隣の耳郎と話をしている。二人もガスにやられてたメンツだったのね。俺へと顔を向けてくるメンツも数人いるが無視無視、相澤先生の目が座ってきてるからみんな前向こう、ね。

「無事集まれたのは先生もよ。会見を見たときはいなくなってかまうかと思って悲しかったの」
「…おれもびっくりさ、まァ色々あんだろうよ。さて…!これから寮について軽く説明するが、その前に一つ」

ガリガリと頭を掻いたあと、ぐるりと見渡し鋭い視線をこちらへ向けてくる先生に背筋が伸びる。緊張した面持ちのまま言葉を待てば静かにその口が開いた。

それは合宿で取る予定をしていた仮免の取得に対して動いていくこと。そういえば、林間合宿の目的ってそれだったっけ?なんて、すっかり頭からこぼれ落ちていたものを拾い上げる。みんなが俺と同様にそれについて騒ぎ立てる中、ひと呼吸置いて静かな低音が空間を支配する。

「轟、切島、緑谷、八百万、飯田…この5人はあの晩あの場所へ。爆豪及び夜守救出に赴いた」
「「「「「…!!」」」」

目に見えて皆に緊張が走る。呆れたように面々に視線を走らせてから相澤先生はその重い口を開いた。

「その様子だと行く素振りはみんなも把握していたワケだ。色々棚上げした上で言わせて貰うよ。オールマイトの引退がなけりゃ俺は、爆豪、夜守、耳郎、葉隠以外全員除籍処分にしてる」

非難にも似た視線が突き刺さる中、相澤先生が更にとどめを刺すように口を開く。その言葉たちは容赦がない。確かに危険とかなり隣り合わせの俺たちの救出劇は褒められたものではないだろう。けれど助けられた側からしたらどこかフォローを入れたいが、きっとそれでも先生の意思は変わらないのだろう。

「…理由はどうあれ、俺達の信頼を裏切ったことには変わりない。正規の手続きを踏み、正規の活動をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい。以上!さっ、中に入るぞ、元気に行こう」

いや、この空気で元気よくとか無理です、先生。ちらりと隣にいる鋭児郎を見やれば眉を寄せ悔しそうな、哀し気な様子で唇を噛み締めている。…あとでフォローしとかなきゃなぁ。こうも叩かれてばかりだと鋭児郎ポッキリ折れちゃうからね、意外と繊細なんだよね俺の幼馴染。

背を向けている相澤先生の背中を見つめていると背後の茂みから突然バリバリッと甲高い音とともに周りが一瞬眩しいくらいに明るくなった。

「何事…」
「ウェーイ!!」
「は?」

背後を振り返ると何故か茂みから上鳴がスパークを起こしたときのようなアホ面を晒している。え、何が起こったのんでもってツボにハマったのか目に涙を浮かべた耳郎が親指を突き立てて大爆笑をかましている。そんなにツボった?え、マジでか。

あまりにも大爆笑する耳郎にも若干引きつつウェーイ状態の上鳴が近づいてきたのでとりあえず肩を叩いておく。何があったかわからないけどさっきまでは普通だったのに可哀想に。

「皆!すまねぇ…!詫びにもなんねぇけどこれで焼き肉食おうぜ!」
「え、何故に焼き肉」

突然何処から取り出したのか所在不明の諭吉さんを握りしめ声を上げる鋭児郎に囃し立てる周り…状況に付いていけません。一回いろいろ整理しよ、てかさっきまでのシリアス空気どこいった。まぁ、重っ苦しい空気よりは全然マシなんだけどさ。

「そろそろ行くぞ」
「「「「「はーい」」」」」

ちらりと、こちらを見遣った先生の言葉に元気よく返事をする皆。どうやら今から寮内案内があるらしい。さて、じゃあ俺も、

「夜守はバーさんとこだ」
「…へぇい」

びたん、と胸元に押し付けられた紙を眼前に持ち上げ思わずふてくされたような声が漏れてしまった。いやだって俺だけ保健室とか。俺も寮の案内聞きたかったんだけど。

「後で誰かに説明してもらえ。ほら、さっさといけ」
「はーい、」

あとで鋭児郎に聞こう。紙を片手にみんなとは反対方向へと足を進めた。

prev|next
[戻る]