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事情聴取が思ったより長引いたせいか、先生たちとの話に花が咲いたせいか。寮へと足を踏み入れた頃にはもうあたりは真っ暗になっていた。玄関扉を押し開け、広い一階のフロアをぐるりと見渡すが誰一人としておらず閑散としている。

「誰もいないじゃん」

みんなの性格を考えるとここの共有スペースでだべってる時間かと思ったがそれは外れだってらしい。引っ越しの荷解きで疲れたのだろうか?それはそうと、俺もさっさと部屋に行こう。

左側が男子寮で、その四階が俺の部屋がある階。エレベーターを発見し、それに乗り込み4のボタンを押す。ふわりと独特の浮遊感を伴ってあっという間に到着だ。扉が空いた途端ガヤガヤとした空気がそのフロアを支配する。なにやら一つの部屋の扉が開けっ放しである。いや、寮だし気心しれたやつばっかだしいいとは思うけど…?恥ずかしくないのか?

誰の部屋だろうかとそろりと除けばバチッと目があった芦戸が、あーっ!!と叫んだ。え、なんで芦戸いるの?あれ、もしかしてこっちが女子寮?

「夜守!!顔治ったの?!」
「う、うん治った。リカバリーガールに治してもらったし。ねえ、もしかしてこっちが女子寮?俺間違えた?」
「大丈夫、こっち男子寮!今みんなでね、部屋王を決めてるんだ!」
「部屋王…?」

なにそれ、部屋見せあってるとか?え、部屋の内装見てみんなで投票して判断?俺やだからね。

「え、夜守戻ってきてんの?」
「ホントだ、夜守じゃん」

芦戸の声をきっかけに俺に気づいたらしい面々が体はどうか、目は見えるのか当たり前のように心配してくれ、大丈夫だと告げればよかったと胸をなでおろす様に本当にこのクラスで良かったなと再認識する。

「てことで、夜守も部屋王戦に…」
「ごめん。俺不参加ー、荷解き終わってないから先にさせて」
「それもそうか」

納得した面子半分、ぶーぶー文句を言う面子半分。それを押し切り鋭児郎から一番端の部屋だと教えられ、さっさとその扉を潜った。パタンと静かにドアが閉まれば先程までの喧騒はどこか遠くに聞こえる。

ぐるりと部屋を見渡せば備え付けの家具と数個のダンボール。がさがさとその一つを開け、よしっと息を吐きだした。



ーーーーーーーーー



思ったほど時間のかからなかった片付け作業も一段落し、風呂に入って寝ようと寝間着を持って立ち上がった。部屋の鍵を持ち、玄関扉を押し開けるとゴンッとなにやら硬質な音のものに派手にぶつけたようだ。え、なに。

そろりとドアの隙間から覗いてみれば廊下に額を抑えてうずくまる鋭児郎の姿が。あ、鋭児郎だったのね、ごめん。

「どうかした?」
「いや、部屋の片付け終わんねぇなら手伝おうと思ってきた」
「ありがと、でも片付いたから平気だよ。今から風呂行こうと思って」
「あー…、そっか」

頬をぽりぽりと掻きながら視線をさまよわせる鋭児郎におやっと首を傾げる。扉の影になっていたがなにやら目元が赤い気もする。入る?と声をかければおずおずと入ってきたあたり何かあったようだ。てか、何かない限り鋭児郎はこんなにまごついたりはしない。

簡素な部屋。座布団を鋭児郎にもやりながら腰を落としたところでさっさと口を開いた。

「んで?」
「んー?」
「話したいことあるんじゃないの?」

わざわざ人の部屋にまできて何を思い悩んでいるんだか。この幼馴染は普段男気にあふれる癖に変なところで小心になる。まぁ、大概は自分のことではなく他人のことについてだけど。

「…………た」
「ん?」

ぽつりと、そっぽ向いたままつぶやかれた言葉は拾いきれずに空気に溶けていく。鋭児郎が再度口を開き、一度溜めてからもう一度小さく言葉を漏らした。

「梅雨ちゃんに泣かれた」
「んん?」

なぜに梅雨ちゃんが出てきた。いきなり答えを言われても過程がわからないとなんとも言えないんですけど、鋭児郎さんや。そんな俺の困惑具合を察したのか、ちらりと俺をみやりながら更に口を開いた。

「俺さ、かなめたちが拉致されたときに緑谷たちに"一緒に助けに行こう"って言ったんだよ。…みんなの前で。そしたらやっぱりさ、辞めたほうがいいって言うやつが大半で。梅雨ちゃんもなかなか辛辣な言葉でさ、ルールを破るなら敵と一緒だっつぅて俺らを止めたんだ」

ぽつりぽつりとこぼれていく言葉たちは俺と爆豪は知る由もなかった過去。鋭児郎たちが俺たちの救出に向かう前にひと悶着あったらしい。

「でも、俺はかなめたちを助けに行っちまった。結果としては良かったかもしれねぇけど、それは止めてくれた梅雨ちゃんや皆。先生たちを裏切る行為をしたんだな、て改めて感じてさ。…変な言い方だけど凹んだ」
「俺の家に来たときにも言ったけどさ、あの時の無茶は無謀と紙一重だった。ほんの少しでも何かが違っていたら最悪の形に転がってた可能性もあったよね。あの時の鋭児郎は短慮だったね、梅雨ちゃんが止めるのも当たり前だよ」
「…わかってる」
「梅雨ちゃんにも謝ったんでしょ?」
「まあ、和解はしたけどさ」

ぶすっ、と反省の色を表す鋭児郎の顔を見ながら思わず仕方ないなぁと苦笑いがこみ上げてくる。短慮だろうが、無茶をしようが、…真っ直ぐなのだこの幼馴染は。

「同じ失敗をしなきゃいいんじゃない?今度は周りの人のことも憂慮して、かつ最善の方法で、ことが進められるようになればいいじゃん。失敗は成功のもとってね」

さてと。

バシンッ!と横にあった背中を叩けばじんじんと鈍い痛みを放つ手のひらに叩きすぎたかと少し後悔した。鋭児郎筋肉だから硬いんだよ。

「うおっ」
「さ、風呂いくよー!明日も夏休みの特訓あるんだから早く寝なきゃいけないし。ほら、鋭児郎も風呂の準備してきなよ!」

俺の言わんとしたことが伝わったのか、片眉を上げてどこか困ったような表情を浮かべてからにかっといつもの笑顔を浮かべた。そうそう、鋭児郎はそうでなくっちゃ。

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