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扉の中は蛍光灯の光で爛々と照らされ、広々とした机の上にはその大きさにそぐわない小ささの何かが鎮座していた。奥で何やら作業をしていたらしい先生がひょっこりと顔を出したが俺の顔を見てから少し驚いたような表情を浮かべてから近くの椅子に腰掛けた。

「出来ましたよ!私のドッ可愛いベイビーが!今度はちゃんと夜守くんの要望に沿ったものです!」
「…今回は俺も見てるから問題ないよ」
「あ、はい」

詰め寄ってくる発目に押されながら先生からもゴーサインの出たであろうコスチュームに視線を落とす。黒が艶りと光る革に鈍い銀色の指輪が取り付けられたものと。同じく長さのある黒い革とと腕輪が一つずつ。うずうずと説明したそうに目を輝かせる発目に思わず毒気を抜かれながら笑いがこぼれた。

「夜守くんが最初に要望していた鋼鉄製の糸を巻き取る腕輪ですが、大部分の繊維を"蜘蛛の糸"にして、耐久性を加えるために炭素合金と配合しました!蜘蛛の糸がなかなか貴重で苦労しましたが、炭素合金とうまく配合すればこの細さでも夜守くんの体重くらい軽々耐えることができますよ!夜守くんの個性の観点から切る装置は作ってないです!個性使ったら鋼鉄製の糸でも切ることができると聞いたので!その代わり重量を軽くして巻取りモーターを小型化したのと、どこの場所から切っても糸の先端が腕輪の中に入らないようにする構造を加えました!あとこのボタンで糸を出したままの長さに留めることも可能です!」

普通のハサミくらいじゃあ切れないですよ!と自信満々に腕輪の中から引っ張り出された糸はずいぶんと細く、本当に俺の体重に耐えられるのかが不安になるくらいだ。だってそれ5 ミリもないでしょ。うそでしょ。

「蜘蛛の糸は2.6ミリあれば65キロの体重に耐えられるってデータがあるくらいだからね、炭素合金と合わせることで耐久性が増してさらに薄くなっても耐えられるようになったんだよ。まあ、救助とかそういうのも配慮して150キロまではその糸で耐えられるよ」
「マジか」
「「マジマジ」」

こくこく頷く二人が若干楽しそうなのは言うまでもない。次はー!と発目が取り出したのは指輪だ。…要望出してたっけ?

「この指輪の中にも腕輪と同じ糸が入ってます!ただ、巻取りモーターは備え付けてないです!敵を拘束したときの拘束糸として使ったらいいと思いまして!ちなみに収納している長さは腕輪が150メートル、指輪が60メートルです!そのせいで指輪が予想よりも太くなりました!あははっ」

ころん、と俺の手の中に転がってきた指輪は確かにすこしごつめな太さだが装着した違和感は特にない。問題はなさそうだ。

「そして、最後に!一番最近受けた要望のものですが!今度は手がズタズタにならないように対切創の金属製ガードを内側に仕込んだ革製の手甲です!わたしは手全体を覆うものがオススメなので、とてもとても残念ですがちゃんと指は出てるタイプです。可動域も重視してるので確認を!左の手の平はガードなしのものを。右はハーフグローブ状にして腕と甲のガードを分離したました!わたしの趣味です!このガードも普通のナイフ程度ならなんの問題もないですよ!」

さぁ、確認を!とぐいぐい詰め寄ってくる発目にやや気おされながら説明された手甲、ハーフグローブ、腕輪に指輪を装着する。

手甲になっている左は発目のいったとおり中のガードの硬さを感じながらも腕の可動域を邪魔する感覚はない。ハーフグローブと腕のガードも装用感に問題はない。問題は腕輪と指輪の糸の耐久性と使用感。

発目と先生を疑うわけじゃないけど、やっぱりこの細さの糸が俺の体重に耐えられるのかっていう疑念は説明だけだと晴れない。

「ちょっと糸試してみてもいいですか?」
「「どうぞ、存分に!」」

二人の許可をもらったところでさっそく腕輪の糸を出してみる。親指と人差し指でで持った糸はあまりにも細い。力を入れて引っ張ってみるが若干弾力があるだけでプツリと切れそうな素振りはない。

あとは俺の体重に耐えうるのかどうか。工房の天井を見上げ、高さを確認してからピンッと結界を一つ作る。それに飛び乗り、天井近くに糸を垂らしてその糸を固定するように結界をもう一つ形成する。おおー、と発目から声が漏れる。

「じゃあ、いきますよーっと。"解"」

フッと足元の結界が解除される。途端に重力に従い床へと落ちる俺の体。最悪この高さだ。どこか痛めることはないだろうと。若干ヒヤヒヤしながら腕輪と結界に固定された糸を見つめ、それがピンッと張られたのを見届け。

「うおっ」

ぐおんっ、と体が振り子の原理で揺れる。ゆらり、ゆらりとゆっくりしなる体に全く動じる様子のない腕輪から伸びる糸。振り子動作が収まったあともしばらくじっと糸を見つめるが全く糸が傷んだ様子もない。…本当に糸一本で俺の体重支えてるし。

ちらりと発目たちに目を向ければどうだと言わんばかりにきらきらした目を向けられる。うん、新しいおもちゃを与えられて満足した子供みたいな表情だと思わず笑みが漏れる。

「すごいねこの糸」
「でしょう!なにか気になることはありますか!?」
「いや、糸とか手甲に関してはないよ、ただね」
「?」

うーん、なんか要望ばっかり言ってて大変申し訳ないんだけど良いのだろうか。ちらりと先生を見れば若干呆れたような視線を感じるが何もいってこないし、発目に関しては何だ何だと言わんばかりに目が爛々と輝いている。

「この糸、通常の使い方と接着性を加えた糸2つの使い方ってできないかな?」
「詳しく」
「敵を拘束するにはこの糸で十分なんだよね。でも、可能であれば俺の同級生でセロハンテープの個性のやつがいるんだけど、そいつの個性みたいに糸に粘性を持たせて何かにくっつけたりとか出来る機能もついたらいいなぁと思って」

なかなか無茶な要望であることは百も承知である。けれど、この腕輪の改良をしてくれた発目ならまたなにか、してくれるんじゃないかという淡い期待がある。実際にこの糸に粘性を付けることができるならできることの幅は広がると思う。前世でも念糸に粘性がつかないかなぁと模索したくらいだ。可能ならばお願いしたい。

「粘着性ですね、ふふふふ。いいですよ、そういうの好きです」
「お、」
「粘性といえばエポキシ系統とこれなんでどうでしょう!これを混ぜてー」
「おおー」

早速とばかりになにやらフラスコと怪しげな液体を両手に持ちゴーグルを装着してから楽しげにそれらを混ぜ始めた。なにやら化学変化なのかなになのか、俺にはわからないが目の前で変わっていく物質に思わず前のめりになってその作業を見つめる。あ、なんかねばねはになってきた。

「そしてー!これに熱を加えるとですねっ」
「あ、バカ…!」
「え…」

発目がフラスコの液体らしきものにガスバーナーで熱を加えた途端、今まで黙ってことを見届けていた先生から叱責する声が上がり、工房内は突然の爆発の中に包まれた。

ボォオンッ!!という轟音とともに煙の匂いが充満する。爆発で生じた衝撃で思わず目を閉じたが、…ん?

「…………ん?」

なにやら外で叫び声なんかも聞こえるけどそれどころではない。確かに爆発の中に、しかも爆心地(発目)のすぐ横にいたにもかかわらず体に痛みを何も感じない。目を開けても先程いた場所から動いている様子はない。いや、工房内のものは結構吹き飛んでたりしてるんだけど。

周りの様子と俺自身の状態のギャップに思考回路が追いつかない。ようやくそこで、俺の周りになにやら漂う黒い靄のものに気づく。…これ煙じゃなかったのか。

「あー…、理解した」

手元に視線を落とし、黒い靄の正体を理解する。その靄は俺の周りを取り囲み、まるで守るかのように存在している。ある者は何もかもを飲み込む巨大で凶悪な黒の球体を持ち。ある者には黒炎のようにゆらりと揺らめきながら自身を守る鎧となる。

「極限無想より先にこっちができるようになるとは思わなかったな。ーーー…"絶界"」

ーーーーー……俺のように黒い靄となり鉾にも盾にも成り得る武器となる。

あっという間に俺の周りから黒い靄は霧散した。極限無想ができたときのように一瞬の出来事だったが、絶界の感覚は思い出した。通常の結界を形成するときとは違う、体の中から溢れ出すような感覚。その感覚が思い出せれば前世のような完成形に近づけることもそう苦労はしないだろう。

ーーー…ただ。

「絶界ができたってことは、そういうことだよね」

前世で、正守さんが多用していたこの絶界は簡単に言えば"負の感情の高まりとともに形成される技"。つまり、オールマイトの件が俺が自覚している以上に蟠りとなっているということだろう。絶界とはそういうものだ。だからまぁ、良守とは性が合わなかったんだろう。…あいつ真っ直ぐだからね。

「あれっ!?夜守くんいたんだ!さっきの爆発大丈夫だったの?」

ひょっこりと俺の思考の海に足を突っ込んできたのはどこか困り顔の緑谷。その後ろには麗日に飯田もいる。なんでそんな驚いた顔してるのだろうかと思えば、そういえばさっきの爆発現場はここだった。爆心地であった発目はハハハッと笑いながら工房に顔を覗かせた。

「失敗は成功の母とも言います!さて、次はどうしましょうか…うふふふ」

怖い、これはあまりここに長く滞在すると危ないやつだ。そろそろと後ろ下がりつつまた何かに道具を取り出した発目に恐る恐る近づく。

「…俺そろそろ帰るよ」
「はいっ、待っててくださいね!ドッ可愛いベイビーをつくりますので!」
「よろしく。あ、出来てなくても一週間後ぐらいに一回取りに来てもいい?仮免の試験があるから一応持っときたいんだ」
「わかりました!頑張りますね!」

にこにこいい笑顔を浮かべながらまたもやドスの聞いた色の化学薬品フラスコを持ち上げるものだから思わず緑谷たちに何も言わず工房を飛び出した。いや、あの色の化学薬品はだめでしょ。近づくな、危険。……ほら、なんか緑谷の悲鳴が聞こえるような気がするし。うん、俺は知らない。

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