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今日も今日とて個性の圧縮訓練。目の前の先生を見据え、腹の底から息を吐き出した。

"絶界"

体の中からどろりと力が溢れ出すようなイメージ。気持ちを落ち着け、伏せていたまぶたを持ち上げた。

「ホゥ…」

俺の周りを覆うように漂う黒い靄。まだまだこれが出せるには集中力と時間がいるが、これは反復訓練しかないだろう。

「己ノ周リヲ覆ウ結界デハナク、纏ワリツクモノニシタノダナ」
「いつもの結界と違ってこれなら俺が動けばこれも動くから利便性もいいし。…鉾にも盾にもなりうる」

まだ俺にはできないけど、負の力が増幅すれば絶界の範囲自体も大きくなる。…まぁ、前世でもこれの一回りか二周り大きくなった程度で終わったからそこまでの増幅は期待しない。

「後ハ…ドノ程度ノ強度ガアルカ、ダナ」

先生がぽんっとこちらへ放おった石が俺の周りを覆っている絶界に阻まれ大きな音を立て弾き飛ばされた。それに間髪入れずに先生からの鋭い蹴りが絶界を襲う。キィンッと甲高い音を立てた絶界はびくともしていない。衝撃があったのは蹴りを仕掛けた先生のみだ。

「蹴リ程度デハビクトモセンナ。ナラバ」
「複数カラノ攻撃ニハ耐エラレルカ?」

あれ、なんかエクトプラズム先生増幅したんだけど。ちらりと後方にいるはずの本体の先生に目を向ければグッと勢いよく親指を押し上げられた。いやいや、そんな気遣いいらなかったです、はい。

「「サァ、イクゾ」」
「いえっさー…」









「甘イ」
「…っ!」

間髪入れずに二人から攻撃を繰り返され、絶界が弱まったところでさらに鋭い攻撃が襲う。息が途切れ、心拍数が上がる。集中が揺らげばそれは俺の周りを覆う絶界の黒い靄も薄らぐ。…視認できるところがこれの問題点だよね。

「考エ事ヲシテイル暇ガアルカ?」

ガンッと強く蹴られその反動を絶界では殺しきれなかった。不安定な状態だったことも相余り、ぐらりと上体が揺れ体が地面へと転がる。

エクトプラズム先生から視線が外れ、セメントの地面へと倒れるその間。目に映った光景に目が見開く。

ここからはるか先、体育館の出入り口付近にある小さな人影。特徴的な金髪の髪型に痩せこけ、健康とは言い難い相貌。オールマイトの頭上から、なぜかセメントの塊が降ってきている。本人はなすすべが無いのか、ーーいや、そうなのだろうーー呆然と落ちてくるセメントを見つめているように見える。


ーーーこのままじゃ…、…………っ。


そう思った瞬間に、彼の周りに結界を展開する。突如として現れた俺の個性に驚いたように視線を動かした彼だったが、間髪入れずに現れた緑谷の蹴りによりセメントの塊は粉砕した。パラリパラリと小さな欠片のみが降り注ぎ、オールマイトの無事を確認し、ほっと胸をなでおろす。……よかった。

「コラ」
「あでっ」

ごつん、と頭に衝撃。両肘をついて見上げた先には呆れたようにため息を漏らすエクトプラズム先生。あ、忘れてた。へらりと笑えば横にとすんと座り込み俺の顔を覗き込んできた。

「戦闘中ニ意識ヲ逸ラス奴ガアルカ。意識ハ常ニ相手ニ……マァ、今ノハヨクヤッタ」
「すみません、つい目に入っちゃって」
「カナリ遠イガ座標指定位置ハ良カッタ。……ガ、君自身ニ纏ッテイタ技ノ制御ハシッカリシロ。俺ガ一人消エタゾ」
「え」

その言葉にドキリと心臓が嫌な音を立てる。ちらりと見渡してもエクトプラズム先生は"一人"しかいない。

「オールマイトニ個性ヲ使用シヨウトシタ時、オ前ガ纏ッテイタ靄ガ膨張シタ。ソノ影響デ俺ガ一人消サレタ。…ヒーローノ鉄則ハ覚エテイルナ?敵ヲ拘束スルニモヒーローハ出来ルダケ無傷デ捕エル事ガ望マシイ。殺シテシマウノハ言語道断。ソノ技ヲ使ウナラバ、制御ハシッカリシロ、君ノ技ハ危険ナモノモ多イ」
「…はい」
「荒削リダガ相当ノ戦力ニナル。磨イテイケ」
「はい」

絶界は俺の"負の力"によって力が増大する。オールマイトの件で誘発されたであろうこの力はまだ俺のコントロールしきれる範囲ではない。あー…まだまだ修行不足。今回もエクトプラズム先生の個性だったから良かったもののこれが生身の人間が相手だったならばと考えればぞくりと背筋が凍る。早急にコントロールちゃんとしよう。

「見テイテ思ッタガ、ソノ技他人ニモ付加出来レバ良イカモシレナイナ」
「……?」

先生の言わんとする意味がよくわからず首を傾げる。他人に付加。絶界を?

「君ノ個性ハ結界。守ル力ダ。先程ノオールマイトノヨウニ他者ヲ危険カラ守ルコトガ出来ル。何時モノ四角ノ結界デハソコカラ動ク事モデキナイガ、君ノ先程ノ技ノヨウニ体ニ纏ワリツク物ナラバ纏ワリツイタ結界デ守リナガラ避難誘導ガ出来ルダロウト、少シ思ッタ」

……………………………その言葉は目から鱗である。

自分の個性を、他者が纏う。確かに、俺が目指すヒーローになった暁には他者の救助や他者を守るという機会も出てくることは間違いないだろう。その時に今までの結界だと自体が収束するまでその場から下手をすると動くことができない可能性がある。でも、絶界のような結界を他者にも行うことができるならば…、安全に守りながら避難を促すことが出来る?

「マァ、頑張ッテイル生徒ニ助言ダ」

ニヤリと笑う先生にお礼の言葉を呟いた。オヤ、とざわつきの大きくなってきた下を覗き込み今日ハ終イダナ、と言葉を述べゆらりと消えていった。先生が先程まで覗き込んでいた先、そこをちらりと見下ろせばやけにきらびやかな装いの物間の姿が。…目立つなぁ。

それよりも。

「他者に纏わりつく結界、ね」

まぁ。言うのは簡単。前世でもそんなのはなかった気がする。…いや、実はあったのか?真界、とはまた違う感じだし。てかあれは次元が違う、俺はできた試しないし。

絶界とは似て否なる結界。でも纏わりつかせるという点では同じ。うーん…。纏わりつく、でも絶界とは違う。こんな時前世での記憶が今でも鮮明であればなぁと思うが、うーん…。


「思いつかない」


少し引っかかりはするけど、思い浮かばない。

こんなときは煮詰まって考えても何もいい案など浮かんでこないだろう。それに急を要するものでもないし。当面は絶界のコントロールと極限無想が出来るように特訓を重ねよう。

「A組夜守!我々B組と交代の時間だ!!」
「え、あ、はい、すみません!」

思考の海に囚われて目の前でおっかなびっくり、ブラド先生が怒鳴るまで気づきもしなかった。いや、誰か教えてよ。
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