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訓練をしているとあっという間に仮免試験当日になった。結局絶界のコントロールは少しマシになったくらいであまり進歩していない。…まぁ、こればかりは仕方ないけど。

「降りろ、到着だ。試験場国立多古場競技場」

バスを降りた先にあるでか過ぎる建物の前には他校と思われる人だかりがぽつりぽつりとある。当たり前だが知らない顔ばかりである。今から試験なのだと考えると、気が重くなる。そういう類はいつまで経っても慣れない。俺の周りでもそわそわとしている奴が多くて内心ほっと息をつく。

自信のなさそうな発言をする峰田がダランッと突如視界の中に入ってきた相澤先生に驚いたのか、なぜか下ネタで返事を返している。…動揺しすぎでしょ。いや、俺も驚いたけどなんでそこで下ネタ入れてくるかな。

「この試験に合格し仮免許を修得できれば、お前らタマゴは晴れてヒヨッ子…セミプロへと孵化できる。…頑張ってこい」
「はい」

相澤先生からの叱咤激励を受けて姿勢を正す。まぁ、もうここまで来てしまったのだからやれるだけの事はやらねばならない。てか試験に落ちたら期末試験以上に落ち込みそうだ…頑張ろう。

鋭児郎が士気を上げるためにテンションの高いメンツの真ん中で徒党を組んでいる、と。そろりそろりと後ろから近づいてくる大きな男が一人。頬を高揚させ、嬉しげに緩んだ目元や口元がだらしない。…………だれだ。

「Plus…」
「Ultraー!!!」

…………いや、ホント誰。

真後ろから突如知らぬ声を挙げられた鋭児郎は飛び退くようにして後ろを振り返った。同じように驚いた面々の視線が集まるものの、誰一人として顔を知っている奴はいないらしい。轟すらも驚いたように目を見張っている。

「あの制服どこのだっけ」
「……士傑だ」
「爆豪知りあい?」
「あんな単細胞知るか。ただ…」
「どうも大変、失礼しましたァ!!!」
「…うわぁ、豪快」

爆豪との会話で何があったか不明だが、先程の大男が何故かアスファルトに向かって坊主頭を突き刺すようにしてお辞儀をしている。え、頭割れてない?大丈夫なの。

「東の雄英、西の士傑」
「あぁ、西の難関校ね」

数多あるヒーロー科の中でも難関校と呼ばれるいくつかの高校の一つに挙げられるのが"士傑高校"。雄英一本に絞っていた俺はその校風やらカリキュラムやらを知りはしないが、名前だけはしっている。

「一度言ってみたかったッス!!プルスウルトラ!!!自分雄英高校大好きッス!!!雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みッス!!よろしくお願いします!!」
「………嵐みたい」

口から吐き出される怒涛のような言葉たち。それに気圧されたようにツッコミ勢が何も反応しないものだから思わず素直な感想が口から零れ落ちた。その言葉を拾ったのか、ぐるりとこちらに回った顔にぎょっとしたあと。何故かパアッと先ほどのように頬が紅潮したのが目に見えてわかり疑問符が頭の中を飛び交う。え、なに。と、思っている間にガシッと手をひっつかまれ、至近距離で言葉のバズーカーが放射された。

「初めましてッスね!ハヤテさんから話は聞いてるッス!!かなめも仮免受けるとは思ってなかったから、嬉しいッス!お互い頑張ろうな!!じゃ!」

パッと手を離され、ブンブンと手を振りながら士傑高校の元へと駆け寄っていく姿は犬のようだ。…てか、俺何一つ言葉を発しなかったが、誰だ。んでもってなんで俺の名前知ってんの。てか、ハヤテって誰。1-Aのメンツの視線が突き刺さる中、俺が一番状況がわかっていないのを察してほしい。

「夜嵐、イナサ」

ポツリと零された名前にやはり聞き覚えもない。相澤先生の口から語られる言葉に耳を傾ければ、彼、夜嵐と俺との接点はないように思う。だって俺推薦組じゃないし。てか、推薦トップで通過したのにそれを蹴ってまで士傑に入学したって、…何かあったのだろうか。まぁ、俺には関係ないけど。

「変だが本物だ、マークしとけ」
「かなめどこであんなハイテンションのやつと知り合ったんだよ」
「いや、知り合ってないし、今はじめましてだったからね。俺が一番わけわかってないから」
「夜守って変に絡まれることあるよな」
「…お祓い行くべき?」

俺が真剣にそんなことを考えている最中。聞き慣れない女性の声で先生のヒーロー名を呼ぶのが耳に入る。離れているせいでぽつりぽつりと女性の声しか聞こえてこないが、なんだろう、先生が辟易としているのが目に浮かぶ。女性一人だけがやたらと爆笑している。

いつもの如く緑谷がヒーロー解説をしてくれている傍ら、彼女を見つめる集団が後方にいるのを見つけその先頭にいた男と目があった。………なんでウィンクするの、ねえ。おいこら瀬呂指さして笑わないで。

瀬呂の指をあらぬ方向へ捻じ曲げる攻防戦を繰り広げていると、唐突にガヤガヤと外野が騒がしくなってきた。パッと瀬呂の指から手を離しそちらへ視線をやるとぬっと現れる右手に一歩後ずさった。あれ、さっきのウィンクするのひとじゃん。

「中でも神野事件を中心で経験した爆豪くん、夜守くん」
「あ?」
「うん?」
「君たちは特別に強い心を持っている」

にっこりと笑みを浮かべたまま右手を差し伸べてくる目の前の男に苦笑いが漏れる。随分とわざとらしいというか、なんというか。表面上は随分と友好的に微笑んでいるが、黒い瞳の奥に剣呑とした色がチラリちらりと漏れ見える。…ずいぶん敵視されていそうだ。

その手を握り返すべきなのか、否か。少し逡巡していればビシッと空気を割く音が目の前から聞こえた。

「フかしてんじゃねぇ。台詞と面が合ってねぇんだよ」

フンッとそっぽ向いた爆豪を見遣りながら視界の端に写った目の前の男は不敵な笑みを浮かべている。…うーん、やっぱりこの食えない感じ、俺の勘と爆豪の読みは当たりのようだ。それに気づいていない鋭児郎が爆豪を諌めるように言葉を放っているが、うん、鋭児郎も人を見る目を少し養おうね。

さっさと背を向けて会場入り仕様としている爆豪を追いかけ、ポンッと背中を叩くとあ"?とガンを飛ばした視線を頂いてしまった。それホントに柄悪いからやめたほうがいいと思う。

「さっきはサンキュ。あの男友好的にしてる割に目が笑ってなかったから握手嫌だったんだよね。爆豪がああ言ってくれたから俺もそのまま逃げてきちゃった」
「…自分で自己防衛くらいしろや、モヤシ野郎」
「うん、だから一言多いんだってば」

まぁ、何だかんだ面倒見のいい爆豪だからそこは目を瞑ろう。俺はね。ただ、爆豪の本来の性格知らない人から見れば只の粗暴な奴って見られがちでもったいないなぁとは思うけど。

「爆豪、かなめ!会場入りしたら更衣室でさっさとコスチュームに着替えて集まれってさ!」
「了解ー」

さて、切り替えて行きましょうかね。

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