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「それにしても、今回の参加者って何人いるんだろ」

さっさと更衣室でコスチュームに着替えながらきょろりと周りを伺う。雄英の体育館並みの広さはありそうなのに男子の更衣室と化したそこは超満員である。…あつい。

更衣を済ませたものから会場内へ入るようアナウンスが流れ、キビキビとした動きをしながら本田ガンダムが俺たちに整列を促すが…まぁ、特に誰も聞いちゃいない。まとまって離れなきゃ大丈夫でしょ、あ、梅雨ちゃん達発見。

「随分と参加者が多いのね」
「男子の方は更衣室満員で狭かったくらい」
「あら、そうなのね。女子は比較的少かったわよ、けろ」

特に緊張もしてなさそうな梅雨ちゃんとの会話はこちらの気分が安らぐから丁度いい。そのまま開始合図があるまで他愛もない話をふろうと口を開いたところで耳に届いた声に意識が集中する。

「雄英だ」
「…一年連中か」
「何組のやつだ?」
「爆豪と轟がいる。A組だったか?」
「あいつら派手に体育祭で映ってたけど、他の奴らは?」
「二人みたいな強個性は居なかったはずだ」

ぶつぶつ、ざわめきの中から拾える会話はその程度だ。突然口を閉ざした俺を訝しんだのか梅雨ちゃんからどうしたの?と声がかけられる。聞こえてきた会話を端的に述べればあぁ…、と納得したようにそちらを見やった。

「なんだよなんだよー!どこでも有名だな俺たち!」
「…上鳴本気でそれ言ってたらホントの考えなしだよ?」
「そうね」
「はっ!?なんでだよ!噂されてるってことは俺たち有名人なのは間違いないだろ!?」

本当にわかっていないのか、そう叫ぶ上鳴に思わずため息が漏れる。隣から漏れた呆れたようなため息に横を向けば梅雨ちゃんと視線があって、二人してもう一度ため息をついた。

「有名人って今のこの状況だと個性が割れてて不利だってこと、わかってる?」
「は?」
「仮免試験の合格率は毎年五割を切ってるわ。これは仮免をかけた戦いよ」
「んなこと俺でもわかってるっつーの!」
「読みが甘いんだよ。つまり、自分が合格するためには他者を蹴落とさないといけない。ならさ、攻撃パターンのわかってるやつと、実力が不明の二人だったらどっちが戦いやすい?」
「そりゃあ!」
「…パターンのわかっているやつだろうな」

上鳴の声にかぶせるようにして常闇が答えた。あ、話聞いてたのね。

「そうだよね。てことは、体育祭で個性の割れてる俺達は格好の蹴落とすための標的になりうるんだよ」

その考えは無かったのか、先程まで鼻高々にしていた上鳴の鼻がしぼんでいくのがわかる。そこまで落ち込むことかな?

「別にそこまで落ち込むことないと思うけど」
「はぁー!?狙われるのがわかっててなんであっけらかんとしてられるんだよ!」
「だってさ、俺ら体育祭のときよりも技磨いてきたし?」

何を言っているんだが。と、思いを込めて呟けばぽかんと間抜けに口を開けたまま俺を見てくる上鳴に首を傾げる。

「周りが知ってるのはあくまで雄英体育祭で出てた俺たちでしょ。それ以降俺も死にものぐるいで個性磨いてきたしみんなもでしょ。標的にされたくらいで負けないよ」

逆に俺たちの個性を体育祭程度だと思ってる奴らを蹴落とすにはちょうどいいかもね。思わずつぶやいた言葉に上鳴が大袈裟に両腕で己の体を抱きしめ、ブルリと震え上がっている。

「夜守ちゃん。最後の本音は頂けないわ」
「あ、ごめん」
「…今は夜守のほうがヴィランのようだったぞ」

なんと失礼な。

『えー…ではアレ仮免のヤツを、やります。あー…、ヒーロー公安行委員会の目良です。好きな睡眠はノンレム睡眠よろしく。仕事が忙しくてろくにねれない…!人手が足りてない…!ねむたい…っ!そんな信条の下ご説明させていただきます』

唐突に流れた音声に視線が上段へと集まる。遠目からはよく見えないけど大層顔色の悪そうな男がブツブツ文句を言いながら上体を傾けつつマイクに向かって喋っている。…もう言ってることブラック会社の社畜のようなことだけどこの人大丈夫?

『ずばりこの場にいる受験生約1540人一斉に勝ち抜けの演習を行ってもらいます』

淡々と説明がなせる中で一次試験の通過者は100人と宣言がなそれた瞬間会場がどよめく。…まぁ、そりゃあそうか。1500超えの人数から予想の五割を大幅に割る一割以下の合格人数だもんね。先程まで俺と会話していた上鳴はなにか恐ろしいものを見るように俺を見ているがなんだろう。まぁ、放っておこう。

『受験者はこのターゲットを3つ、体の好きな場所、ただし常に晒されている場所に取り付けてください。足裏や脇などはダメです。そして、このボールを6つ携帯します。ターゲットはこのボールが当たった場所のみ発光する仕組みで3つ発光した時点で脱落とします。3つめのボールを当てた人が"倒した"こととします。そして、二人倒した者から勝ち抜きです』

試験内容を聞いて、その内容のえげつなさに舌を巻く。というかめんどくさい。あんな小さな的を狙って行かないといけないこと。己が合格するには受験者二人を蹴落とすこと。しかも体の最後の的を当てた人だけが得点になる。持ち玉は6個。玉を温存しつつ相手の的に当て、且つ自分の的を守る。うーわ、面倒くさい。

「夜守ちゃん顔がひどいわよ」
「…だってどう考えても面倒くさい」
「仕方がないわ」

はい、そうですね。梅雨ちゃんのスッパリとした思考に感服である。

『全員に行き渡ってから1分後にスタートとします』

随分と大掛かりな装置で会場が展開し、試験会場の全貌が明らかとなる。これのせいで睡眠が、とかこんなムダな…とか説明してくれた男性からプチプチ文句がこぼれているのは聞き流すに限る。だって俺ら関係ないし。

ざっと現れた黒いスーツの役員たちによって配られるターゲット3つと、ボールが6つ。それぞれが己の体の部位に装着していく中、俺は両手甲に一つずつと左胸に一つターゲットを装着した。俺の中では一番守りにくいのは手の甲だからね。

「先着で合格なら…同校での潰し合いはない…。むしろ手の内を知り合った中でチームアップが勝ち筋…!皆、あんまり離れずひと固まりで動こう!」

相変わらず頭の回転が早くより整合性のあることを言う緑谷の言葉に小さく感嘆する。あれだけの情報を一気に詰め込まれ、且つ合格率が一割を切る宣言をされればそれだけでパニックを起こす奴も居るだろうにそんなことはなく冷静に判断できることはこの試験を合格する上で大切な一つだろう。

「フザけろ、遠足じゃねぇんだよ」
「俺も大所帯じゃ却って力が発揮できねぇ」

早々に離脱し始めたのは爆豪に轟。まぁ、周りに影響が大きい分連携プレイは苦手だと思うけど今回はまとまってるほうが得策だと思うけどなぁ。まぁ、言っても聞かない二人だし放っておくしかない。…あ、鋭児郎ついていっちゃった。世話焼きめ。

「緑谷時間がねぇよ!いこう!」

残ったメンツで一塊となりながら広すぎる試験会場の町中を突き進む。他の受験生もそれぞれ有利なエリアへと足を進めるのを確認する中、明らかにギラギラとした光を放つ怪しい瞳とカチ合う。…おおよそ数十。数えるのもめんどくさい。

会場に響くカウントダウンの声を耳にしながら、印を結んだ。

『スタート!!!』

掛け声とともに飛び出してきた人影はどれもこれも獲物を狙う捕食者のようにギラギラとしている。同時に飛んでくる数多のボールがその視界を遮る。が、そんなもの有ってないようなものである。

「"絶界"」

ドロリと、体から現れた靄は瞬く間に俺自身の体を覆い、襲おうとしていたボールを音を立て消し炭にしていく。いつもの結界でも何ら問題はないがこちら側が攻撃に転じにくい上に今は周りにみんないる。それぞれが己の個性を活かし攻防をする事の妨げにもなりかねない。今の絶界も己の周りを囲うほんの薄いものに過ぎない。…あんまり濃くしすぎると誰か傷つけても困るし。

「俺(私)のボールがっ!!!」
「いやいや、こうなることも予測しなくちゃ」

ボールも限りある数しかないんだし。

「ほら、あんまり余所見してるとさ」

呆けている相手に向かって左手を振るう。俺の挙動に驚いたのか後退しても、遅い。ポコンっと軽い弾力を伴い押されたターゲットが赤く点灯する。相手がそれに気取られている隙に先ほど放おったボールを回収した。

「取っちゃうよ」

無事左手に戻ってきたボールには俺の念糸が巻き付いている。念糸も俺自身の個性の一部だ。繊細な動きは難しいもののある程度の大雑把な動きならば制御することができる。ボールを掴んでそれを止まっている的に当てることくらいならば造作もない。

ギリッとこちらにもわかるほどに大きく歯を食いしばる音。狩る予定だった獲物が牙を向けた上に己を喰らおうとしているのが判ったのか、俺の周りからはジリジリと後退していく者が増えていく。

それから視線を外さないようにしながら横目でずいぶんと騒がしい前方を見やる。耳郎の個性で割れた地面から随分と俺の手の中にあるボールより硬質化している見た目のボールが峰田に襲いかかっている。流石にあれは当たれば痛い上に峰田が危ない。

「結」
「粘度、溶解度MAX!」

峰田の周りに結界を張ったのと同時、芦戸からドロドロとした溶解液が手から噴出され瞬く間にボールが消えていった。…みんな恐ろしい技編み出してない?いや、人のこと言えないけど。

「助かった!イイ技だな。夜守もサンキュー!」
「はいはい」

必要のなくなった結界を解除し、さぁさっさと目の前の人たちを狩りましょうかと視線を戻す。じっと見据え、ぺろりと唇を潤した。

じりじりと明らかに俺を警戒しているであろう目の前の数人を見つめる。個性不明てところはとても痛いところである。相手が遠距離なのか近距離向けの個性なのか、それがわからないめまに近づくことは避けたい。やっぱり結界で動きを制限してから念糸付きボールで当てていくほうがいいかな?

まあ、そうと決まればさっさとしちゃおう。

「け、」
「最大威力!」
「ん?」

ドンッ!と大きな轟音とともに割れる地面。震源を探せば先ほど峰田に向かってボールを投げてきていた男と同じ高校の…あの時ウィンクしてきた男が現況らしい。地震のような揺れに体から支えきれずに傾く。今更ながら結界を形成したところで防ぎようもなく、仕方なく自身に張っていた"絶界"をほんの少し強めながら揺れが収まるのを待つより他になく、割れた地面に吸い込まれるのを黙って見届けた。


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