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「…どうしよう」

繁華街の外れ、建物と建物の間にズルズルと座り込み大きく重いため息を漏らした。ぐぅ、と恨みがましく空腹を訴える腹を一撫でし、笑い声の漏れる大きな通りに目を落とした。

空は、暮れかかっている。








ーーー遡ること数時間前。

ベポさんに教えてもらった方角へと駆けること数十分。少し迷ったりもしたがなんとか教えてもらった40バングローブへと辿り着いた。そこは活気に溢れ、出店からは美味しそうな匂いが漂っている。思わず鳴った腹を抑え、その通りを歩いていると坊っちゃん、という声が近くで聞こえた。

「坊っちゃん、饅頭試食しねぇか?」
「え、俺?」
「そうだよ、ほら饅頭食べてみろ」

坊っちゃん、と呼ばれていたのは俺のようだ。いや、確かに男だし子供と言っても過言ではない年齢ではあるけど言われなれない言葉にムズムズする。ほれ、と差し出された一切れの饅頭はホクホクとした湯気が出ており、中に詰め込まれている粒あんがつやつやとした色をしている、うん美味しそう。

パクリと齧り付けば甘さ控えめながらも小豆の素朴な甘みがじんわりと舌に広がる。美味しい。ぺろりと食べきってしまった。

「どうだい、一つ200ベリーだよ。3つなら500ベリーにしてるよ」
「…200べりー?」
「あぁ、どうだい?買うかい?」

ベリー…通貨の単位だろうか。まさか。言葉が通じるのに通貨の単位が違うなんてことあるのか?ここが大きな商業施設内で、そこでしか使用されない専用通貨なのだろうか。…そんな施設、聞いたことないけど…。

「いや、今はいいかな。ねぇ、何処かに本屋さんとかないですか?…地図が欲しくて」
「そうかい、残念だ。本屋ならこの通りをまっすぐ行って二つ目の角を左に曲がったところに大きな店があるよ」
「ありがとう」

次は買ってくれよー、という親父さんに手を振りながら本屋を目指す。ちらりと周りを歩く人たちを見やる。殆どが俺と同じような、見慣れた服装だったりするが時折先程の男たちのような刀を腰に携えていたり太もものベルトにナイフが刺さっていたりと、物騒な輩がいる。…なんで誰も何も言わないんだ?



ひたりと、嫌な汗が背中を流れる。



それを払拭するように早足で本屋を目指す。
言われたとおり、二つ目の角を左に曲がったところに本屋があった。人の間をすり抜け、ところ狭しと陳列されている本へと目を落とし、…背表紙がすべて英語なことに気がつく。周りのどこ棚を見ても日本語は見当たらない。英語が読めないことはないけど、なぜ?

心臓が早鐘を打つ。

とにかく地図だ。観光マップ、と書かれている棚をさがし"日本"の背表紙を探すが見つからない。本の背表紙をなでながら視線を滑らせ、漸く見つけた"世界地図"と大きく書かれている本を手に取る。

、なぜだろう手が震える。読み慣れない英語表記の表紙をめくり、目を瞠った。






「…なんで?」




ない。




世界地図、と題売ってある書籍の巻頭。見開きページを使った大きな、見慣れない地図に空いた口が塞がらない。よくわからない、縦に縦断する"RED LINE"と呼ばれる大陸にそれに対して垂直に通る"GROUND LINE"。聞いたことどころか、見たこともない世界地図である。

その本を広げたまま、次々に地図の本を引っ張り出し見たこともない、聞いたこともない地形や地名に頭が真っ白になる。震える手を叱咤し、なんとかすべての本を本棚へと押し込み早足に本屋をあとにした。

上がる息に胸を抑えつつ、とにかく一度落ち着きたいと人混みに逆らい歩く。途中、ゴミ箱に捨てられていた真新しい新聞の一面を見てもう、言葉を失った。

知るはずもなかった年号、海賊、懸賞金、投獄、七武海…。聞いたことも、見たこともない名称が文字として新聞を飾っている。もう、それらも見たくなくて、ひたすら足を動かした。











「はあ…」

ぐしゃりと前髪を鷲掴み、大きく息を漏らした。カツンと地面に落ちた硬質な音に目をやれば携帯電話が地面に落ちている。落ちた衝撃で表示された画面は変わらず圏外を示している。

もう、ここが違う場所、まさか世界規模で違うとは予想外だが、であると認めざるを得ないのであろうか。つか、なんていう場所に飛ばしてくれたんだよ名も知らぬやつ。

「…夢だったら良かったのになぁ…」

とりあえず、どうしようもないことは仕方ない。幸い、結界術は使えるのだ、とにかく怪しげなやつにはついていかない。あと、お腹空いた。水はもう少しあるから最悪数日なら食べなくても行けるけど、できれば何か食べたい。

「通貨がベリーってならこのお金あっても意味ないじゃん。あー…ベポさんにお菓子全部挙げなきゃ良かった」

せめて一つくらい残ってないかなー、とカバンをガサゴソ漁っていると唐突に視界が暗くなった。ん?もう日暮れなのかな。右斜め上を見て、後悔した。

「ちょっとぼくちゃん、面貸してくれないかな?」

ニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべたサングラス二人組が俺を見下ろしていた。なんで、こんなに俺絡まれるんだろうか。謎すぎる。とにもかくにも。

「あ、コラ!逃げんじゃねぇ!!」

さあ、逃走劇の始まりです。



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