4


「ちょこまかと…、逃げんじゃねぇ!!」
「そんな怖い顔されたら誰でも逃げるってばっ!」

追いかけっこを開始してからどれくらい時間が過ぎたかは不明だが、なんせガタイのいい男に追われるなんて恐怖、体感したくなかった。てか、なんで追われてるの俺。

「お腹はすいたし、疲れたし…もうヤダ」

ため息を吐きながらも動かす足は止めない。あと少しで繁華街の外に出るはず。段々人が疎らになっていく町並みを見ながら視線を走らせる。さすがにあまりにも人がいるところで大事を起こしたくないし、とにかくもう少し出なきゃな。

こんな時、雄英高校での無茶な体力づくりが役に立つとは思いもしなかった、相澤先生様々である。後ろにいる二人組にちらりと視線をやれば口元を大きく開け、上体をフラフラさせながらもなんとか俺を追っている、と言った風だ。…そこまでして追いかける価値が俺にあるのかは知らないけど。

辺りは黄昏時に入ったのか、随分と暗くなってきた。街灯もほぼないこの辺りは夜目の聞かない人間には辛いだろう。俺にとっては夜のほうが活動しやすいけど。

「もういいかな」

繁華街を出てからしばらく走った。街の明かりも随分と遠くに見える。これなら何かあっても街への被害はほぼないだろう。くるりと方向転換をし、サングラスの男たちから数メートル距離をおいて立ち止まる。相手は行き絶え絶えといったように肩で大きく息をしながらもなんとか平然を装おうとしているのが見て取れる。…運動不足じゃないかな、お二人さん。

「ねぇ、何が目的?」

俺が立ち止まったのはこれが聞きたかったがため。最初にあった男たちのように小奇麗な服装…ただの制服だけれども…が原因であればこの服は捨てたほうがいいだろうし。もし、他に原因があるのであれば対処をしないといけない。帰る方法を探しながら毎日追いかけっこの日々なんてゴメンだしね。

「そ、それは…だなぁっ!…げほ、げほんっ」
「あー…息が整ってからで大丈夫デス」

ぜーぜー言いながらもなんとか言葉を紡ごうとしている二人組が盛大にむせた。…なんで俺こんな人たちに気を使ってんの?気を抜かないまま、周りにも気配を配らせながら目の前の二人組を観察する。

二人共揃いの真っ白いつなぎにサングラス。一人は随分と大きなキャスケット帽子、一人は何も被ってないから特徴なし。…あとは胸元に随分と可愛らしいアップリケ。…なんだろ、なんかのアイドルグループとかのエンブレムとかだろうか。ニコちゃんマークのようなものが鎮座している。強面の顔に似合わない。しかし、いい具合に二人組の輪郭がはっきりと見えなくなるほど闇が深まってきた。思わず口角を上げる。

「それはだなぁっ!」

お、ようやく息が整ったようだ。大きなキャスケット帽子を被った男が口を開いた。

「我らが船長がお前を丁重にもてなせっつーお達しを出したからだ!」
「…」

なんかわからない単語が増えた。せんちょーてなに?え、聞いて字のまま船長?なんでそんな人が俺を丁重にもてなせなんて言葉が出てくんの?会ったこともないのに、なにそれ怖い。

「…ということで!お前は今から俺たちと一緒に来い!」

意識が飛んでる間にも何かを喋っていたらしい二人組だが、無理矢理にでも俺を連れて行くき満々のようだ。船長さんが何を目的に俺を連れてこいなんて言ってるかは知らないけど、まぁ、良い事ではないだろうなぁ。手下であろう二人組だけを見ても明らかに怪しいし。理由は結局わかんないし。…時間の無駄だったか。

はあ、と思わず耐えきれなかったため息を聞かれ激情する二人組を横目に見やり二人組に気づかれぬように、ひょろんと右手から念糸を出す。もう追いかけっこも嫌だし、さっさと逃げよう。

「お、観念する気になったのか!?」
「ンなわけないじゃん」
「なっ!」

近づいてこようとする二人組の目の前になんの変哲もない結界を作ってみせる。途端に動きを止める二人組。うん、よくわからないものって触ったり近づいたりするのも戸惑うよねぇ。

「滅」

圧縮された空気が弾けるようにパンッ、と小さな音を立てて消滅する結界。目の前で突然弾けたそれに肩を震わせる二人組に思わずほくそ笑み、持ちうる限りの全速力で逃げる。

「あっ!まてや、コラー!!!」

誰か待ちますか、息が整うまで待ってあげたでしょうに。まぁ、全く情報収集にならなかったけど。ある程度離れたところで足元に結界を作り一気に上へと駆け上がり、念糸を大木の幹に絡ませ一気に上へと上昇する。ぐんぐんと上がっていく視界に若干の恐怖を覚えつつ大木の幹に静かに着地した。さすがにこの暗闇の中、この高さにいる俺を視認できないとは思うが念には念を、するすると音を立てぬように慎重に枝つたいに更に上へと登る。木の葉が視界を覆うくらいの高さまで上り詰め、息を潜めた。

あの二人組だろうか、随分遠くの方で叫び声がこだましている。…今日はもうここにいるほうが良さそうだ。明らかに寝心地の悪そうな今日の寝床を見やりため息をつく。

「…結」

自身の周りに最小限の結界を張り、警戒を怠らないように軽い休息を取る。こんなに警戒しながら取る休息など、いつぶりだろうか。結界師として活動していた頃は常に死と隣合わせの生活だったが故にそうであったが、今世ではなかったな。常に誰かに守られ、誰かが隣にいてくれた。…なんて恵まれていたのだろう。ぶるりと軽く身震いをして両手で体を抱きしめる。

…散々な一日だった。
これが夢であるならば一刻も早く覚めてほしいと、半ば祈るように静かに目を閉じた。

prev|next
[戻る]