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ふと、浮上した意識にまぶたの裏から光が当たるのを感じる。日の光を受け、しょぼしょぼする瞼を瞬かせくわりと大きく欠伸をした。

「あれ、布団……あぁ、そっか」

手探りに暖かさを求め布団を探すが触れるのはゴツゴツとしたものだけだった。目の前に広がる新緑の色に落胆の声が思わず漏れた。ついでとばかりに腹の虫も空腹を主張するものだからさらに虚しさが募る。

「…どうしよう」

現状の情報収集もしなきゃだけどこの空腹もどうにかして満たしたい。帰るまでに野垂れ死んだら話にならない。けれど使えるお金なし、食料なし、水だけは少しあるけど。まあ、数日なら問題ない。前世でもザラだったし。さて、となれば情報収集しつつご飯を探そう。

ぐぐっ、と大きく伸びをすると体がバキバキと嫌な音を立てる。変に寝違えなくてよかった。足場の悪い枝の上に慎重に立ち、目下を見下ろす。昨日みたいな変な輩がいないとは限らないし、絡まれたくないから慎重に行こう。周りの気配に気を配りながら昨日ベポさんに教えてもらった繁華街の方へと足を進めた。







朝早いためかパラパラと開店している店を眺めつつ、キョロキョロと辺りを見渡す。昨日は焦燥感もあり視野が狭くなっていたせいか全く歩いた道を覚えていない。まぁ、新鮮味があって面白いけど。見れば見るほどに変わった景色の広がる所だ。森の中ほどシャボン玉が浮かんでいるわけではないが、シャボン玉が取り付けられた自転車に風船のようなものがあちらこちらに見られる。シャボン玉の付いた自転車…ちゃんと走るのだろうか。

大きな通りを通り過ぎ、路地裏へと足を踏み入れる。先程よりも薄汚れた印象のある場所の壁にいくつも所狭しと貼られた紙に視線が止まる。

「なにこれ…WANTED DEAD OR ALIVE。生死問わず、うわ何この金額。いち、じゅう、ひゃく、せん、…」

随分といい笑顔を浮かべている少年の下には生死を問わず、3億円いや3億ベリー…恐ろしい金額である。手配書であろうそれはこの壁一面に貼り付けてある。どれもこれも恐ろしい金額のオンパレードである。…そんなにここって物騒なところなのか。いや、昨日意味もわからず追いかけられた時点でなんとなく察したけど。

「この人も億超えかぁ…トラ、トラファルガー・ラウ?」

紙面越しにこちらを睨めつけるようないやな笑顔を浮かべたヒョウ柄が可愛らしい帽子を被った男。…一体何したらこんな金額がつくほどの悪行をしてのけるのだろうか。甚だ疑問である。

「よぉう、クソガキ」

突然かけられた見知らぬ声に思わず肩が震える。逃げないようにだろうか、がしりと無遠慮に掴まれた肩が痛い。右上を見上げれば昨日散々俺を追ってきていたキャスケット帽子。もう一人後ろにPENGUINと書かれた帽子のこれまた長身の男が佇んでいる。…また追いかけっこですか。ていうより声かけられるまで気配察知できなかったとか、相澤先生に知れたら締められる、物理的に。

「…おはよう、お兄さん。また俺になんか用?」
「昨日お前が勝手に逃げただけだろうが!こっちの用事は何も済んでねぇんだよ」
「ちなみにトラファルガー・ラウではなくトラファルガー・ロー船長だな」

にっこり笑顔付きでお兄さんたちに向き直れば苛立ちを隠せないのか、隠さないのか怒鳴りつけるキャスケット帽子。名前の訂正を加えるPENGUIN帽子。てか、この手配書の人が昨日言ってた人なのね。もう一度目の前の紙に目をやるがこんなひどい隈の男なんて見たことないはず。うん、人違いじゃね?

「ねぇ、このトラファルガー・ローさんが俺のことを丁重にもてなせなんて言ったの?人違いじゃない?俺知らないし」

なんなら今初めて知った顔にお名前ですけど。

「俺たちも詳しいことは知らねぇよ。あとは船長に会ってから聞けよ」

まあ、聞けたらだけどな。にやりと笑ったキャスケット帽子にため息が漏れる。知りもしない人に会いに行く暇なんてないし、なんなら空腹が限界突破したし、眠い。

一つタガがはずれると次々に溢れ出してくる不満と言う名の苛立ちにもう我慢の限界である。

「俺忙しいんだよね、あんたらの船長になんて会ってる暇ないんだけど」
「あ"?」
「…大人しくついていったほうが身のためだぞ」

忠告するようにPENGUIN帽子の人が呟くが俺もいい加減イライラしているので無視する。いきなりこんなわけわからないところに飛ばされて、よく知りもしない人に無理矢理連行されそうになって誰が心中穏やかにいれるのだろうか、俺は無理である。

「ついて行って俺に何かメリットでもあるわけ?あるなら教えてくれない?」

噛みつかんばかりの勢いで言ったはいいが。ぐぅう…と情けなく鳴る腹の虫よ、時と場合を考えてほしかった。


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