紺碧の雫


「結」

ドゴッ、という殴打音とともに呻き声をあげて倒れていく男たちに思わずためていた息が漏れる。宙に張っていた結界を解き、軽い音を立てて地面へと着地し、見上げても先が見えない、あまりにもでかすぎる木々を見上げた。

木々の根本からはシャボン玉のような、半透明の円形をしたものがプカプカと生まれては空高くへと舞い上がっていく。なんとも、現実とは思えない光景だ。

周りに倒れている、どこか薄汚い男たちが俺の周りに十人ほど伸びている。まあ、結界で殴打したからしばらくは起きないと思うけど。

「てか、ホントにここどこ…」

ーーーーーー雄英高校1年A組、出席番号21番。夜守かなめ。只今まったく見も知らぬ場所に佇んでいます、まる。
誰か説明プリーズ。










思わず現実逃避をしてしまったが、許してほしい。いやだってさ、いつもどうりに朝起きてご飯も食べて、さあ、学校だと玄関を開ければこの木々が目の前に広がっていたのだ。思わずまだ寝ぼけているのかと頬を抓ってみたが痛いし、パチンと目の前で弾けたシャポン玉はほんのり冷たかった。

ハッと気がついて先程くぐった玄関を探しても後ろに広がるのも目の前にあった光景と変わらない大木の姿。そして、どこからか現れた男たち。人がいたことにホッと息をついたのもつかの間。明らかに男たちの手に持っているものがおかしい。棍棒や刀といった類のものを隠すこともせずに持っているのだ。

いくら超人社会とはいえ、そんなものを隠すこともなく持ち歩いてる奴らは珍しい。てか、そんなことしてたら銃刀法違反で捕まる。この人たちに話し聞くのはやめたほうがいいよね、うん。というより向こうからこっちに向かってきてるんだけど…。どうする?

→逃げる

一択である。ひらりと身を翻し男たちとは反対方向へとダッシュする。

「逃げたぞ、追えっ!」

すると上がる怒声。後ろから迫りくる複数の足音。ちらりと後ろを見やれば恐ろしい形相を浮かべた男たちが手に持つ凶器を振りかざし俺へと迫ってきている。いや、笑えない。

「うおわっ」

よそ見厳禁。足元に広がる木の根に足を取られべしゃっ、と音がしそうなほど豪快に転げた。うげ、制服汚れたし。

「はっ、観念しな小僧」
「大人しくしてりゃ手荒な真似はしねぇよ、多分な」

ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらぞろぞろと俺を取り囲む男たち。こいつらまさか敵連合の手下とか?にしては随分と小汚…ごほん。随分と弱そうな…げほん。とりあえずさておき、この状態から脱却して情報集めないと。こんなところでグズグズしてる暇ないし。

「おい、聞いてんのか、このクソ餓鬼!!」

どうやら俺が無反応なことに痺れを切らしたらしい目の前の男が大きな斧を振りかざした。空気を切る重い音を聞きながら、慣れた所作で印を結んだ。

「結」
「んなっ!?」

見たところ只の重い斧のようなもの。それなら無想を使わなくても十分だ。俺の目の前で静止する斧。突然現れた半透明の結界に男たちは大きく目を見開いている。男たちの動きが静止しているうちに更に結界を形成し次は斧を覆う。手元まで伸びた結界に悲鳴を上げた男はぱっと斧から手を離した。

「滅」

パンッと空気が始める音がし、斧は僅かな取っ手を残し消え去った。男たちがジリジリと後ずさる。ある者は恐怖を湛えた色の瞳を隠そうともせずに、ある者はギラギラ怪しげに光る瞳で俺を舐めるように見つめている。

…どうも様子が変だ。

向こうからこちらに攻撃してきたにも関わらず誰一人として個性を見せない。敵連合の連中であれば雄英高校に通う俺達の個性は把握しているはずだし、もし知らないのだとしてもこれだけ奇異の目で見られることもない。ーーー個性なのだから。

「小奇麗な小僧がいたから売っぱらってやろうかと思えば…能力者か。こりゃラッキーだな」
「…能力者?」
「おっと知らねえとは言わせねぇぜ。その超人的な能力。能力者以外にありえねぇ。能力者は高く売れるからな、こんな所で一人でいた事を後悔しな」

いや、本当に知らないんだけど。能力者ってなに。俺の個性ってこの地域では能力者とか言われてるの?え、個性って世界共通じゃなかったの?

「大人しく捕まっとけ」

とにかく、ここから逃れることが一番かな。四方八方から襲い来る武器に辟易としながら慣れた言葉を舌の上で転がした。


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