小さな探偵との邂逅


なんの変哲もない土曜日。学校にも慣れ始め、久々にランニングにでも行こうかとウェアに着替え、スマホと家の鍵だけを持って未だについたままであったテレビを消そうとリモコンに手を伸ばし、その動作を止めた。丁度電源ボタンを押す直前に始まった本日の星座占い。なんか思わず見ちゃわない?あれ、俺だけかな?

11位から始まったそれは1位と12位を残し、女子アナの軽快な言葉とともに発表されていく。ジャジャンッとやけに気を引く効果音とともに現れた文字は俺の星座、12位。うん、たまに見る時ってなんでか最下位が多い気がする。いや、そこまで星座占いを信じてるかといえば、信じてはいないんだけど。

『12位のあなたっ、残念!今日は何かとついていない日!メガネはアンラッキーアイテム!ラッキーアイテムはー!ハンカチ!本日は暑くなります!水分補給しっかりしてね!以上本日の星座占いでしたー、ばいばいっ!』
「ハンカチ…」

プツンとテレビを消してからのそのそとハンカチを棚から取り出し、ポケットに突っ込んだ。いや、汗がいたらハンカチいるでしょ、うん。


ーーーーーーーーー


ランニングは良い。呼吸と体の動きがリズムに乗ってくるともう何も考えなくとも周りの景色がスピードに乗って流れていく。最近見つけた米花町と隣町の間にある大きな緑化公園。俺と同じようにランニングに励む人やペットの散歩、ピクニックを楽しむ様々な人で賑わっている。じわりと滲んだ汗が喉元へと伝い流れる。あぁ、暑い。

一度雑念を入れてしまえば集中力が切れるのも早い。流れる汗がうっとおしく、上がる息が多少の苦しさを助長する。丁度いいところにあった公共水道を見つけ、スピードを出していた足を緩やかな歩調へ変えた。

ジャバジャバと冷たい水を頭からかぶり髪から滴る水をフルリと払った。頭の中に蓄積されていた熱が水とともにゆるゆると流れ落ちていく。気持ち悪さに負けて頭から水かぶったけどまぁ、いい天気だしそのうち乾くだろう。乾いた喉を潤すようにホルダーに入れていた水を煽ってようやく息をついた。…うん、お水大事。

さて、どうするか。

このまままたランニングを続けるのも一興。けど、お腹空いた。欲求に正直な腹の虫は不満を訴える如く大きな音を鳴らした。

「おなかへった」

言葉に同調するように腹の虫がぐぅぅー、と返事をする。そうだね、やっぱり運動したらちゃんとエネルギーチャージしなきゃだめだよね。てことでなにか食べよう。

とはいえ、さっき欲求のままに水をかぶったせいでテイクアウトしか難しいだろう。さすがにお店濡らしちゃダメ出し。どっかにテイクアウトできるお店ないかなー。緑化公園を抜けてぽてぽて歩きながら飲食店を探す。あ、マックはっけーん。

「ん?」

東京だし町中は人で溢れかえってるからお店が人でごった返していても日常の光景として溶け込んでは行くけれど。人が群がっている先に赤いファンが忙しなく回るパトカーに、ビルの方を鋭い眼光で見つめる警察官が多数いればその光景は非日常へと一変する。

なんの変哲もない三階建ビル。俺が目指していたマックもそのビルの中に店舗を構えていたはずなんだけど。え、なにトラブル?入れない感じ?え、強盗犯が立てこもり?いや殺人犯?野次馬たちの口から出てくる言葉は嘘か真か分からないものばかり。まぁ、なんにせよあんまり関わりたくない人物が立てこもっているらしい。だからこれだけ警察官がいるんだからすべてが嘘ではないだろう。仕方がないから別の飲食店を探そうかと視線を彷徨わせ、見覚えのある後ろ姿が目に止まった。

「毛利?」
「あ、夜守くん…」

私服姿の毛利がどこか不安げな表情を浮かべたまま俺を仰ぎ見た。ちらりと視線が戻った先には警察官が睨めつけている某ビル。

「どうかしたの?」
「コナンくん…うちに居候してる子が中に入っちゃってて…出てこないの!」
「え"」

それってマズイんじゃ。てか中にいるのわかってるなら警察にいったら…と言葉を続けるよりも先にボンッと破裂音が一つ。それに呼応するようにメラメラと赤い炎がビルの1階を怪しく照らし出した。途端に虫の子を蹴散らしたように逃げ出す人々に収集をつけようとする警察官で一気にこの場が混乱に陥った。

「コナンくん!」

今にも駆け出していきそうな毛利を静止しつつ、きょろりとあたりを見渡す。商業施設の立ち並ぶこの近辺は細い道も多く今から消防車が駆けつけるとなればあと数十分はかかるであろう立地の悪さだ。おまけに人がごった返していてそう簡単にはたどり着けないだろう。みるみるうちに勢いを増していく炎に思わず眉をひそめる。

ビルに備え付けが義務化されているスプリンクラーが作動していないのか、もしくは作動していてもなお炎の勢いが勝るのか、ここから見ているだけでは何もかも不明だ。それよりも毛利の居候の子供を助けるのが先決か。

「毛利、そのコナンくんと連絡つくならできるだけビルの上に行くように声かけてあげて。もし動けないならなにか音出して場所を教えてくれてるとありがたいかな」
「え?」
「じゃ、よろしく」

夜守くん!という毛利の声に耳をかさず、火災が起きているビルに隣接するビルへと駆け込む。助走さえつければ十分飛び移れそうなくらいにそびえ立つビルにこんな時ばかりは感謝だ。一気に階段を駆け上がり屋上へと辿り着く。どくりどくりと息が上がるがなんてことはない。今から飛び移ろうとしているビルからは炎が勢いを増しているのか、黒鉛が立ち上り始めている。…早めに帰ってこないとまずいかな。

勢いをつけて走り出す。走り幅跳びの要領で隣のビルに無事に飛び移り、若干転げながらビル内の階段めがけて走り出した。バンッと扉を開ければもわりと立ち込める火災時独特の空気。三階にまで煙が回ってるとなればもしかしてガソリンとかの油でも撒いたのだろうか。そうでもない限りそう簡単にここまで火災が広がることはないと思う、多分。

とりあえず今は子供だ。一体どこにいるんだよ。

できるだけ煙を吸い込まないようにウェアで口元を抑えながら足早に進んでいく。カンカンカンッ!と金属か何かを殴りつけるような音が階下から聞こえてくる。その音を頼りに階段を駆け下りる。煙の充満している二階、階段付近。カンカンカンッと未だに音を発され続けているそこへ近づいていけば小さな子供の姿があった。

階段の手すりにベルトのバックルを叩きつけ、固く響く音を出し続けていた子供は俺を姿を認めるとその手を止めた。

「君がコナンくん?」
「お兄さんが夜守さん?」

げほげほと酷く咽るコナンくんの背中をさする。無事毛利からの伝言は届いていたらしい。さて、じゃあコナンくんを連れてさっさとここを脱出しないと、と彼を抱き上げてから慌てたようにコナンくんが口を開いた。

「まって!そこに強盗犯が気絶してるんだ!」
「え、マジか」

この状況で気絶してる大人つれてくの?コナンくんに指示され向かった先には程々に体格のいい気絶した男が一人。…マジか。

「コナンくん、歩け…ないよねその足じゃあ」
「…ごめんなさい」

コナンくんの足は見るからに腫れ上がりとてもじゃないが一人で歩くのは難しいだろう。よくよく聞けば犯人ともみ合った際に足を傷めて、なんとか1階からここまでら引きずってきたらしい。…その状態でここまでこの男を引きずって階段上がってきたって言うから感服する。そこまで頑張らなくても良くない?

「…どうしようかな」

さすがにこの男も背負って隣のビルに飛び移れるかといえば無理だろう。コナンくん一人増えるだけでも微妙なのに。どうしようかなぁ、と煙の立ち込めるビルを見やる。またけほりとコナンくんがむせた背中をさすりながらそういえば、と出かける前にポケットに突っ込んだハンカチの存在を思い出した。おもむろにそれを取り出しコナンくんの口元に当ててやる。これで少しはマシでしょ。

「それで押さえててね」

コナンくんを前に抱え上げたまま、炎が燃える音とは違う喧騒が聞こえる方へと足を向けた。喫茶店かなにかの店舗だろうか、大きめの窓がはめられたそこのちょうど真下が先程までオレと毛利がいた場所のようだ。まだ警官も結構いるね。消防車は…まだか。

施錠されていた窓を開けるとむわりとした空気が下から舞い上がってきた。ここも早めに離れないと危ないな。ちょうどパチリと目があった一人の野次馬が俺を指さして叫んだ、気がする。それを皮切りに俺へと集まる視線。次いで警官が俺の姿に気づいたようでなにか叫んでいる。

「ねぇ!犯人落としてもいい!?」
「は?」

虚を付かれたような声を上げたのは腕の中に抱えていた少年だけでなく、警官も同じであったようだ。そんなことなどお構いなしに俺に視線が集まっているのをいいことに更に言葉を続ける。

「犯人の男!今意識ないの!そんなやつ運べないからこっから落としてもいい!?」

俺の言葉を理解したのか、急に慌て始める警察官。ざわりざわりと声を上げる野次馬。とりあえずカーテンでもベッドシーツでもなんでもいいから、クッション代わりになりそうなやつ用意してくれてらそこに頑張って落とすんだけど。…どうも用意してくれなさそうだよねぇ。

「おにーさん、それってカーテンとかでもいいんだよね?」
「そうだね、なんでもいい…ああ、テーブルクロスあるね」

これ放り投げたら気づいてくれるだろうか。若干の期待を持ちつつ、何枚かのテーブルクロスを眼下へと放り投げた。ばさりと音を立て落ちたそれを困惑した目でこちらを見やる警察に呆れる。もう少し頭使えないのかな。

「それで!犯人受け止めて!早く!投げるよ!!」

ようやく俺の意図に気づいたように慌てた様子で野次馬も合わせてテーブルクロスを広げ始める下の様子にようやく小さく息をついた。あぁ、熱い。嫌な熱が体中に蔓延り額から汗が流れる。

「コナンくんちょっとここにいてね」

コナンくんを窓際に下ろし、小さくうなずいた賢い子供の頭を撫でる。なんか複雑そうな顔されたけどなぜだ。いや、それより今はあの男を投げなければ。

階段付近は煙が立ち込め視界がかなり悪い。姿勢をかがめながら未だに倒れている男のもとへと向かう。…意識取り戻しててくれたら楽なんだけど、そうも行かないよねぇ。離れたときと変わりなく倒れている男に思わず項垂れる。しかし、そうもしてはいられない。

パチパチと嫌な音がだんだん近づいてきている。タイムリミットはそう遠くないだろう。ふぅ、と腹のそこから息を吐きだし、70キロはありそうな巨体を力を入れて持ち上げる。どうにか俵担ぎにしてから少しよたよたとしながらもどうにか窓際へと歩を進める。自分より重いやつ運ぶとか、荷が重すぎる。

窓枠にその巨体を少し預け、眼下を除けばテーブルクロスをもった面々が待ち構えてくれていた。よし。

「落とすよー!!!」

ほんっとに重いんだから頑張って受け止めてよね!ぐらりと巨体が外へと放り出される。重い頭が下を向かないように足からは落としたけどどうだろうか。落とした先を見つめ、無事にその巨体がテーブルクロスに沈んだのを見届けて大きなため息を吐き出した。頭を強く打ち付けなきゃ死なないし大丈夫だろう。さて、次は…。

「おまたせ、コナンくん。俺らも出よっか」

よっこいしょ、と言葉をつぶやきながらコナンくんを抱きかかえる。ちらりと見遣った後方はパチリと火の粉が飛んでいる。先程男を落とした窓より道路側へ歩みを進める。ちょうど街路樹や草木が植わっているそこは格好の落下地点だ。ここは二階だしそこに落ちれば怪我もなくうまく行くであろう。

「お、おいちょっ…」
「大丈夫ー、コナンくんはしっかり俺の服掴んでてね。あ、首でもいいけど」

ガラリと窓を開け、身を乗り出す。途端に慌てだした警察官たちを尻目にトンッと窓から身を投げた。ふわりと内蔵が浮くような独特の感覚を久々に感じながら腕の中にある小さな体の主を抱きしめる。バキバキ!ドン!と鈍い音を立てながら落下した先は目論見通り低い草木の生えている場所。両手がフリーでなかった分バランスを取ることもできず足から着地したあと反動のままに尻もちまでついてしまった。…思いの外痛い。

「コナンくん大丈夫?」
「…っ、バッキャロー!なんでこんなに危ねえことすんだよ、アンタ!」

おおう、腕の中の子供がキャンキャンと怒鳴り散らしている。いや、それ俺のセリフでもあるからね?てか、君のほうが何危ない事に首突っ込んでんの、って感じだけどね?

「俺は勝算があったから助けに行った。危ないことを最初にしたのは君だよね?自分のことも守れないなら子供は大人に守られとくべきだ。…子供が怪我する必要なんかないんだから」
「…」

昔のことを思い出して思わず責めるように言った言葉は思いの外目の前の少年の的を得ていたらしい。苦笑いを口元に浮かべたまま、ぽふぽふと頭をなでてやれば気まずげに視線をそらされた。

「コナンくん!夜守くん!」
「毛利ナイスタイミングー」

気まずい空気を一掃したのは毛利の心配そうな声だ。ついでに漸く消防車も到着したようで、独特のサイレンが響き渡る。それにほっと息を付き、立ち上がってから未だに腕の中にいるコナンくんを毛利へと手渡す。なんの躊躇もなく受け取った毛利がコナンくんの赤く腫れ上がった足に気づき慌てたように救急隊が待機している方へと駆け出していった。…すっかり保護者だね彼女。さて、俺も帰ろうか、

「おにーさん!」
「ん?」
「ありがとう!」

毛利に抱えられたままのコナンくんが俺を見ながらそう叫んだ。あっという間にその姿は現場処理をする警察官の人混みに消えていったが、言葉を理解した脳がじわりじわりと高揚する。別に礼を言われたくて助けたわけではない、けど、やっぱり人から好意を、謝意を向けられることは存外悪くない。思わずにまりと口元が歪む中、ハタと出かける前にテレビで聞いた言葉がリフレインする。

"アンラッキーアイテムはメガネ!""ラッキーアイテムはハンカチ!"

「…当たりすぎててこわい」

ふるりと体を震わせ、未だに野次馬たちの集う現場から足早に抜け出した。だって体中煙臭いし、汗臭いし…さっさと家に帰ってシャワーを浴びよう。



シャワーを浴びてスッキリしたところで怒涛のように鬼電がかかってくるのはそう遠い未来ではない。



ーーーーーー


こんな事件に巻き込まれてもコナンくんだからで済みそう。
かなめの身体能力は結構良い設定。前世での職業を鑑みても上になると思われる。無理はしない、でもできる範囲では勝手に体が動いちゃうタイプ。
あんな緊迫した状況下でも冷静なのは前世での賜物。それを知らないコナンくんは訝しむけど、結局かなめの人となりに絆されたらいいと思う。

これ、それぞれのキャラサイドでお話書いても面白いかもしれない。


prev|next
[戻る]