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そして今に至る。

結果だけを言えば、まあ簡単に倒せる程度の力量しか持ち合わせていない人達だったようで俺は無傷である。能力者云々を喋っていた男だけは随分と身のこなしが軽く、持っていた刀の扱いも慣れていそうなものだから思わず地面から上へと逃げて結界で殴って気絶してもらったけど。

しかし。

「どうしようか…」

途方に暮れている。

唯一の情報源であるはずの携帯電話は圏外。ここが森の中だからかもしれない。とりあえず人が(まともな)いるところまで行きたいが、如何せんどっちの方向へ歩いていけばいいか皆目見当がつかない。時刻は昼頃。相澤先生が怒っているのが目に見えてわかる。…考えるのやめやめ。

ざり。と俺ではない足音が耳に届く。また仲間がいたのかと印を結び振り返ると。

「あ」

二足歩行のクマがいる。二足歩行、やたらと目立ったオレンジのツナギの服を着たクマがいる。異形タイプの人間かな。

超人社会でも見たことのある異形タイプの人間の姿に思わずホッと緊張がほぐれる。思わず出てしまった笑みに二足歩行のクマのほうがぎょっとした驚いたような顔を浮かべている。…え、やっぱりさっきの人たちの仲間?

「えーと…、…この人たちの仲間?」
「え!?オレ!?ちがうよ!オレそいつらの仲間なんかじゃないよ!」
「あ、ホント?」

思わず下に転がっている男たちを指差し恐る恐る尋ねると両の手を振って否、と答える。にしても随分と可愛らしい動作の人だなぁ、このクマさん。鋭い爪も見えるがふにふにとしてそうな大きな肉球に思わず手を伸ばしたくなるが、相手も人間、犬猫ではない、我慢我慢。

「なぁ、お前オレのこと怖くないのか?」
「…え、なんで?」
「え、」

なんでこのつぶらな瞳のクマさんが怖いになるのだろうか。それは不明だが、俺にとっては素敵な肉球をお持ちのクマさんは怖い対象ではない。どっちかというとよくわからない理由で襲ってきた足元で転がっている男たちのほうが恐怖の対象である。

「急に襲ってこないから全然怖くないよ」

よくわからないところに来て、ようやくまともに話ができそうな人に出会えて思わずへらりと笑う。そんな俺をみて目を見開いてからへらりと同じように笑ってくれるクマさんに癒やされる。うん、癒やし大事。

「お前なんでこんな所にいるんだ?迷子?」
「あ、うーん…そうなるのかなぁ」

迷子。なりたくてなったわけではないけど。やっぱりこれって個性を使って玄関から違う場所に飛ばされたって考えるのが妥当だろうか。だとすると相手はやっぱり敵連合の仕業か。うーん、それを思うと早く戻らないと母さんたちが危険…いや、大丈夫か。うん、母さんだもの。

とにかくここは俺が知っている範囲の場所でないことは確かだ。せめて、分かるところまでは出ないとなぁ。カバン持ってて助かった。

「あの、…繁華街ってどっちですか?とりあえずそこまで行きたくて」
「繁華街?土産物街でいいのか?40番グローブあたりだったかなぁ」
「グローブ?」
「ここが12番グローブ。木の幹に数字が書いてあるからそれ目印に行ったらいいよ」
「40番グローブ…わかった、ありがとう!」

斜め前を指さされる。ざっくりとした情報しかないが木しか目印がないから仕方あるまい。方向さえわかって40番グローブを目指せばいいとわかればこっちのもんだ。

ゴソゴソとカバンの中を漁る。目的のものを見つけ、クマさんに手を出してもらいその上にありったけのお菓子を取り出す。すまんクマさん。お金は移動金として残しときたいからこのお菓子で許してください。

「ごめん、今お菓子しかないんだけどよかったら食べてね」
「お菓子?コレもらってもいいのか?」
「うん、それしかなくて申し訳ないけど。あ、よかったら名前と住所聞いててもいいかな。家帰ったあとでまたお礼させてください」
「オレ、ベポ!ハートの海賊団所属だよ!」
「ベポさんね。…ハートのかいぞくだんしょぞく?」
「そ!」

にこにこ笑顔のベポさんは嘘をついてなさそうである。あれか、所属しているヒーロー事務所がハートの海賊団なのだろうか。納得。ならそこのベポさん宛にお礼の品を送ればいいんだな、よし覚えた。

「ありがとうベポさん!親切な人に会えてよかったよ、じゃあさようなら!」

またさっきの男たちみたいに絡まれたら嫌だし空を走っていこう。印を結び、大木の中腹くらいまで一気に駆け上がる。えぇーっ!?という叫び声に下を振り返ると大口開けたベポさんがいたので最後にへらりと手を振り教えてもらった方角へと駆け出した。



…いくら急いでいたとは言え、この方法を使うのではなかったと後悔しても、もう後の祭りであったことに今の俺は気づいていない。














「あー…行っちゃった…」

ショボンと項垂れる。大きな体の俺はどうあっても初対面の人間には恐怖の対象としか見られないようで、あんなふうに初見で友好的な人間など数少ないのだ。それに、大したことをしたわけでもないのに両手に溢れんばかりの"お菓子"をくれ、あまつさえお礼を言われるなんて、海賊である自分としては経験したことのない驚きである。もっといっぱい喋りたかったなあ。

「ベポ」
「アイアイ、あ、キャプテン」
「アイツ、なんだ?」
「うーん、迷子って言ってたよ。もっと喋りたかったなぁ」

ふーん、というキャプテンはあの子にそんなに興味なさそう?いや、興味なかったらわざわざ聞いてこないから興味あるのかな。あ、名前オレ知らないや。

「名前、聞いてないや…」
「…ベポ」
「アイアイ?」
「アイツ面白ぇ。…おもてなししろ」
「!!アイアイ!」

オモテナシ。じゃあ、あの子を探してもう一回話すことができるんだね!キャプテンから探してもいいという言葉にホクホクとした気持ちになり思わずキャプテンの後ろを歩く歩みが軽くなる。

キャプテンが口元を上げ、怪しく笑っていなんて知らずに。

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