音なき夜明け

 爛れた赤が空に滲んで、ようよう夜も明く頃、二人の女が、一隻の船を雇い本土を旅立った。行き先は丹後沖に浮かぶ小さな無人島、地図にも載らぬその孤島は名を不承島ふしょうじまと言う。

「奇策士さん、大した道のりじゃないと仰るから護衛を引き受けましたけど。不承島なんて辺鄙なところに、なんかあるんですか?」

 一人の女は瀬音といって、刀をひと振り佩いている。もうひとりの乗客・とがめは瀬音に尋ねられ、振り返らずに答えた。紅玉の瞳と、初夏の空ほども青い海。水面は凪いで、穏やかな風が流れていた。

「人の目もなくなったことだ。そなたには教えておいたほうがよいだろう。瀬音殿、先の大乱のことは存じているか」
「大乱と言いますと、二十年前の」
「そうだ。その大乱を鎮めた英雄であり虚刀流きょとうりゅうの使い手でもある、鑢六枝という男がいてな。不承島は彼の流刑地なのだ。私は彼にどうしても会わねばならない」

 虚刀流──それは今や廃れた名だが、瀬音も一端の剣士、聞き覚えが有った。なにしろ刀を使わない剣術だという。存在そのものが矛盾にして無類、禁忌じみた強さという噂である。しかし二十年前に姿を消した流派、真相は確かめようもないと思っていた。

「無刀の流派ですね。すっかり絶えたものと思ってました。それにしても、旅のお供が欲しいなら、腕に覚えのある剣士が本土にワンサカいそうですけど」
「いいや、駄目だ。今回はな、剣士も忍も信用ならんのだ。道楽で旅をしようというのではない。目的は四季崎記紀の刀の蒐集だ」
「ははー、合点がいきました。刀を扱うヤツらじゃダメってことですね。心を奪われてしまうから」
「その通りだ。真庭忍軍にも錆白兵にも裏切られた私が言うのだから、間違いないとも」

 威張ることでもなかろうに。とは腹に留めて言わず、瀬音は海を見た。かつて幕府が刀匠・四季崎記紀の刀集めに躍起になっていたことは知っている。まだ蒐集されていない刀があるとするならば、きっとそれは四季崎記紀の最高傑作、すなわち完成形変体刀十二本だろう。とがめほどの若い女が例の刀匠の刀を集めに出るとは随分思い切った冒険だが、彼女はそんなことに臆する柄ではない。実力はともあれ彼女の勇ましい人格を考えれば、けっして想像されないことではなかった。

「さて、続きは着いてからだ。不承島が見えてきたぞ!」

 とがめは空を切り取る大きな島影を指差した。日ノ本の果て、不承島。この地に無刀の流派眠れり。空は高く晴れ、雲ひとつなかった。

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