01

 暗黒城の内装デザインを担当したやつは今すぐ私の前に名乗り出なさい。と言いたいところだが、おそらく伯爵がこの場所を作ったのだろうと思うと、恐れ多くてなにも言えなかった。
 それにしたって、どこもかしこも同じような空間ばっかり。たまには原始的に散歩でもするかと思ったらこれだ。ここに来てずいぶん経つが、まさかこのステラが迷子になるなんて。これ以上歩いてもモノクロの迷路を抜け出せそうになく、呆れてため息をつく。
 このまま立っていたら、誰かが私を見つけてくれるだろうか。しかしその可能性は低いと言わざるを得ない。前まではクッパという別世界の魔王の手下が城の中を徘徊していたが、この間の世界の存亡を懸けた戦いが終わって、ナスタシアにかけられた洗脳が解けた。つまり彼らが元の場所へ帰った今、この城はほとんどモヌケの殻に等しい。

「めんどうだな」
「どうしたんだい、マドモアゼル?」
「ギャ」

 エセフランス人が背後からいきなり現れた。あんまりな悲鳴に「ぎゃーって。女の子だろ〜?」と相手も半笑いである。自称・華麗なる魅惑の道化師、ディメーン。伯爵ズの中で最も底知れず、神出鬼没で、いつも間伸ばした話し方をするピエロだ。

「ボンジュール、ステラ。びっくりさせちゃったかな?」
「当たり前でしょう。きみの移動魔法は、気配が分からないんだよ……」
「んふふ〜、悪かったね」
「べつに。じゃあ私はもう行くから」
「待ちなよ」

 スピードワゴンはクールに去るぜ。とは行かなかった。ガシッと腕を掴まれた。ディメーンのことは、別に嫌いではない。本人は多くを語らないが、彼の人生に興味はないし、少なくとも今は危険な存在ではない。ただし、同じ理由で、特別親しくしようという気もないのである。

「なにかお困りのようだね」
「なんのこと? ていうか、いつから見てたの」
「さっきだよ。うろうろしてるみたいだけど、探し物かい? それとも、迷子だったりして」

 見抜かれた。なんと情けない話だ。しかしお困りとは心外である。自力で歩いて帰るのは厳しいが、元の場所へ戻りたいだけなら手段はいくらでもある。仮にも伯爵ズ、誰かの手を借りるまでもないことだ。

「ディメーンには関係ないよ」
「冷たいなあ。関係ならあるじゃないか。だって、ステラは困ってるだろ? キミが困ってると、ボクも悲しいのさ〜」
「なぜ? 意味がわからない」
「なんでだろうねえ。考えてごらんよ」

 読めないやつだ。埒が明かないので、本格的に立ち去ることにした。ディメーンに化かされるくらいなら、面倒くさがらないで自分でどうにかしたほうがいいに決まっている。しかしどこへ向かおうにも、なぜかディメーンが後ろに着いてくる。

「なんでついて来るの?」
「なんとびっくり仰天、ボクも迷子になっちゃった。ああ、なんてことだあ。これは困ったぞう」
「三文芝居はやめて」
「酷いこと言うねえ。ボクはすっごく困ってるよ。信じないって言うなら、ほら、この辛そうな顔を見てよ〜」
「うわっ、びっくりした」

 ディメーンがいきなり顔の上半分を隠している仮面を取り去った。てっきり顔を見せたくないのかと思っていたので、驚いて後ずさった。素顔を見るのは、実は初めてではない。前に世界の存亡を懸けた決戦で、ディメーンの仮面が割れたのだ。あれは不慮の事故。しかし、こんなにはっきりと顔が見えたのは初めて。なんて整った顔だ。マネーラのイケメンハーレム計画に加えてもらえばいいのに。

「見とれた?」
「ぜんぜん辛そうに見えない」
「おやおや。参ったなあ〜」

 辛いどころか、想像通りのニヤケ面だ。ディメーンは何もなかったかのように再び仮面をつけて、なぜかパチッと指を鳴らした。

「顔を隠したいわけじゃなかったの?」
「隠さないと、み〜んな、ボクに夢中になっちゃうだろ? だからボクは『魅惑の道化師』なのさあ〜」

 閉口。私の無反応にも関わらず、ディメーンは「罪だねえ」とにやにや言うだけだった。ところで、現在地が変わっていることに気がついた。さっきまではずっと同じような黒い空間を進んでいたのに、人の気配を感じる場所に来た。つまり、戻ってきたのだ。

「あれ? いつの間に……」
「おっと、どうやらボクたちは生きて帰ってこれたようだね〜。感動するじゃないか」
「嘘つけ。そんなに歩いてない」

 絶対に気のせいではない。ディメーンに出くわしてから、ものの数分しか移動していないのに、お城の最奥までたどり着けるわけがないのだ。このピエロ、何かと空間魔法を多用しているから、まさか……。

「魔法を使ったね」
「んっふっふ」
「あの指パッチンでしょ?」
「まあ、チョチョイっとね。キミはお礼に何をしてくれるのかな〜?」

 なんということだ。よりによってディメーンに助けられてしまったんだ。つまり、借りを作ってしまったということ。何を「お返し」させられるか、知れたものではない。油断した。

「はあ、なんなりと……」

 全く想像がつかなくて、仕方なくこう言った。するとディメーンは喜ぶでもなく、何か思案し始める。意外な反応だった。そしてしばらく黙っていたかと思うと、突然つっぱねるように「いらない」と言ったのだった。

「は? いらないの?」
「ヤだな、お礼なんて冗談だよ。ボクがそんな汚い手口を使う男に見えるかい?」
「見えるけど……」
「見えるか〜。でも安心しなよ。あんな魔法、魔法のうちに入らないから。なんたって、ボクは大魔法使いの息子・ディメーン。ヒゲヒゲくんにやっつけられて、すっかり改心した心優しいピエロなのさ」

 そうなんだ。全くの初耳だが、どうやらディメーンは魔法使いのエリート家系の生まれらしい。前に家族がどうのという話を聞いた気もするが、基本的に自分のことを話さないから、私は「そうなんだ」と放心するばかりだ。とにかく、本当に何もいらないようなので、どうにか尊厳を取り留めた。

「ステラ、困ったら、いつでもボクを頼りなよ」
「ううん、いらない」
「おっと! これだけやってもダメか」

 何のことだかよくわからない。ディメーンはやっぱりなんでもなさそうに「参ったなあ」と笑っていた。