03

「なんだよ。殺せよ」

 野望をくじかれたディメーンは、本当に立ち上がることすらできないようだった。こんな状態でも死ねない彼は、きっと人間ではない。あるいは、とっくの昔に人間を辞めているのかもしれない。

「伯爵を裏切ったボクが憎いだろ?」
「なぜ? もう全部終わったよ。伯爵とアンナはいなくなっちゃった。次元の穴も消えた。マネーラたちはまだあっちで泣いてるけど……まさか、ディメーンが生きてるとは思わなかったな」
「なら、なおさらボクという邪魔者は消えるべきだろう。そうだろ、あっはっは」

 やけっぱちの笑いだ。予言が覆され、勇者に敗れ、ほとんど死に体のディメーンは、それでも変わらずニヤケ面だった。初めのうちは、恩人の伯爵を裏切ったこの男が憎むべきかと思ったが、柄でもない。私は元より、人を憎むとか愛するとか、そういう感情を持って生きては来なかった。それより今は、こうまでなってもまだ謎を残したままの彼が、一体どんな思いでここまでやって来たのかと気になるのだ。

「ディメーン、なんでそんなに怒ってるの」
「怒る? このボクが。まさか」
「そういえば、ずっと仲間だったのに、全然ディメーンのこと知らないと思ってさ。でも、怒ってるよね。じゃなかったら、あんなことしないよ」

 ディメーンは怒っている。伯爵を裏切り、勇者と敵対した彼には、つまり、誰一人味方がいなかった。それは彼の選んだ道だ。世界の全てを敵に回してまで彼を突き動かすものなんて、きっと凄まじい怒りしかない。ディメーンは、この世界に怒っていたんだ。なんとなく、そんな想像が浮かんだ。

「そんなことを聞いて、何になるのかな。ボクに同情しようっていうのかい?」
「ううん。気になっただけ」
「ちっ。まさかキミにまでそんなことを言われるなんてね。ボクも大概、道化師失格だな……」

 割れた仮面の奥で、金色の目が細められていた。口は笑っていても、その目は決して笑っていなかった。

「ステラ、キミには家族はいるの」
「家族? さあ、いたかな。いないんじゃない」

 伯爵のところに集まるのなんて、わけありの除け者ばっかりだ。かく言う私も、かなり曰く付きの物件だと自覚している。しかし、ディメーンが私たちのところへ来た理由や過去は、誰ひとりとして知らない。その彼が「家族」だなんて言うから、私は驚いた。

「なら、キミにボクの気持ちは分からない。もっとも、誰にも分かってもらうつもりなんてないけどね。こんな道化は、一人で十分ってわけさ〜」
「理解したくて聞いてるんじゃないよ」
「……キミ、薄情ってよく言われない? 今だって伯爵がいなくなったっていうのに、こんなところで死にかけのピエロと話してるなんてさ。大人しく、向こうで傷を舐めあってればいいだろ。馬鹿なんじゃない」

 ディメーンはもはやおどけることをやめたようだった。私が鬱陶しいのだろうと思ったが、やっぱりここに留まることにした。こんなに怒って、全てを擲った人が最期まで孤独だなんて、さすがの私も気が引ける。私は家族を知らないが、味方のいない苦しさは分からないでもない。全てを理解しようとは思わないが、彼の孤独を考えると私が苦しいから、立ち去らないと決めたのだ。

「それで、結局キミは下らない質問をしにきただけかい? トドメでもなんでも、刺せばいいだろ。ボクはもう、降参する。抵抗はしないよ」
「いや、ディメーンを一人にしないために来た。自分が一人だったときのことを思い出して、嫌な気分になるからね。死ぬなら看取ってあげるよ。死なないなら……時間の無駄だから、さっさと生き返って。面倒くさい」
「──ふ、あはは!」

 なぜかディメーンは笑いだした。さっきまでの張り付いた笑みじゃなくて、本当に可笑しいらしかった。すぐに血が気管に入って、咳き込んでいたけれど。

「なんってやつだよ! キミを誤解していたね」
「なに。急に笑いだして?」
「たった今、気が変わったのさ〜。ねえ、ステラ、約束をしようじゃないか。ボクの最期をキミが看取る。それは今じゃないよ。だって、こんなことじゃボクは死ねないんだから。望みどおり生き返ろうじゃないか」
「え? そんな大袈裟な話じゃないんだけど。しかも別に望んでないし……」
「ボクの死に場所になるんだ。約束を守ってね」

 あらぬ方向に話が逸れた。しかしなんとなく、ディメーンが吹っ切れたような気配を感じて、少し安心もした。いつか死ぬときにそばにいればいいってだけだ。そう考えたら待ち合わせみたいなものだし、そんなに難しい約束でもないか。私はけっこう適当に「いいよ」と言った。こちらもこちらで考える気力もなくなっていたのかもしれない。そうして、血まみれの小指と指切りをした。そっか、ディメーン。あなたのことが少し分かってきた。

「ディメーンは、死に場所を探してるんだね」