05

「最近、夢見が悪いんだ」

 こんな夢を見た。私は幼い子どもで、暗くて冷たい部屋に閉じ込められている。そこは過酷な環境だったけれど、外の人間がみな恐ろしく見える私にとっては、唯一の砦でもあった。その扉がいきなり打ち倒されて、大人たちが私のところへ押し寄せてくる。私は親の顔を知らないが、なぜだか、その先頭を切る女が母親だと理解できるのである。

「お一人で外に出られたのですね」
「出てない」
「星神さまに捧げるその身体と魂、なんのためにここまで育てたとお思いか」
「出てない。ごめんなさい」

 大人たちが口々に私を責め立てる。あまりの剣幕に私は何も言えなくて、いつしか謝ることしかできなくなる。そうすると、大人たちが赤い影に変わってひとつになり、巨大な波が私を押しつぶす。いよいよ死にそうというときに目が覚めるのだ。とにかく最悪な夢だった。
 ということを掻い摘んでディメーンに伝えると、なぜか少し興味深そうに頷いていた。私の悪夢なんてどうでもいい話だと思ったから、雑談にしてみただけなんですけど。

「いつから?」
「一週間前かな。たまにこういう周期がある」

 初めてのことではない。今までに何度か、連続して悪夢を見る周期を経験していて、今回もそうなんだろうなーと思っている。無駄にバリエーションに富んだ悪夢を日替わりで見るだけの期間だ。他にも、全てが青い森の中で無数の鹿に襲われる夢とか、海底の白く光る手に絡め取られて沈んでいく夢とか、明らかに自分の記憶と関係ないような夢も多い。精神的には疲れるけれど、現実の出来事ではないとタカをくくっている。

「じゃあ、ボクと一緒に寝るかい?」
「は? 何の冗談?」
「一人で眠るのが怖いんだろ?」
「そんなこと言ってない」

 夢は夢だ。悪夢を見てしまうものは仕方ない。世間話だって言っているのに、ディメーンは引き下がらなかった。この男、私のことをナメてるのか? どれだけ人とズレてるからって、何をしてもいいと思ってるんだろうか。そもそも、一人で眠りたくないってだけなら、マネーラやナスタシアが……いない。マネーラはサンデールの館に泊まり込みで働いていて、ナスタシアは傷心旅行だ。なんということだ。

「ご機嫌ナナメだなあ。怖い夢ばっかり見て、ストレスが溜まってるんじゃな〜い?」
「あと数日も経てば終わるよ」
「数日? ボクなら、一夜で終わらせられるけど」

 何を言い出すんだ? セクハラの暗喩かと思ったが、それだと「危害を加えない」という約束に反するので、違うんだろう。大魔法使いディメーンは、どうやらさっきの話に思うところがあるようだ。となると、興味が出てきた。

「一夜で? 本当に?」
「Oui. ボクの予想が当たっていればね〜」
「じゃあ、やってみてよ」

 というわけで夜、意気揚々とディメーンの部屋にやってきた。怪しい呪具や魔導書が溢れているに違いないと思ったが、その逆で何もなさすぎる。殺風景な部屋だった。あまりの生活感のなさに、異様だとすら思う。同じベッドで寝るのか……と思ったが、キングサイズなのでそこまでの窮屈さもなかった。

「本当に傷痕がないんだね……」
「魔法で消したって言っただろ〜?」

 ディメーンはあっさりと仮面を外した。この際じっくり観察しようと思ったが、やはり傷痕のきの字も見当たらない。肌は蝋で固めたように白くツルリとして、奥目気味の瞳はあまり光を反射しない。生気のない人形のような顔だった。

「星だよ」
「なにが?」
「赤、青、白。全て恒星の光の色なのさ〜。普通、影と言ったら黒だ。それなのにいきなり『赤い影』が出てくるなんて、人間の思考として、不自然じゃないか。星の巡りがキミに干渉しているんだよ」

 ディメーンは私を横たえながら、歌うように話した。星の巡りが夢に影響を与えている。それが彼の中の予想らしい。私はちょっと気まずかった。星というと、確かに私の魂とは切っても切り離せないものだ。それを話した覚えもないディメーンに見抜かれるというのが、信憑性の高さを示しているようだった。

「それってどうしようもないじゃん……」
「ノン、ノン。干渉を絶つのは、そう難しくない。キミのそれは、昔のほんの名残りみたいなものだよ」
「私のこと、なにか知ってるわけ?」
「さあ? 知らないね。だけどキミのことなら、なんだって知りたいと思うのさ」

 また何か言ってら。ディメーンはおもむろに私の額に手を当てた。冷たすぎて安心感もなにもあったものじゃないが、その瞬間に猛烈な眠気が押し寄せた。レム通り越してノンレムへ直行。そんな感じの眠気だ。この手に何かされたのだ。そう気がつくまでに、時間は必要なかった。

「ボンニュイ、ステラ。ボクの夢を見てね」

 そんな声が聞こえて、私はすぐに眠りに落ちた。ディメーンは「ボクの夢を見てね」と言うが、その日は夢を見なかった。ただ真っ暗で、泥の底に包まれるような、無の眠りだった。その日以来、私はあの不気味な悪夢の連鎖に襲われることはなくなった。