06

 ホシガミサマって懐かしいな。そういや、悪夢の中で久しぶりに聞いた言葉だ。夢を見ているときは自覚がなかったけど、あれって自分の昔の記憶だ。寝起きの頭でぼんやりとそのことを思い出していた。

 あるところに、星空にもっとも近いと言われた王国がありました。その国の民は星の神様とお話することができ、世界のどこよりも正しい占いができました。人々はみな、星占いを生業とし、なに不自由なく暮らしておりました。
 その国には、古くから尊い星の巫女がいます。たいそう美しく、瞳の中に星を宿し、生まれたときには産声を上げず、ただ空を見ている。そんな赤子が生まれたならば、人々はその子を星のミコとして選び、大切に大切に育てました。なぜならば、ミコは星の神さまに国を代表して会いに行くことができるのです。星神さまの器になり、力を分けてもらったミコは、お星さまのようにどんな願いも叶えられたといいます。
 外の世界はとっても危険。ある者は、ミコが危ない目に遭わないように、ずっと暮らせるお部屋とお洋服を用意しました。また、ある者は、悪いやつがやって来ないよう、お部屋に鍵をかけました。そうしてミコは、いちばん大切な儀式の日まで、素敵なお部屋で、一人で安らかに過ごすのです。

 いよいよ大切な儀式の日がやってきました。人々は大喜び! ミコには星神さまを喜ばせられるよう、精一杯のおめかしをしてもらいます。きらきら光る星のようなネックレス。天の川のように白くて滑らかなドレス。綺麗になったミコは、この国でいちばん高い塔に上り、オマジナイをします。

「ああ、星神さま。私はこの日のためにたくさん準備をしてまいりました。私は清らかで、誰ひとりとしてこの身に触れさせたことはありません。どうか私を受け入れて、星の世界へ行かせてくださいませんか」

 ミコは星のダンスを踊ります。右へ左へステップを踏み、くるくる回り、星神さまへ身を捧げます。すると、どうでしょう。星神さまはミコを受け入れ、星の世界へと連れて行ってくれたのです。人々は涙を流し、喜びました。こうして、新たな星神さまが誕生し、王国を導いてくれるのです。王国の民は星占いに暮らしを捧げ、いつまでも幸せに暮らしましたとさ……。

「うわ、これだ」

 私は完全に目が覚めた。そういや星神さまとやらの器に選ばれて、よく分からない聖堂に幽閉されていたんだ。毎日いろいろな人が扉の前に会いに来て、願いを叶えてくれとお願いしにきた。今よりさらに感情というものが希薄だった私は、言われるがままに人を導くことしかしていなかった。
 ひと月に一度外出が許されていたが、何をするにも人の目があった。結局、あの中の誰が私の親だったのかも知らないし、そもそも親なんていたのかも分からない。伯爵に救い出されたばかりの頃は、世間知らずを通り越して認知が凄まじく歪んだ女だったはずだ。今は「少しズレている」くらいで済むようになったけれど。まさか、その星神とやらが未だ私に干渉していたなんて。あれ以来縁は切れたと思っていたが、どうも違ったらしい。
 ふと横を見ると、ディメーンがいた。昨日同じベッドに入ったんだから、当たり前だ。強制的に眠らされたので、よく覚えていないが、とにかく私はディメーンより先に目が覚めたらしい。

「ほんとに寝てる? おーい……」

 呼吸が深い。どうやら本当に眠っているようだ。まさかのパターンに私は戸惑った。あの隙も掴みどころもないディメーンが人前で眠ったままだなんて。まつ毛が長いし肌が綺麗すぎる。起きているときはただの怪しいピエロだが、寝顔は意外に幼かった。魔力を使って、疲れているのだろうか。昨夜、ディメーンはきっと何かの魔法で私と星の干渉を絶った。本人はなんでもなさそうに言っていたけど、そう簡単な話でもないだろう。魔法は対価もなしに連発できるような都合のいいものではない。

「ディメーンは、どうして私によくしてくれるの?」

 おかげさまで快眠だ。なにも悪夢を見なかったことだけに感謝しているわけじゃない。故郷を離れてなお続く過去の因果が切れたんだ。半分くらい継承していた力も、ほとんど消えただろう。それはきっと、私にとって喜ばしいことだ。だけど、なぜ? ここまでしてくれる理由が、私にはさっぱりだ。

「あなたにも清算したい過去があるの?」

 ディメーンが身動ぎした。眠りの中の呟きを、私は聞き逃さなかった。私はなんとも言えない気持ちになって、とにかく、何かに駆り立てられた。だからディメーンを起こすことにした。

「起きて、起きて」
「……ステラ?」
「おはよう、ディメーン。朝だよ」

 寝起きのこいつ、いくらなんでも目付きが悪すぎる。これまでに殺した人間の数が正確に反映されているんじゃないのか。珍しく真顔のディメーンはのっそり起き上がって伸びをした。

「なるほど、思い出した。悪夢は見たかい」
「見てない。ぐっすり寝たよ。ありがとう」
「あー、ンン゛ッ……それは何よりさ〜」

 いつものテンションに戻った。咳払いして声がワントーン高くなったディメーンをなんとも言えない顔で見ていると、思いもよらないことを言われた。

「まったく、星神とやらは、しつこいやつだね」
「えっ、会ったの? どうしたの?」
「食べちゃった。ペロッとね。だって、ボクのほうがよっぽどステラを愛してるんだから♡」

 ディメーンは私のドン引き顔なんて気にしていないようだった。そのまま「冗談だよ。ボクはキミを大切にするって誓ったのさ〜」となんでもなさそうに言ってのける。恐ろしいので、利口な私はパンドラの箱に手を出さないことにした。昨晩はよく無事で済んだものだ。

「にしても、恥ずかしいな〜。まさかキミに寝顔を見られるなんて。感想はあるなら聞くけど?」
「別になにも」
「そう? じゃあ、なにか言ってたりした?」

 した。その言葉が今、私の頭に引っかかって離れないんだ。だけどディメーンのことだから、秘密があるならきっと順番に話してくれるはずだ。だから私は、消え入るような「姉さん」という言葉は、聞こえなかったことにする。

「なにも。静かすぎて、死んでるのかと思ったよ」