些細なきっかけさえあればいくらでも修復できそうな溝だったはずが、あっという間に時間が経ち気付けばバレンタインから1週間が過ぎていた。

LINEを送ろう、電話をしよう、そう思っている時に限ってマネージャーから電話が来たり、打ち合わせが入ったり、撮り直しがあってスタジオに行かなくてはならなかったり。

今日は、今日こそはと朝からスケジュールを完璧に決めて帰宅した。時刻は19時44分。

名前ちゃんに少し残業があっても帰路には着いていそうな、何事もなく帰宅していれば自宅でゆっくりしいそうな20時前を狙っていた。

「もしもし、北斗です」
『…お疲れ様、どうしたの?』
「あ、いや…しばらく連絡できなくてごめんなさい」
『……』
「なかなかきちんと時間が取れなくて…今日はもう終わって家なんだ」
『相変わらず忙しすぎるね、体無理しないでよ』
「名前ちゃんさ、11日空いてる?」
『11日?土曜日?』
「そう。前日にアカデミーがあって、次の日ラジオなんだけど、その前仕事がないからゆっくり出来るんだよね。だから会えないかなと思って…」
『久しぶりの休みなんじゃない?無理に会ってくれなくて大丈夫』
「いや無理とかじゃなくて。名前ちゃんは会いたくない?」
『…会いたくなくは無いけど…』
「じゃあ決まりね、ほんと何時に来てもいいから。早ければ早いだけ嬉しいけど」


自分にしては珍しく、名前ちゃんのきちんとした返事を待たずに強引に伝える。
名前ちゃんは少し間を置いて『じゃあ行くね』と言ってくれた。

本当は、前の日から居て欲しいなんて。喉まで出かかっていたのに、言えなかった。









北斗くんの家を飛び出してから、彼から連絡が来ることはなかった。
ここまで意地を張るつもりはなかったし、そもそも素直りなりたいとやったことなのに結果は逆で、自分の不甲斐なさに悲しくなる。

せめてもの償いに、チョコレートを改めて渡しに行こうと、貰っている鍵でマンションに入ったくせに結局インターホンを鳴らす勇気がなくて玄関前に置いてくる不審者ぶり。だったら鍵がなかった方が、インターホンを鳴らせたんじゃないかとすら思う。

ここまで連絡が来ないことは滅多になくて、いよいよ愛想をつかされてしまったのかと不安になるけど、そもそもの原因は私で、不安になる権利すらないかもしれない。

あぁもうさすがに、自分勝手すぎて呆れられてしまったかなと別れすら覚悟しなくてはいけないと思い始めたとき、電話が鳴った。

ごめんなさいと一言連絡することが出来なくて、毎日LINE画面を眺めては閉じる時間を長く過ごしていたせいで、突然の着信表示に思わず応答を押してしまう。

『もしもし、北斗です』

久しぶりに聞いた声は暖かくて、優しくて、思わず泣きそうになった。
やっぱり私はこの声が、あの笑顔が、彼が好きだなと思う。

10日の夜に彼の家にいたら、どんな顔をするのかな、なんて言うだろう。せっかく休みなら、長く一緒にいたい。ここで素直になる勇気をどうか神様、私にください。