「有給どうしようかなぁ」

ジェシーの家から大通りまで、タラタラと歩いてからタクシーを捕まえて帰宅し、軽くシャワーを浴びて時計を見るともうとっくに深夜を回っていた。

有給を取りやめる連絡をするには遅いじゃんと誰もいない部屋で呟いて、思い切って遠くの温泉にでも行こうかなとパソコンを立ち上げる。
都内からバスで行って帰ってこられる日帰り温泉はたくさんあった。
ここもいいな、あれもいいな、海鮮食べちゃおうかななんて見漁っているうちに少しずつ最低だった気分が持ち上がってくる。

ジェシーと旅行に行くなんて夢のまた夢だろうけど、現地集合・現地解散の、お風呂付き旅館とかなら行けたりするのかな?いや無理かな。
ここプールが時間ごとに貸切にできるんだ、うわぁお高い。
ドライブして温泉に行って、中で休憩しないで帰る分には行けたりする?でもお風呂上がりにすぐ運転するのは疲れちゃって危ないかも。

ああでもないこうでもないと、妄想を楽しむのは全部ジェシーのことばかりで。

ああやっぱり素直におうちで待っていて、地くんに先越されたんだけど!って言いながらチョコレートを渡したらきっと楽しい一日になってたんだろうな。

ひとりでに微笑んだり眉をひそめたりしながら、次のページへとクリックした。










「……、ちゃん……名前ちゃーん」
「…?あれ、ジェシー…?」
「ねぇなんでリビングで寝てるの。ソファにヨダレすごい垂れてるよ」

ソファに背をあずけて眠っていた私は、ジェシーの声で目が覚めた。寝ぼけた頭ではなんでジェシーがいるのかも分かってないし、無理に後ろに倒していた首が物凄く痛い。

首を抑えながら体を起こすのをジェシーは楽しそうに手伝って、着ていたパーカーの袖で口元を拭いてくれた。

「こぉんなとこで寝ないの」
「いま何時…?」
「5時半くらい」
「え、待ってここうちだよね?」
「AHA!まだ寝ぼけてんね」
「練習終わったの?」
「そう!めーっちゃ疲れたから、名前が仕事行く前にちょっとだけでも会いたくて。こっそりリビングで待ってるつもりがそこで寝てんだもん。びっくりしたぁ」

ジェシーの大きな手のひらが、私の首を支えながら体を寄せる。
この人はいつだって私の心を読んでいるんじゃないだろうか。まさかうちに帰ってくるなんて、思いもしなかった。

「お風呂張る…?」
「向こうでシャワー浴びてきたから今はいいかな。名前が仕事行ったらお風呂入って寝る。ここで寝てていい?それとも一緒に二度寝する?」

私の体ごと全部をぎゅっと引き寄せて、向かい合って抱きしめられた。
帰ってきたばかりの服は少し冷たくて、チャックの金具がヒヤリとする。

「…わたし、今日おやすみなの」
「うそ!なぁんで、言ってよ〜」
「驚かそうと思ってて…」
「驚かす?なぁにそれ」
「…本当は、ジェシーの家に居たの」
「え?」
「バレンタインチョコ買ってて…持って行って、今日一緒に過ごしたいなって、待ってたんだけど…」
「えー!じゃあ居てくれたら良かったのに〜!でもそしたらこっちに俺来ちゃって結局会えないか!」

ってかチョコ買ってくれたの?嬉しーと、パッと私から離れてリビングを見渡すジェシーはテレビ台の前に置き去りにされた紙袋を見つけて、ねぇアレ?なんて言いながら立ち上がった。

さっきまで全身全霊でダンス練習をしていたとは思えない明るさで、私の中のモヤモヤした何かがスっと消えていくのを感じる。

喜怒哀楽をハッキリと表現出来る彼は、アメリカンと言うには雑すぎる。
"自分に素直になる"を努力で手に入れたことを知っているから、そんな彼を尊敬しているし、少し眩しい。

「めっちゃ美味しそう!食べていい?」
「いま?すきっ腹に入れたら気持ち悪くない?」
「DAHA!気持ち悪いかな?」
「ちょっと油分高そうだったから、先に朝ごはん食べよっか」
「うれし〜なに?なにある?」
「なんだろ、適当にお味噌汁と…あ、しらすあった。しらすご飯と卵焼きとかそんなんでいい?」
「最高!俺お米研ぐね!」

キッチンの方へと動くと、ジェシーも後をついてくる。大きな身体でちこちことくっついてくる姿が可愛くて、思わず笑みがこぼれた。

「なぁに、俺なんか面白い顔してた?」
「ううん、ジェシーが来てくれてよかったなと思って」
「てかなんで帰っちゃったの?」
「えっ…内緒?」
「なぁんでよ。でも名前がチョコ用意してくれるなんて思わなかったから本当に嬉しい!めっちゃハッピー」
「会社にチョコレートガチ勢がいてね、一緒に並んだんだ」
「並ぶの?チョコ買うのに?!」
「そう!しかも外で1時間も〜」
「DAHA!それは凄いね!ありがとう!めっちゃ愛感じるわ。俺も大好きだよ、チューしていい?」


自分から素直になる1歩は踏み出せなかったけど、彼のおかげで、今日は休みを取って良かったと思えそう。
次は絶対それを見習って、私もちゃんと、愛を伝えられますように。