ABAREROのダンス練習のあと、あまりにもヘトヘトで、少しでも元気をチャージしたくて向かったのは恋人の住むマンション。

寝ているだろうと音を立てないように玄関を開けて静かに靴を脱ぎ、そろそろと廊下を抜けた先では家主が明らかに寝落ちした様子で。真っ暗なリビングのローテーブルで、薄緑色に照らされていた。

煌々と光るパソコンのほうを見ると、画面には旅行サイトの温泉一覧で、日帰りで行ける距離の温泉がたくさん表示されている。

我慢させてるよな。最初にそれを思った。
地と旅行に行きたい!とはよく言うし、実際に行ったし、自分は楽しいことをしている。
けれど果たして彼女は俺といて幸せなんだろうかと、次に思った。
温泉にも、ディズニーランドにも、ましてや近所のカフェですら、一緒に行ってあげられないことをまざまざと感じて、心臓のあたりがぎゅうとなる。

あまり自分の感情を前面に出さない名前が旅行に行きたいと口にすることは無いだろう。
デートに行きたいと聞いたことも無いし、ドライブに誘うのはいつも俺から。
どこまでが俺の負担になるのかが分からず、言えないというのが本音かなとも思っている。

でも誘えば絶対に予定を空けてくれるし、きっと俺と同じくらい俺のことが好きなはず。
仕事上不安にさせてしまうことが多いだろうし、必要以上に愛を伝えている自信があるけれど、それが彼女にどう思われているか、実はたまに自信が無くなる。

好きだよも、愛してるよも、ちょっと困ったように眉を下げて「わたしもだよ」なんて言う。けど"好き"と"愛してる"の言葉を名前が言うことは無い。

物思いに耽ってしまいそうになるのを慌てて払って、さすがに寝かせておいてあげるにはキツい体勢の名前を揺り起こした。










「あんれー、ジェシーめっちゃご機嫌じゃん!」
「おはよー地」

珍しく楽屋に一番乗りして、今朝貰ったばかりのチョコレートをひとつ摘みながら今日の工程表を眺めていた。

そこに登場した地に言わせれば、俺は鼻歌を歌っていたらしい。

「名前がさぁ!チョコ買ってくれてたの!見てこれ!」

5つ程減っているチョコレートの箱を見せると、俺があまりにも笑顔だったのか、つられて地も笑った。

「それでそんなにご機嫌なのね」
「だぁってさ!名前だよ?あの名前がさ!」
「たしかにジェシーの彼女、あんまりそういうのするタイプじゃなさそうだもんね」
「これ人気のお店で1時間も並んでくれたんだって。愛だよね〜」
『今日は一段と声がデカいな、おはよ』
「樹!おはよ〜聞いてよ〜」
『あー今聞こえてたよ、チョコでしょ。お前もうちょっとトーン落とさないと丸聞こえだぞ』

呆れたように入ってきた樹の言葉に、ごめんと声を落とす。ここは誰がいるか分からないテレビ局の楽屋。
大声で恋人に貰ったチョコレートの自慢していてはいけない。

「名前がさ、旅行サイト見てたんだよね。やぁっぱ行きたいのかな〜」
『友達と行くのかもよ』
「AHA!その可能性もあるね」
「まぁでも彼氏と旅行とかは普通に行きたいと思うもんじゃない?」
『そりゃな』
「行ってあげたいよね〜でもな〜」

そんな話をしていると、続々とメンバーが入ってきてこの話は終わりになった。今日も一日頑張って働くぞと気持ちを切り替えていると、樹がこっそりと傍に来る。

『こっそり旅行プラン、一緒に考える?』

ニヤニヤと楽しそうな顔に、小さな声でイエスと答えた。