俺の恋人は、多分めちゃくちゃ俺に甘い。
好きだよとか愛してるとか言うわけじゃないし、常にベッタリしてくることもないけれど、俺がなにかしたいと言い出したら最終的に必ず折れてくれるし、喧嘩して明らかに俺が悪くても少し時間を置いてからごめんねと切り出すのは名前の方。

ツアー前や撮影中にピリピリしていたら必ず好物が用意されているし、突然押しかけても受け入れてくれる。
次の日の現場が早いからもう寝る、という彼女にちょっかいをかけると必ず最後までしてしまうけど、逆に俺の朝が早い日は絶対によくないと諭される。

今日来ててって連絡したら絶対に家に来てくれて、逆に連絡しない日に来ることはまずない。
名前から来てと言われたことはないって気付いたのは最近になってから。

だからデートはほぼ俺の家だし、シェリーも俺より名前の方がきっと好き。

甘えすぎだという自覚はあるのに、なかなか改善できずにいた。


「シェリーただいま」

明け方過ぎて自宅に戻ると、鍵の音に気付いたシェリーが玄関で迎えてくれる。
遅くなってごめんね〜なんて言いながらリビングへと向かうと、昨日は半分くらいだったはずのシェリーのご飯が綺麗にされていて、明らかに新しいものが入れられていた。

「名前来たの?それともママ来た?」なんてシェリーに聞いてみるけどしっぽをブンブン振るだけで、答えは返ってこない。まぁそりゃそうなんだけど。

俺のいない間に名前やママが来て、何も言わずに帰っていくことなんてこれまで1度もなかった。
忘れ物でもしたとか?鍵を渡しているわけで別にいつこの家に来たって大歓迎なんだけど、未だかつて無い出来事に、妙に気持ち悪さが残る。

ひとしきりシェリーを撫で回してからシャワー浴びて、乾燥が終わっている洗濯機の中からタオルとパンツを取りだした。めんどくさいから、もうここから使っちゃうのはいつもの事。

「んだよ、スウェットねえじゃん」

さすがにまだパンイチは寒い。着るものを取りに寝室の扉を開けて、もうひとつの違和感にすぐ気が付いた。

ベットサイドのチェストに、いつもは名前のスウェットも置いてあるのに、それがない。いつかの撮影で貰ったグレーのスウェットを着ながら寝室を見回した。

よく見ると、名前がいつも使っているブランケットも無い。トルコ旅行で一目惚れしたという奇抜な編み物はシンプルでクールな名前にしては珍しく派手な柄で、ここよりジェシーの家の方が似合いそうだった。

「あれ、なんで?」

チクリと胸に何かが刺さる。背中がザワザワして、少し足早にリビングに戻った。

いつも使ってたマグカップもない。名前と使っていたものはこの家に溢れているけど、"名前しか使っていないもの"が、無くなっている。

え、なんで?なんで?と困惑しながら、俺は樹に電話していた。
つい最近お前は名前ちゃんに甘えすぎと言われたせいだ。悪い予感でいっぱいになる。

『もしもし、』
「ごめんもう家?」
『なんなら寝るとこ、なに?』
「あのさぁ、家から名前のものが、ほぼなくなってるんだけど、なんでだと思う?」
『はぁ?』
「いやね、俺もわっかんないのよ。わかんないんだけど、帰ってきたらさぁ。なんかシェリーのご飯もきれいだし、名前の服とかコップとかもなくてさぁ」
『いない間に回収したってこと?』
「やっぱそうなの?」
『いや知らねぇわ。でもまぁ、お前なら有りそう。いよいよ愛想つかされましたね』
「やなこと言うなよぉ!」
『無いんだけどって連絡しろよ』
「もう行かないとか言われたらマジで無理」
『じゃあわかんねぇだろ』
「返事こなかったらもっと怖いじゃん!」
『仕舞ってあるとこ違うだけじゃん?お前自分でちゃんとしねーからわかんねぇんだろ。もう俺寝るよ、おやすみ』

無情にも通話は切られて、足元で心配そうにシェリーが絡まる。ごめんごめん大丈夫、いったん寝ようか。

名前の物が無くなってるのはなんでだろう。本当に愛想つかして持って帰ったの?
でも地からもらったチョコレートのLINEした時は、ちゃんと返事が返ってきていたはず。
何度トーク画面を見返しても変な様子があったようには思えない。
アホ面でチョコレートを持ち上げる俺の写真だけが、画面に映し出されていた。