俺の彼女は俺に甘い。以下略。

バレンタインの激ダサ騒動のあと、俺たちの関係は特に変化なくそのまま続いていたし、やっぱり名前といると居心地が良かった。
上げ膳据え膳とはまた違うけど…なんて言うの?痒いところに手が届く?感じ。
しかもそれをやってます!って感じでやらないし、なんも気にしてませんみたいな顔でサラッとやってくれるから、こちらも必要以上に恐縮しなくて済む。

でも、樹の言っていたように、甘えてばかりではいけないというのももちろん分かってる。

出会った時から名前は俺に対にしてこうだったように思う。付き合うとか、そういったことで変化があった訳では無い。それがなんでなのか分からないけれど、その優しさが俺にだけ向けられていることに気付くのはそんなに早くなかったとも思う。

デビューしてすぐ、もうキリキリマイになっていて今にもパンクしそうな時にふと顔が浮かんで連絡したあの日。何も聞かずに受け入れてくれたことを思い出しながら、仕事終わりの送迎車の中でポーっと外を眺めた。









デビューおめでとうございます!
前からかっこいいなって思ってました!
良かったら飲み行きませんか?

毎日毎日貰う女の子からのお誘いが、嫌なわけじゃなかった。
最初は嬉しかったし、調子にも乗っていた。
でもだんだん疲れてきて、これ別に俺が好きなわけじゃないんだな、デビューしてるジャニーズだからだなと思い始めた時、出会ったのが名前。

かっこいいとか面白いとか、そんなことは何も言わなくて、無理に連れてこられたらしい飲み会でただひたすら俺の話を聞いて笑ってくれた。

その後、俺から連絡先を聞いて半年くらいは飲んだりたまに電話したりする関係が続いた。
最初よりはだいぶ捌けるようになったけど、それでもまだ女の子たちからの連絡はたくさん来ていたし飲んでもいたし、たまに夜の遊びもしたりして。

でもそれでいいのか?とか、これって楽しいか?とかモヤモヤした気持ちが消えなくて、その瞬間はたしかに楽しいのだけど、いつからか飲みに行く前にちょっとだるいなと思うようになって、テレビにも出させてもらって、ライブもあって、うわーってなったタイミングで浮かんだ名前の顔。ベタベタキラキラしたことは言わないけど、穏やかに笑って相槌を打ってくれて、心底安らげる表情だった。

「今から会いたいんだけど」と電話した真冬の深夜1時、ちょっとも悩むことなく「いいよ、どこ行けばいい?」と優しい声がした。
俺の住所を伝えて、タクシーに乗ったよとLINEもらった時はちょっと泣いたのは内緒の話。

呼んだくせに話せることも無くてしばらく無言でも、どうしたの?何かあった?なんて聞かないで、ワイン持ってきたけど飲む?って持ってきた貰い物らしいワインを開けてくれて。

一口飲んで、もう堪らなくなって、でも泣いたらダサいから唇噛んで耐えていた。
多分それに気付いたのか、テーブルじゃなくてソファにしようかって、向かいあわせから横並びに座ってくれたりして、ああ好きだなって。好きだから顔が浮かんだし、会いたかったし、落ち着くんだなって思ってしまって。

「俺、名前ちゃんといると落ち着くんだよね。ずっと一緒にいて欲しい」
「え…え?今とかじゃなくて、ずっと?」
「そう、俺の彼女として」
「…私で良ければ」
「…よろしくね、名前」









「なのでね、俺はホワイトデーでめっちゃイケてる男を頑張りたいのよ!」
「それいきなりうちに来てまで言うこと?」
「だって話す相手いないんだもん」
「さっきおつかれって解散したろ」
「仕事じゃん!いまはプライベートでしょ」
「はいはい、とりあえず座れば?」
「あざっす!」
「声デッカ」
「あざっす!」
「うるせぇマジで…っていうかさ、そのイケてる俺は、名前ちゃん喜ぶん?」
「いやわからん」
「なんだよそれ、お前がやりてえだけじゃねーか」

送迎車から先に降りた俺が帰宅直後に訪問したもんだから、樹は眉をしかめながらなんなの?と言いつつも家に入れてくれた。
シャワーの直後だったようで、髪もタオルもまだ濡れている。
自宅から土産代わりに持ってきた炭酸水を樹に渡して、自分の分も取り出した。

「俺ベタベタもイチャイチャもそんなにしたくない人だけど、ほんとのところ名前はそれがしたいのかしたくないのかどっちだろうなって」
「知らんわ…」
「この間さぁ、マジで名前がいなくなった時のこと想像しちゃって、ちょっと無理ですってなったのよ」
「あーダンプラのあと?」
「そう!」
「結局何でもなかったんでしょ?」
「そうなんだけど…なんかさ、名前が…そのままでいいんだよみたいに言ってて。最後の最後しんどいときに帰ってきてくれるくらいで、ふだん慎太郎はなにしてても良いんだよ、みたいなことを言ってたの!」
「お、おう…」
「それってもしかして、もしかして俺が他所で遊んでるとか思ってんのかなって」
「んあーね」
「どう思う?!」
「だから知らねぇよ…でもまぁ、ちょっとどこかしら慎太郎に合わせて無理してるところはあんのかもよ、いや知らんけど」

知らんことをあんまりそれっぽくは言えねぇよ、と付け加えて、樹はペットボトルを捻る。スキンケアしたばかりの手のひらがヌルついて苦戦しているようだったので代わりに開けると、サンキュと言って半分飲みほした。

「んま!なにこれ初めて見た」
「うまいよね!名前が買ってきてくれんの」
「名前ちゃんのセンスすげぇな」
「メシもうまいし部屋もキレイなの、あとなんかたまに買ってくるツマミも上手いし、シェリーも絶対俺より名前が好き」
「ふはっ、ベタ惚れじゃん」
「まぁね?そりゃね」
「それ全部普通に言えばいんじゃね?」
「うぇ、、本人に?」
「名前ちゃん以外に言ってどうすんだよ」

俺が来てからずっと呆れたような顔で笑っていた樹だけど、ふは、と少し楽しそうな笑みに変わる。
お前の彼女なんだから、お前からの情報が全てなんだよなんて怒られつつ、なんか食う?と出された唐揚げを2人でつまみながら、その日は夜まで作戦を練っていた。