恋人からちょっと早めのホワイトデーとして、おうちデートしない?と連絡があったのは1週間前。
これまでもお互いの家に泊まり合うことはもちろんあったけど、明日早く終わるから来ない?とかそういう時間軸でのやり取りばかりだったから、改めて1週間後のこの日にお泊まり、と言われると柄にもなくドキドキしてしまった。

いつも何着て寝てた?ジェシーのTシャツ借りてたっけ?
下着上下揃えてたかな、コンタクトの洗浄液置かせてもらってたかな、と延々と悩みながら過ごした1週間だった。

会社のお土産で貰った歌舞伎シートマスク、一緒につけたら笑ってくれるかなと荷造りの最後、バッグに入れる。
ほぼ丸2日空いていると言うから、ちょっと長めにゆっくり出来ることが嬉しくて、今度は代休を申請した。

勤続5年、溜まりまくっている有給をここ2年で着々と消化しているのだが、ジェシーの居ない土日に働くことで代休を獲得出来ると気付いてから、時折何か理由を作っては休日出勤をしている。
休暇推奨派の部長が喜んで取らせてくれるのと同時に、仲の良い同期からは彼氏出来たんでしょ、なんてからかわれているのが億劫でそうしているというのも理由。


そろそろ春に向けて季節が進む陽気の金曜日、おろしたてのシャツに腕を通した。いつもと違った緊張がまとわりついて、じんわりと汗ばみながら家路を急ぐ。
中にTシャツ着てきてよかった、出来ることなら一刻も早く脱ぎたい。

マンションのエントランス脇から見慣れない"わ"ナンバーの車が入っていくのを横目に、予定時間ちょうどにエレベータを上がると待ってましたとばかりに玄関が開いた。

「名前!おはよ!待ってた〜」
「うわ、こわいよ」
「AHA!楽しみすぎて玄関で待ってたあ」
「おはよう…」
「あれ、それこの間可愛いねって言ったシャツ!買ってたの?」
「あ…うん、覚えてたんだね」
「覚えてるよ!めっちゃ似合うなと思ったもん。プレゼントにそれ買わなくて良かったわ〜」










状況が全く掴めない。
いや、掴めてはいるというか、理解はしているんだけど、納得はできていないというか…。
おうちデートを楽しみに来て、おうちに入ることなく地下へ降り、そして今。私は恋人とその仲間たちと車に揺られている。
先程までとはまた種類の違う変な汗が吹き出している気がした。

「はいサービスエリアついたよ〜トイレ休憩ここだけね」
「樹おつかれ〜」
「コーヒー差し入れるわ、無糖でいい?」
「おーサンキュ」
「んじゃトイレ行きつつ買ってくるわ」
「名前もトイレ行っとく?」
「え、あ…うん、とりあえず…」
「お、なら先行っといで」

促されるまま車を降りて、一足先にトイレに向かう。大所帯な上に彼らはアイドルで、時間差で車から降りるんだろうと推測した。いや何推測してるのか。

手洗い場で鏡を見ると、朝より10年老けた気がする。汗をかき続けたせいでメイクが寄れていた。軽くお直しをして、バックに折りたたんでいたバケットハットを被る。
特に何も言われていないのに、降りる時と少し違った格好の方が良いように思えて、ついでにシャツを脱ぎ腰に巻いた。

何か買っていこうかなぁと思うものの、あまり外をうろつきすぎるのも不安で足早に車へと戻る。

「名前ちゃん一番乗り〜おかえり」
「あれ…」
「みんなまだだよ〜先乗ってな」
「すみません…何か買ってくればよかったですね」
「んあ?気にしなくていいよ、あいつら多分めっちゃ買ってくるから」
「ですよね…」

車の中は運転席の田中さんだけで、エンジンも切られていたから酷く無音の空間だった。
顔に帽子を乗せてリクライニングを倒していた田中さんは、私が戻るとすぐに起こしてサングラスを掛け直す。

改めて見ると"恋人の友人"ではなくて、"いつも画面越しに見るアイドル"にしか思えず、日除けに掛けられている黒いメッシュのカーテンの穴をじっと見つめることしか出来なかった。

「緊張してる?してるよね」
「そ…うですね…緊張というか…いや緊張です…」
「んは!そんなに強ばらないでよ、多分俺とタメだよね。ジェシーより上でしょ?」
「そうなんですか?私は95年生まれです」
「じゃあ一緒だね〜もう2年くらい付き合ってんだっけ?」
「え!あ…そうですね」
「ジェシーは俺らにとっても中心的な存在でさ。でも気ぃ遣いで疲れちゃうだろうなってときもあったんだけど、名前ちゃんと付き合うようになってからマジで楽しそうなんだよね。いつもありがとね」
「いえ、そんな、私は何も」
「あいつ愛情表現が凄すぎて引いてない?大丈夫?」
「たしかに、凄いですね…でも、ありがたいです。分かりやすいので、嬉しいです」
「これからも仲良くしてやってね」

いえこちらこそと言おうとした時、何話してんのー!と言いながら京本さんが車に戻ってくる。
声デカいんだけど!と田中さんが耳を塞ぐふりをしたところで、他のふたりも車に乗り込んで。
樹と何話してたの〜というジェシーに、なぁんも話してないよねぇと含み笑いを見せられて、そうですね、と笑って返した。

「名前ちゃんが樹と打ち解けてる!くやしい!」
「北斗が1番打ち解けないでしょ、絶対」
「そんな事ない…よ…?」
「AHA!北斗は無理だね〜人見知りさん同士喋らずに時間が過ぎそう!」

3人が買ってきてくれたドリンクを回して、車がゆっくりと出発する。
そういえばどこに向かっているんだろう。初めに乗ってから、4人の大きな男の子たちの会話を聞いているうちにこういうのもたまには悪くないななんて、思ったりしていた。