新曲のリリースを控えて、色々なことが大詰めだったとはいえ、世の中の動きを全く感知していなかった気がする。

ダンス練習を終えへとへとになって帰宅すると、
部屋に少し違和感を感じた。
誰もいないはずなのに、誰かいたような。
朝俺が迷いに迷って散らかした靴が綺麗に整頓されていたし、
心無しか部屋のいくつかのものが動いている気がする。

けれどあまりにも眠たくて、全部の違和感に見ぬふりをしたままシャワーを浴びて、死んだように眠った。



「なにこれ」
目覚ましを掛けずに寝たいだけ眠り、起きたのは夕方だった。
リビングで水を飲もうとした時、冷蔵庫の前に落ちている小さな封筒を見つけた。

ポイントカードくらいのサイズの封筒には、中に同じサイズのカードが入っている。

『去年のリベンジと、いつものお礼』

と書いてある。明らかに名前ちゃんの字だ。
何が?と思いリビングを見回したり冷蔵庫を開けたりしたけれど、そのお礼というものは特に見当たらない。

これはなんだ?あれ?
昨日うちに来たの?だから部屋がちょっと片付いてるのかな。

昨日?もはや今日?
2月14日?なんの日?

「バレンタイン…」

やってしまった。バレンタインじゃん、昨日はバレンタインだ。





去年のバレンタイン、俺は久しぶりに恋人ができたこともあって、数日前からソワソワしていた。
実際のところ彼女からは特になんのアクションもなく、痺れを切らして自分からデートに誘ったほど。

来る途中に思い出したかのようにコンビニで購入されたチョコを貰って、貰えるだけ有難いと思いつつ、少し落胆したのを覚えている。

ホワイトデーは普通に自分で選んだお菓子を渡したのだけれど、彼女は少し座りが悪そうだった。

「あんな適当なやつに、お返し要らないよ」
「なんでよ、いいのよ」
「でもあれ800円とかだよ」
「値段じゃないでしょ、気持ちだよ」
「そう…じゃあ受け取っておく…来年はちゃんと買うね」
「……できれば、いや絶対2月14日にちょうだいね」
「意外とイベント好きだよね。頑張ります」

渡したホワイトデーのパッケージをみて、とても嬉しそうに微笑んだのが意外で、可愛いなと思った。





「全く忘れてた…」
このことを忘れてたと言うよりも、日時的な感覚を失っていた。
バタバタと映画の番宣やライブ、撮影が立て込んでいたせいだ。

去年のバレンタインデーからホワイトデーまでの間、実は少しネガティブな自分が心を占有していた。
実は俺のこと好きじゃないのかも、とか。
ちょっとなし崩し的な交際スタートだったから、本当はイヤイヤなのかも、とか。
ホワイトデーの笑顔を見て、そうじゃなかったんだなと実感したことを思い出した。

「あー本当に忘れてた。持って帰ったのかなぁ」

日付が変わる少し前、地から貰ったチョコレートをLINEした。彼女から貰えるかもという考えは、その時本当になかった。

彼女は今どういう気持ちなんだろう。案外何も考えていなかったりする?いやそんなことは無いはず。
少なくともリベンジしようと思っていてくれたはず。

でも持ち帰ったということは、別日にくれる予定がある?でも今のところ会う予定を立ててはいない。
チョコレートの賞味期限ってどんな感じ?

思いに思いをめぐらせて、俺は彼女へ連絡するのを躊躇っていた。