人生は何が起こるかわからない。だから毎日がピークだと思って過ごしているし、仕事への注力に全てのエネルギーを使ってしまう日はほかのことが全く目に入らないことがある。

"人生の中で少しは経験が必要"なんてカッコつけた理由で初めた一人暮らしは、本当に向いていない。
部屋は散らかりっぱなしだし、ごみも適当にまとめて積んであるだけ。

今日も明け方に帰宅して、あーぐっちゃぐちゃな中で寝んのかぁなんてため息を吐きながら玄関を開けると、昨日家を出る時は玄関に積み上がっていたペットボトルのゴミ袋が無くなっている。
あれ、と思ってリビングへ向かうとやはり同じように綺麗にされていて、放りっぱなしの酒瓶も、床に置いたまま踏んで歩いていた洋服もなにもない。

「あー名前来たのか」

何度も心配と反対を繰り返す両親を無理やり黙らせて、でも何とか形になっているのは名前が身の回りに気を遣ってくれているからに他ならない。
けれどそれも、いつまで続くか分からないなぁと最近思う。

名前はとにかく口数が少なくて、なにか思ってんだろうなぁって口の開き方をするくせに、言葉を発する前に唇をつむぐ。
たまに俺のいない間に家に来て、綺麗にして帰っていく。これでも昔は俺の帰りを待っていて、作ってある食事を温め直してくれた。一緒に食べて、ひたすら俺の愚痴を聞かせて、ウンウン聞いてくれる彼女に甘えて。

いつからか名前は俺を待たずに帰るようになり、たまにオフの連絡をすると昼過ぎ頃に現れる。一緒にいる時は特に違和感もなく過ごせるのに、こうやって少し会えない時間が増えるとやっぱり前とは変わってしまったなと、少し悲しい。

何が良くて俺と一緒にいてくれるのか全く分からない。でも、今名前を失ってしまったら、気持ち的にも生活的にも絶望的だった。
別に家政婦としてみている訳じゃない。ちゃんと名前のことが好きだし、大事にしたいと思ってる。でも俺の狭いキャパシティが限界になると、なかなかどうして上手くいかない。

座るところがきちんと用意されたソファに体を鎮める。あーそう。この座り心地が良くて買ったのに、仕事が詰まるといつもここは荷物置き場になってしまうんだ。

つい先週、思い切ってここに住まない?と聞いた時、名前は一瞬困ったような顔をして「考えてみるね」と言った。
多分俺の言い方が悪かったと思う。話の流れで、少し冗談っぽく言ってしまったし、名前がいないと家が片付かないから、というニュアンスで伝わっている気がする。

どれだけ散らかっていても、食事は全部出来合いの惣菜でも、名前がいてくれればそれで良いのに。それが上手く伝えられなくて、ますます自分の株を下げた。

「あー会いた。しんど」

オットマンに足を乗せて、背もたれに全ての体重を預けた。目を瞑ればいつも、俺と付き合わない?と聞いた時の名前の顔が浮かぶ。あのびっくりしたような、でも嬉しそうな、なんとも言えない笑顔が。

地やジェシーみたいにいつもフラットで、優しく在れたら。樹や慎太郎みたいに、男らしくて信頼感を与えてあげられたら。北斗みたいに、貰った愛をきちんと返せる誠実さがあれば。

もう少し、ほんの少しだけでも、昔のように笑ってくれるんだろうか。











彼はそろそろ帰宅する時間だろうか。
自宅に帰ってからもなんだか眠れずに、微妙に閉じきれていないカーテンから射し込む朝陽をぼんやりと眺める。

帰宅した大我は私が来ていたことにきっと気づくだろうけど、どうか、なんで帰ったの?と連絡が来ませんようにと、持ち帰ったチョコレートの袋を握りしめたまま祈る。

いつからか大我といる時間が怖くなって、最近やんわりと避けてしまうようになった。出会った時も、付き合い始めも、ただ嬉しくて、楽しくて。アイドルということを除けば、本当にただの20代半ばのカップルだったと思う。

けれどやっぱりそのアイドルという部分が除けなくなってきて、彼に与えられるプレッシャーや重荷みたいなものを目の当たりにしていくうちに、傍にいるのが私なんかではダメだろうと思うようになった。

少し前のドラマで、大我は限界まで体重を落としていた。役作りと言えばそうだし、プロ意識といえばもちろんそう。それが凄く怖かった。役に合わせてどんどんやつれていく姿を、途中から見ていられなかった。
仕方のないことで、むしろ素晴らしいこと。なのに協力とか応援とか、そういうものでは無い後ろ向きの感情ばかりが頭に浮かんでしまって。

それからなるべく、大我に会うのをやめた。会えば口に出してしまいそうで嫌だった。彼が血のにじむような努力を重ねて得たものも、取り組んでいる仕事も、否定するようなことは言いたくない。

これまでのたくさんの仕事の中で、女性との触れ合いやキスシーンに少し思うところはあれど、創作だと割り切れたのは自宅に戻ればいつもの大我がそこにいたからだと思う。

先週、一緒に住まないかと言われた時、嬉しかった。大我の生活の中に私を必要としてくれていることが。けれどそうしたら、きっと私は。

だからこそ今日、バレンタインを話のきっかけにらこの気持ちを打ち明けて見ようと考えていた。結局できなかったけれど、大我はどういう反応をするんだろう。困らせるだけだろうと分かりつつ、何も言わずに身を引く選択肢が取れないままでいる。

明日はやっぱり仕事に行こう。何も考えなくて済むように。そんなことを思いながら目を瞑った。