ライブの日、松村さんに貰ったチケットを握りしめて、ノコノコ会場まで到着した。しかも開演25分前の、まぁまぁしっかりとした時間。今日に限って業務はスムーズで、せっかく土曜なんでここで終わりにしましょうかなんて出向先の方たちに言われて。

「来ちゃったなぁ」と呟いて、グッズ売り場を眺めながら座席に到着する。
右端の1番通路に近い席。センターステージも結構良く見える。良席だなぁなんてぼんやりとして、ほぼほぼ着席の済んでいる周りの席を見渡した。

前と左は連番のようで、2人で仲が良さそうに話をしている。後ろはまだ空席だけれど、どうやら単席らしい。
仕事姿のまま来てしまったから、場違いじゃないかなぁと不安になりながらも公演は始まって、いつの間にか後ろの席も埋まっていた。

この席が分かっていたのだろう、松村さんと樹くんがこっちを見てニヤリと手を振ってくれたあと、続々とみんながファンサをしてくれる。

「この席やばくない?!今日みんなファンサえぐい!」
「今年の運使い果たしたやばい泣きそう」

前の席の2人がそんな会話をしていたのを聞いて、やっぱりステージに立てばアイドルなんだなぁと思ったりして。

大我はこちらに気が付いた時、すごく驚いた顔をした後に、嬉しそうな優しい表情で笑った。家にいる時に見せてくれる顔と同じで、なんだか胸がぎゅっと締め付けられる。

気付けば涙が止まらなくなって、MC中もほぼ泣いていたと思う。楽しそうな6人と、それを見守るファンの中で、1人大泣きしている女はさそがし異様だっただろう。
隣の可愛いギャルふたりが、お姉さん現場はじめてですか?なんて優しく話しかけてくれた。

全員はもちろん、大我は本当に素敵で、かっこよくて、キラキラしていた。そんな彼を支えたくて一緒にいたはずがいつしかそれが出来なくなって、しんどくなって自分から手放したのに。

でもやっぱり好きだ、付き合い始めた頃よりもずっとずっと。

田中さんと松村さんが忙しい合間を縫って用意してくれたこのチャンスを、どう生かすべきなのだろう。
マンションに戻ったあとも、ずっとそんなことばかり考えている。

ライブの余韻が抜けないまま日曜をすごし、また仕事に行って、でも意外と頭は冴えている。仕事以外に脳のリソースを使ってしまっている割には、効率よく仕事が出来ている自分に少し笑えた。

「お疲れ様でした、明日もよろしくお願いします!」

なんとか東京に戻れる見通しが出来て、このまま行けば今週末には終われそうな気がする。戻ったら、大我に会いに行こうかな。会ってくれるだろうか。あんなに勝手に離れた私を、もう一度受け入れてくれるんだろうか。

オフィスを出て、真っ直ぐマンションへ向かう間に社用携帯をチェックすると、登録されていない番号から電話が入っていた。
見たことあるような文字列に、誰だったかなぁと何人か最近名刺交換した人を何人か思い浮かべ、笠寺に到着してから折り返しの電話をかける。


「名字と申しますが、お電話いただいていたでしょうか?」
『……』
「もしもし?聞こえますか?」
『あっは!やばい、めっちゃ仕事モードでウケる』
「えっ…た、いが?」
『今どこ?』
「えっ、駅?え?」
『会社出たところ?それとももう笠寺ってこと?』
「笠寺だけど…」

電話の向こうではなく明らかに近くから、おい!と短く大きめの声がして左を見ると、スマホを振ってこちらに手を振る人が見えた。

見慣れたパーカーに、見慣れた帽子をかぶる、大我が。











東京に戻ってまず俺がしたこと。
荷物もそのままに、名前の自宅に合鍵で上がり込む。
綺麗に整理された部屋を通り抜けて、寝室へと向かうと、思った通りいつも使用しているノートPCを見つけた。
そしてそれを勝手に開き、勝手に某サイトにログインする。パスワードは全部PCの裏に貼ってあるから、閲覧は容易だった。
それセキュリティもクソもないよと話したことがあるけれど、自宅用だからとりあえずいいのと言って聞かなかったのが今となっては助かる。

宿泊予約のページへ遷移して、履歴を確認した。名前の会社は、出張の時に使用するホテルの金額は決まっているものの、どのサイトで予約しても良く、自分のアカウントにポイントを付けることを許されていると聞いたことがある。

案の定そこから予約したウィークリーマンションが知れたので、写メにとって家を出た。

自宅に戻り、いつだったか名前がくれた名刺を探す。名刺に肩書きがついたの!と嬉しそうにしていた顔を思い出して、ふふ、とひとりでに笑ってしまった。

その日はそのまま寝て、翌日マネージャーに今週のスケジュールを再確認する。
そのあとすぐ名前の会社に何も知らない取引先の人間を装って、電話。

「名字さんいらっしゃいますか?」
「申し訳ありません、名字は長期出張に出ておりまして」
「そうですか…いつ頃戻られるか決まってますか?」
「まだ確定ではございませんが、今週いっぱいで戻ってくる見通しです」


数言交わしてありがとうございますと電話を切り、同じスマホでそのまま新幹線のチケットを予約する。
都合よく明後日がオフだったので、明日の夕方着、翌日の最終で戻ればギリギリいけるスケジュールを組んだ。

俺、コナンくんみたいじゃん。
頭の中で描いていた作戦通りにことが進み、内心安堵する。あとはきちんと話すだけだ、自分の気持ちを。そう決意して現場へ向かった。


「おつかれ」
「おーつかれ」

全員が集まる仕事の日、珍しく俺以外全員が既に到着していた。
相変わらずガヤガヤと賑やかな楽屋を突き進んで、ソファで1人台本を読んでいる北斗に声をかける。

「ねぇ」
「んあ?あ、おはよう」
「おはよ、あのさ、ありがとね」
「…え、なに?」
「名前のこと。呼んでくれたんでしょ、名古屋」
「えっ」

北斗は目を丸くして樹に目線を送り、受けた樹は嬉しそうに笑っている。まとまって喋っていた4人もいつの間にかこちらを向いていて、俺と北斗をにやにやしながら見ていた。

「俺さ、明日もう一度名古屋行くから」
「弾丸日帰り?」
「いや、明後日オフだからどっちにも転べるように」
「そりゃいいね」
「AHA!いいんじゃない、かっこいいよ」
「みんな心配かけてごめん」
「京本が殊勝なのちょっと怖いけど」
「たしかに〜」
「ガイシの近くにいい温泉あるよ」
「え、それツアー中に言えよ!」
「言ったって行けねぇだろ!」
「頑張ってね」
「…ありがと」