やっぱり行かなければよかった。
帰宅してソファに倒れ込むと、テーブルに置いたチョコレートの紙袋が目に留まる。

今日は本当は休みだった。彼も休みなんだろうと勝手に期待して、勝手に盛り上がっただけ。
行ってみたら仕事でいなくて、連絡してみれば帰りは遅いと言うより翌日で。

それでも来てしまったし、チョコも買っておいたし、ゆっくり家で待つのもいいかもしれない。だって有給取っちゃったし。なんて思ったところまでは良かったのに、結局地くんのチョコレートを見て無性に恥ずかしくなって北斗くんの家を出た。

手紙を落としたことには気付いていなかったし、行ったことはなかったことにしようとした。
上司に私用が無くなったので出勤しますと連絡をして、有給も取りやめた。
そのまま1日ひとりで休んでいる気分にはならなかったし、いつも通り仕事をして、いつも通り帰るつもりだった。

北斗くんから電話が来た時、バレたと思った。
家を少し片付けたことで彼は几帳面な人だから気付いてしまったんだろうと。
うちに来ない?というLINEに、少し悩んでOKをしたものの、ギリギリまでやっぱり行けなくなったと言おうか迷いに迷って、でもやっぱり会いたくて今度は自分の家を出た。

チョコレートを持っていくかどうかも、本当にギリギリまで悩んで。私が1時間並んだことなんて、メンバーからの愛がこもったチョコレートには勝てない気がした。

そもそもバレンタインの約束だって、覚えていないのかも。バレンタインすら気付いていなかったかも。
仕事だと教えて貰ってなかったし、きっとそうだろう。

だったらバレンタインのことは無かったことにしよう。行ったことはバレちゃったけど、それなら何とかなりそう。
バレンタインの話が出ても、用意してなかったわ〜ごめん〜で済ませられる。そう思った。

手紙を落としていたことは盲点だった。大失敗。結局私は素直にも可愛らしくもなれないまま、ひとりで勝手に惨めになって、イライラして、またこうやって帰ってきた。

本当に馬鹿らしい。
誰にも食べて貰えないチョコレートも、なんて可哀想なんだろう。

グルグル悩んで後悔して、やっぱり持っていってやり直せばよかったのにと、耐えていた涙がこぼれた頃、私はそのまま眠りに落ちた。









「北斗、なにそれ」
「え、あ、朝家の前に落ちてた…というか置いてあったから、とりあえず持ってきた」

昨日名前ちゃんが帰ってしまってから、俺は家の中でずっと後悔を続けていた。あんまり眠れないまま翌日になって、迎えの車が来た時に初めてドアの外に紙袋が置いてあったことに気付き、そのまま車内に持って行ったあたりでようやく名前ちゃんが出勤前に置いて行ったと思いつく。

「なんでインターホン押してくれなかったんだろ…」
「鍵もってんだっけ?」
「そう、だから全然うちに入って来れるのに、基本的には来ないね、あの人は」
「それチョコじゃん、今流行ってるやつ」
「そうなの?」
「こないだメイクさんが話してた。朝整理券配布してて、めっちゃ待つって。でも美味いんだってさ」
「え〜そうなの…」
「なんで玄関前なの?」

楽屋に最初に入っていた慎太郎に、チョコレートのことを教えて貰いつつ、名前ちゃんとの喧嘩の話をした。
慎太郎はニヤニヤしながら時折あーとか、やっちゃったね〜なんて相槌を打つ。

「なんで仕事だって言ってなかったのよ」
「バレンタインとかマジで頭からなかったもんで…」
「自分で約束しといてな〜」
「全くもってその通りなのよ」

話しながら包装を開けると、精巧なチョコが12個並んでいた。よくある説明書きが同封されていなくて、見た目からは何味なのか想像がつかない。

「それひとつずつ選ぶんだって」
「マジ?」
「そう。箱と個数選んで、そこにいれるチョコは全部自分で決めるらしいよ」
「めっちゃ大変じゃん」
「何時間も並んでさ〜、一生懸命12個も選んでさ〜、それで忘れられてたら悲しいよね〜」

わざとらしく口角を上げて、面白がるように言う。慎太郎に言われなくても散々後悔していたのに、追い討ちをかけるようにこれを買うまでの名前ちゃんの姿を想像して、更にダメージが襲う。

「あ〜も〜、どうしよ〜」
「とりあえずありがとうって連絡したら?」
「そうね…」
「北斗よく彼女はクールなタイプとか言うけど、結構熱いじゃん」
「俺もそれに驚いてるところ」
「素直になるの下手な子って可愛いよね」
「可愛いね」
「まぁ北斗も素直じゃないタイプだからな〜」

慎太郎はそう言って、セットしたばかりの俺の髪をグシャグシャにかき回す。やめろと手を叩くとニヤニヤした顔を真面目なものに戻して、優しい表情をした。

「北斗、名前ちゃんと付き合い始めてから柔らかくなったよ。俺今の北斗好きだから、頑張って」