※クー・フーリン(キャスター)

次の特異点の座標が定まるまでの間、第二次臨戦体勢となったカルデア。束の間の休息を利用し、波琉はマシュと共に数名のサーヴァントを連れて、かつて定礎復元を完了させたオルレアンの地へとレイシフトしたのだが──。
どういうわけか設定されていた到着地点を大きく外れ、波琉は最古参のサーヴァントであるキャスターのクー・フーリンと共に深緑に覆われた森の中を歩いていた。カルデアとの通信は断絶。一緒にレイシフトしたはずのマシュや他のサーヴァント達の姿も皆無。時折遭遇する敵性生物をキャスターのルーン魔術を使った攻撃で薙ぎ倒しながら、森の出口を目指して平坦な道程をひたすら突き進む。日没までにはまだ時間はあるが、出来るだけ早くマシュ達と合流しなければ。先程から変わらない景色を視界の端に捉えながら、波琉はそう強く思っていた。微かに吹く風によって木々がかさかさと音を立てる。木の葉の合間を縫って差し込んでくる陽の光が少し眩しい。未だに特異点の残滓があるとはいえ、ここは随分と穏やかな森になった。

「大丈夫か?マスター」

前を歩くキャスターが波琉の様子を窺うように振り返る。

「うん、大丈夫」
「そうか」
「ありがとう、キャスター」

「おうよ」と呟いて、再び前を向いたキャスターの髪がはらりと揺れる。ああ、あの時も確か──波琉は陽光を受け、キラキラとした輝きを放つキャスターの髪を見つめ、遠く在りし日に想いを馳せた。


キャスターとの出会いは燃え盛る死都と化した冬木市という地方都市だった。鎮火することのない全てを焼き尽くす炎、死臭、徘徊する謎の敵性生物。生きた人間は自分達を除いて見当たらない。映画やドラマで見た世界の終末がそこに広がっていた。ぞわりぞわりと恐怖が身体中を這う。『死』というものを初めて間近に感じた瞬間だった。その感覚を必死に振り払い、とある英霊の力を譲り受けデミ・サーヴァントとなったマシュに戦闘指示を出し、かつて人々が賑わっていたであろう街中を駆け抜けた。そんな折、目の前に現れたのがこの地で行われていた聖杯戦争の参加者であるキャスターだった。一目見て、美しいと思った。英霊という存在がこれ程までに神々しいものだと感じたあの瞬間の興奮は今でも忘れられない。


「お、あったあった」

キャスターの声で思案に沈んでいた波琉の顔が上がる。少し開けた場所、その中心に聳え立っているのは樹齢何百年にもなるであろう大木だった。他の木々とは違う神聖な雰囲気に波琉は思わず感嘆の声を漏らす。

「こりゃ立派なオークだな」
「オーク……?」
「ああ、ケルトのドルイド達の中で神聖視されてた木でよ。オレのこの杖もオークから出来てんだ」

波琉はそっとオークに触れる。ひんやりとした樹皮から掌を伝わって、何か不思議な力が流れてくるような気がした。

「ここいらで少しばかり休むとすっか。盾の嬢ちゃん達と早く合流するのは大事だが、無理は禁物だ」
「……キャスターには敵わないね」
「どれだけの付き合いだと思ってんだ。それにマスターに何かあったらオレが怒られっからな」

からからと笑いながらオークに背を預けて胡座をかいたキャスターに続き、波琉も腰を下ろす。ぼんやりと景色を眺める2人の間に会話は無かったが、ゆったりとした時間が流れていた。──不意にキャスターが口を開く。

「そういや、随分と成長したなマスター」

キャスターの言葉に波琉は目線を横へと移す。「そう?」と投げかけるとキャスターは目線をそのままに話を続ける。

「ああ。ついこの間までヒヨッコだったのに、いつの間にか立派に成長したもんだ」

数々の困難を乗り越えてきた。その度に自身を叱咤激励してくれたのは目の前にいるキャスターだ。師として仰ぐキャスターに褒められて、波琉は笑みを零す。『人類最後のマスター』というとてつもない肩書きを背負って歩けるのは、キャスターのおかげだ。初めて出会ったあの冬木から進むべき道を照らし続けてくれたキャスターがいてくれたからこそ、自分もそしてマシュも前を向いて歩いて行けるのだ。──そう波琉が口にすると、キャスターは得意げな表情で

「さっすが、オレ。やっぱ見る目あるよな」

と快活に笑った。

「かもしれないね。本当に感謝しきれない程感謝してる」
「そんじゃまあ、何か褒美でもくれや」
「ご、ご褒美!?」
「そりゃ召喚されてから今まで馬車馬のように働いてきたんだ。褒美の一つや二つくらい欲しいってもんだ」

期待の色を含んだキャスターの目に波琉は唸る。食べ物、装飾品、武具。色んなものが頭に浮かんでは消えていく。異性に何かをプレゼントするなど、今まで生きてきた中で一度もしたことがなかった。ましてや目の前にいるのは過去を生きた大英雄。何を望み、何を欲しているのか全くの見当がつかない。ぐぬぬ、と無意識に眉間に皺を寄せていたのだろう。キャスターはからからと笑って「何もそこまで悩むことか?」と波琉の眉間に人差し指をぐりぐりと押し当てた。

「うーん……それが思いつかないの。だから、もし何か欲しいものがあるのなら、それを褒美として贈らせてほしい」
「何でもいいのか?」
「まあ、わたしに調達できるものであれば……」
「──なら、」

強く腕を引かれ、波琉の目の前は一瞬で真っ暗になる。森の匂いがすぐ間近で香る。キャスターに抱きしめられていると気づくのに3秒程の時間を要した。

「マスター」

耳元で囁かれた言葉は甘美な熱を孕んでいる。聞いたことがない声色に波琉はひどくたじろいだ。

「マスター、アンタが欲しい」

反射的にキャスターの胸を手で押し返して距離を取ると、赤い瞳がこちらを見ていた。優しく包み込んでくれるいつもの温かい色ではなく、ギラギラと揺らめくそれは、まるで獲物を食わんとする獣のようだ。刹那、互いの鼻先が触れ合う程の距離まで顔を近づけられて、波琉はハッと息を呑んだ。獰猛な瞳に視線を絡め取られ、蛇に睨まれた蛙のように動くことができない。沈黙が2人の間を通り過ぎる。長い沈黙を肯定と受け取ったのか、キャスターは顔の角度を変えて、波琉との距離を更に縮めようとする。

「せんぱーい!キャスターさーん!いらっしゃいませんかー!!」

唇が触れる寸前、何処か遠くから聞こえるマシュの声にピタリと動きを止めるキャスター。数人分の気配が少しずつ近づいてくるのを感じ取ると、キャスターの顔が眼前から離れていく。

「お、やっと盾の嬢ちゃん達と合流できたな」

その声に波琉は言葉を返すことができず、何度も首を縦に振った。顔や身体が熱い。まるで全力疾走したかのように心臓はバクバクと音を立てている。そんな波琉とは裏腹に、キャスターは何事もなかったかのようにけろりと立ち上がって、大きく腕を伸ばす。

「ほら、行くか」

飄々としたキャスターにやられっぱなしでは腑に落ちない。オークに片手をつきながら立ち上がった波琉は、なんとか一矢報いようとキャスターの羽織っているローブに手を伸ばす。

「どうした?」
「──全ての人理修復が終わった暁には……クー・フーリン、貴方の望む物をあげてもいい」
「……何?」
「あー!もう!そ、そんな簡単にはキャスターの望む物はあげないってこと!」

自分の発言に恥ずかしくなったのか、顔を赤らめた波琉はキャスターから視線を逸らしながら、マシュの声が聞こえた方に小走りで向かっていった。

「あ、おい!マスター!」

慌てて波琉の後ろ姿を追いかけるも、キャスターは口元の緩みを抑えきれないでいた。クラス名ではなく、真名で。己の名を呼んだ波琉にキャスターは胸の内が高ぶるのを感じた。──だが、波琉は忘れていた。キャスターは自分の求める物の前に困難が立ち塞がっていればいる程、燃え上がる性質だということを。困難に打ち克ち、必ずそれらを手に入れることも。何故なら彼は(『キャスター』という本来とは違うクラスでの現界ではあったが)生前に数々の伝説を残したアルスターの戦士、クー・フーリンなのだから。



企画「常世」様に提出
20161015

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