※終章・絆ボイスネタバレあり
「クー・フーリン、召喚に応じ参上した」
戦いに勝つことだけを考える。戦いへの喜びなど、無意味だと切り捨てた。この身は戦闘機械。ただ、相手を殺すためだけの存在だ。
「召喚に応じてくれてありがとう。わたしは波琉、これから共に戦ってほしい」
「……フン」
よろしくねと言わんばかりに差し出された右手をオルタは馬鹿馬鹿しい行為だと一蹴した。サーヴァントはマスターにとって身を守るため、戦うための武器にすぎない。『共に戦ってほしい』と、一人間として扱おうとする考えはオルタからすれば下らないものだった。
「俺はやるべきことをやるだけだ」
戦いと殺戮と勝利への渇望を満たす以外の事柄に関与する気は端からありはしない。その言葉は『敵を殺せ』という命令にのみ応じるという強い意思表示の表れだった。──だというのに、ひょんなことから人類最後のマスターとなった波琉はそんな意思を持つオルタに対しても、他のサーヴァント同様の接し方を行った。クエストに連れ立つだけでなく、マイルームに呼び寄せてのんびりとした時間を共に過ごそうとしたり、カルデア内の食堂で同じ釜の飯を食べようと食事に誘ったりした。前者はともかく、後の2つに関しては全くもって理解できなかった。何故、不要なコミュニケーションをわざわざ取ろうとするのか。オルタは馬鹿馬鹿しい、無意味にも程があると一蹴し続けた。残る特異点の人理を修復し、魔術王が企てた人理焼却を阻止すれば、その役割を果たしたサーヴァント達は1人残らず座へと還る。一時的な契約関係にあるサーヴァント達との馴れ合いは無駄な行為でしかないというのに。どれだけ否定しても波琉は「無意味なんかじゃないよ」と微笑むのだった。
その馬鹿馬鹿しい程の諦めの悪さをオルタは嫌という程知っていた。
荒れ果てたアメリカの大地での邂逅。絶望を具現化したような己を前に恐怖を隠し切れず、脚が震えていた。厚みのない身体。か細い四肢。4つの特異点を乗り越えてきたようにはまるで見えなかった。《人類最後のマスター》は想像していたよりも取るに足らない存在だった。だが、狂王という絶望を前にしても尚、こちらを見据える双眸は輝きを失ってはいなかった。決して諦めないと言わんばかりの眼差し。豪胆なのか、はたまた単に愚かなのか──。この霊基に残る断片的な記録を思い返す度に、オルタは微かな胸の疼きを覚えた。
◇
玉座を残して神殿は消滅した。
7つもの特異点を越え、黒幕が待つ時間神殿での最後の戦いを終え、斯くして人類の未来は焼却される運命を回避した。無事、カルデアに帰還した波琉はマシュと共に自分達が生きる時代の空を約1年ぶりに見上げていた。標高6000mの年中吹雪いている過酷な環境の中で、年に一度見られるかどうかと言われる透き通った青空に、波琉は思わず泣きそうになった。ひんやりとした澄んだ空気を思いきり肺に取り込む。──どの特異点とも違う空気の味。自分が生を受けた時代を今、ちゃんと生きているのだと強く実感した。
「それでは先輩、ゆっくりと休んでください」
「うん。マシュの方こそ、ゆっくり休んでね」
外の世界を後にして、波琉とマシュはそれぞれのマイルームへと向かった。
「この1年間の労働対価としては短すぎる暇だが、今は何も考えず存分に休んでくれたまえ」とダ・ヴィンチの命により、波琉とマシュはしばらくの暇をもらった。じきにこのカルデアは新たな忙しさに見舞われる。この空白の1年間に一体何が起こっていたのかと、説明を求めに魔術協会の人間が大勢やって来るらしい。カルデアの職員はもちろんのこと、波琉やマシュも調査対象に入っていた。まだまだ落ち着かないなあと、これからの忙しさについてぼんやり考えながら、波琉は静まり返った廊下を歩いていた。
グランドオーダー案件下で召喚したサーヴァントはその役割を終え、軒並み退去した。別れの言葉も感謝の言葉も告げる間もなく。呆気ないと言えば呆気ないが、寂しさや虚しさといったものは不思議と芽生えなかった。カルデアに召喚されたダ・ヴィンチを始め、自身が召喚したサーヴァントの中でも『マスターを放っておけない』と座に還らず残ってくれた者達がいる。そう考えるとこの1年間、未熟ながらも自分が行ってきたものは無意味でも無駄でもなかったはずだ。清々しい気分を胸に、まるでスキップでもしそうな軽やかな足取りでマイルームの扉を開くと、暗闇の中で何かがずるりと蠢いた。差し込んだ廊下の明かりがその物体の輪郭をやんわりと浮き立たせる。
「──あ、」
ずるりと白い床を這ったのは刺々しい尻尾。それは身体のいたるところに纏わりつく禍々しい武装の一つだった。
「オルタ……?」
ぽつりと呟かれた波琉の言葉に反応したソレは身体の隙間から気怠げな赤い瞳を覗かせる。
「真っ先に座に還ったのかと思ってたよ」
「……フン」
部屋の中央で丸まって眠りについていたオルタはのそりと上体を起こすと、億劫そうに立ち上がった。両者、無言で見つめ合うこと数秒──。こつりこつりと足音を鳴らし、互いの距離を縮めたのはオルタの方だった。
「……終わったのか」
「うん、おかげさまでね」
「そうか」
「オルタは……──」
「お前の好きにすればいい」
「え?」
「お前の命令に従うまでだ」
「でも──」
「俺が不要であれば、強制的に座に還すなりなんなりすればいいだろう」
戦闘機械に意思などなく。オルタは自らの存在意義を己がマスターに委ねた。波琉はオルタから視線を外すと、考えるようにして目を伏せた。時が止まったかのような錯覚を覚える程、静かで長い時間が通り過ぎる。オルタは考え込む波琉をただ見つめていた。──ふるりと睫毛が揺れる。意思が固まったのか、波琉がゆっくりと顔を上げた。かち合う視線は力強さを孕んでいる。
「オルタ」
「……なんだ」
「もうオルタの望むような戦いはないかもしれない。それでも、このカルデアに……わたしの元に残ってほしい」
凛とした声。真っ直ぐに見据える双眸。
呆れる程、純粋だった。
「……ああ、お前が必要とする限り、俺は変わらずお前の槍だ」
そんな言葉がするりと口から飛び出たのは自分でも意外だった。馬鹿馬鹿しいと思いながらも《波琉》という真っ直ぐすぎる人間に、知らず知らずのうちに絆されてしまっていたのかもしれない。
──馬鹿げていたのは果たして、マスターとサーヴァント、どちらだったか。
「じゃあ、また改めてよろしくね」
破顔した波琉はオルタの眼前に右手を差し出した。召喚時、一度は馬鹿馬鹿しいと拒絶したその手をオルタはじっと見つめ──徐ろに自らの左手をそっと重ねた。嬉しそうに、即座にぎゅっと握り返してくる波琉の小さな手のぬくもりと柔らかさにオルタの口端が僅かに吊り上がった。
企画「運命の先へ」様に提出
20170218
|