冬の選抜大会が目前に差し迫った部活終わりの夜8時。景気付けにご飯でも食べに行こうと、三井は後輩の宮城と夏のインターハイで負った怪我からようやく復帰した花道と共に他愛もない話で馬鹿みたいに盛り上がりながら、夜道をゆっくりとした足取りで歩いていた。閑静な通学路に3人の笑い声が響き渡る。──冷たい風が吹きすさぶ。激しい練習で温まっていた体はいつの間にか熱が引いており、三井はぶるりと身を震わせた。ずずっと鼻をすすると首元の隙間を埋めるようにマフラーを顎元まで引っ張り上げる。今日の空は雲一つない綺麗な夜空だった。空気が澄んでいるのか、いつもより一際星が輝いている。鼓の形をしたオリオン座が空に浮かんでいるのを見つけた三井はふと、星が好きだと笑うクラスメイトのことを思い出した。オリオン座の左上、赤く光るはベテルギウス、その付近で最も明るく輝くのはおおいぬ座のシリウス、その2つを頂点にしてオリオン座の左側に正三角形を形作るようにして線を伸ばすと、線と線が交わる場所にこいぬ座のプロキオンが見つかる。夜空で美しく光輝く3つの星が形成する正三角形を『冬の大三角』と教えてくれたのは彼女だった。
──今夜は本当によく星が見える。そう思うと自然と足が止まった。急に立ち止まった三井に気づいて宮城と花道も二、三歩遅れて立ち止まる。今までこの場を取り巻いていた笑い声が止み、辺りは静寂に包まれる。三井は空を見上げながら突っ立っている。

「どうしたんです?三井サン」

宮城が声をかけると、ハッと我に返った三井はバツが悪そうに後頭部に手をやった。

「……あ、悪りぃ。用事あるの忘れてたわ」
「ちょっと、ミッチー!メシは!?」
「悪い!また今度な」

驚いたまま立ち尽くす2人をよそに三井は駆け出した。唐突に彼女──波琉に、会いたいと思ったのだ。走る、走る。ただひたすらに走る。呼吸が乱れる。疲弊した体は少し走っただけで悲鳴をあげた。しかし、これもトレーニングの一環だと思えば苦ではなかった。ずぶずぶと重くなっていく体に鞭を打って三井は無我夢中で走る。肩で息をしながら駅へ辿り着くと、改札を抜け、帰り道と逆方向のホームへと向かう。そしてそのままタイミング良くやって来た電車に飛び乗った。
視界に入った空席に座り込み、呼吸を整える。目を瞑るとすぐさま記憶を辿った。確か波琉は最寄り駅のすぐ近くのコンビニで働いていると言っていた。最寄りはここから2駅先、だったはずだ。三井は目を開けると、息を吐き出して背凭れに全身を預けた。電車はゆっくりとスピードを上げる。目で追えていた景色も徐々に追えなくなり、残像だけが三井の目に焼きついた。あと2駅、たった2駅が馬鹿みたいに遠く感じられた。




朧げな記憶を頼りに、半ば衝動的に辿り着いたコンビニを遠目に眺める。電車を降りてからやたらと心臓の鼓動が早い。波琉に会うだけなのに柄にもなく緊張してしまっているらしい。「こんなの、オレらしくねぇな」と三井は口端だけで笑うと、波琉がバイトしているコンビニへ向かった。
ガラス扉越しにレジカウンターで客の応対をしている波琉が見えた。学校での格好と違い、青いストライプ柄のコンビニ制服と髪を結い上げている姿に新鮮さを覚えた。扉を開閉し、店内に入るとバイトに勤しむ波琉を横目に雑誌コーナーを通り抜け、ぐるりと店内を回った。商品棚を物色しながら、ちらちらとレジの様子を窺う。しばらくするともう1人の店員がレジカウンターに休止中の札を立て、店内奥へと引っ込んだ。そのタイミングを逃すまいと、三井は適当に選んでいた腹持ちのいい惣菜パン2つとお茶を手に持って波琉の元へ向かった。気恥ずかしさが三井を襲う。

「いらっしゃいませ……って、あれ、三井くん、奇遇だね」
「お、おう。そうだな。……あと肉まん1つ」
「あ、うん」

奇遇だなんてあり得るはずがない。三井は明確な意思を持ってここに来た。だが、会いたくなって会いに来たなどと言えるはずもなく、言葉を濁した三井は慣れた手つきでレジをこなす波琉の手先をじっと見つめる。

「576円になります」
「あのさ──」
「うん?」
「……あー、なんつーか。今日は星がよく、見えるな」

からからと渇いた喉から声を絞り出す。自分でも何が言いたいのかよく分からなかった。妙な沈黙が続く。しばらくきょとんと固まっていた波琉はふっと吹き出すように笑うと「そうだね」と呟いた。それだけでかあっと顔が熱くなったような気がした。まともに波琉の顔を見ることができない。三井は手に持った財布に目を落とし、取り出した600円をカウンターに置いた。

「はい、お釣りとレシート」
「……おう」

差し出した手のひらに波琉の指先が一瞬だけ触れた。柔らかくて温かい。波琉から受け取った釣銭を少しだけかっこつけて募金箱に入れると、三井はビニール袋を掴み取ってそそくさとコンビニを出た。扉を開閉する直前「ありがとうございましたー」と波琉の透き通るような声が耳朶に触れた。
外に出ると、三井は軒下に設置してあるベンチに身を投げ出すようにして座った。ざわざわと気持ちが落ち着かない。鼓動もひどく喧しい。それらを誤魔化すようにして、がさごそとビニール袋からお茶と肉まんを取り出すと、ひとまず渇ききった喉を潤そうとお茶を勢い良く流し込んだ。ごくりと大きく喉を鳴らしながらペットボトルの約半分を飲み干したところでほっと一息つくと、徐々に気持ちが落ち着きを取り戻し始めた。夜空には冬の星が煌々と瞬いている。冬の大三角以外は知らない星ばかり。三井は温かい肉まんを大口で頬張りながら、今度は他の星のことも波琉に教えてもらおうと思った。



title by へそ
20170522 - Sirius

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