※生前捏造話。ガバガバ設定注意
それはそれはたいそう賑やかな夜だった。
アルスター国王の居住する城では盛大な宴が執り行われていた。中庭の中心には篝火が焚かれ、その周りで赤枝の騎士団の戦士達が酒を飲み、肉を食らっている。ドルイドになるための修行中の身でありながら、どういうわけか宴に招待されたバードの付き人として城に連れてこられたハルは庭の片隅で杯を片手に遠目で彼らのはしゃぎっぷりを見つめていた。彼らの中心にはアルスターの大英雄クー・フーリンがいて、その隣には彼の──つい最近娶ったばかりの美しい妻が寄り添うように座っていた。バードが歌をつくり、宴席を大いに盛り上げる。気分が高揚した戦士達は酒を浴びるように飲んでは、詩歌に合わせて踊りを踊った。バードが紡ぐその調べに耳を傾けながらハルは杯に残った酒を飲み干した。もてなしとして絶え間無く杯に注がれる酒と馴染むことのできない場の空気に、思わず自分は場違いな人間なのではないかと居たたまれなくなる。ハルはそんな賑やかな宴から逃げるようにしてこっそりと城を抜け出す。誰も彼も自分がいなくなったことなど、気づきやしないだろう。
暗闇の中、ふらつく足元の感覚だけを頼りに歩いた。宴の喧騒と充満する酒の匂いよりも張りつめた静謐さを感じる自然の中で過ごす方が好きだとハルは思った。ひんやりとした風が草原を揺らす。草の匂いも風によって葉が擦れる音も柔らかい地面の感触もひどく気持ちが良かった。ふと、空を覆っていた雲が途切れ、切れ間から満月が顔を出した。月明かりに照らされた草原が青白い光を帯びる。ハルは振り返って城を見上げた。城壁の向こうから楽しげな歌声や笑い声が漏れ聴こえ、篝火が煌々と城を赤く染めていた。その景色をじっと見つめていたハルは視線を外すともう一度城に背を向けて歩き出す。ローブの裾を掴み上げ、歌を口ずさみながらあてもなく草原をぶらついた。
しばらく歩き続けていると、草原の中に巨大な岩が横たわっているのを見つけた。どっしりとした出で立ちのそれを見たハルは一旦ここで休憩しようとローブの裾を腰元までたくし上げ、岩に手足を掛けると勢いをつけてよじ登った。目線が遥かに高くなり、思わず笑みを浮かべた。たくし上げていたローブの裾を下ろし、軽く皺を払うとその場に寝転がった。眼前に広がるは濃紺の空と燦めく銀の星。今宵は美しい星が見える。鬱々としていた気分が少しだけ晴れるような気がした。ハルは目を閉じる。しんと静まり返った空間、時折聞こえる虫の音。そして飲み過ぎた酒の力も相まって、ハルはすぐに意識を手放し、深い微睡みの中へと沈んでいった。
「宴を抜け出したかと思えばここにいやがったか」
沈み込んだ微睡みから意識が浮上する。静寂な空間を引き裂いた聞き覚えのある快活な物言い。それは紛れもなく──。
「どうして、ここに……?」
反射的に起き上がり、声が聞こえた方を向いた。そよぐ風に揺れる絹糸のような青い髪はまるで女のように美しい。精悍な顔立ちに、鍛え上げられた身体。そして半神の証である深紅の瞳。宴の中心にいるはずのアルスターの大英雄、クー・フーリンが何故か岩下に立っていた。
「気づいたらお前さんの姿が見えなくなったもんでな、探しに来たっつーわけだ」
「何も貴方が探しに来ることではないのに。貴方の同胞も、奥さんも心配するでしょう?」
「姫さんには気分転換に城の周りを奔放してくると言ってある。他の奴らは……まあ、酒に酔ってるから気づいてねぇだろ」
からからと笑ったクー・フーリンは「よいしょ」と軽やかに岩をよじ登ると、ハルの隣に胡座をかいて座り込んだ。その一瞬、互いの体が触れ合う。ほんの少し掠っただけなのに触れたところから徐々に熱が広がっていく。
「星読みでもしてたのか?」
「あっ……ううん、疲れたからちょっと寝てただけ」
「ふーん」
クー・フーリンは膝に肘を立て頬杖をつきながら空を見上げている。ハルは横目でちらりとクー・フーリンの顔を盗み見た。呼吸音を感じられる程すぐ隣にいて、肩口から伸びる逞しい腕に思わず触れたくなってしまいそうになる。その腕に抱かれたいと思ってしまう。けれど、それは願ってはいけない。求めてはいけない。クー・フーリンとハルは良き友人という関係でしかないのだから。なんて不毛な想いを抱いているのだろうか。決して振り向いてくれることなどありはしないのに。報われない。救われない。恋い焦がれた想いを必死に消し去ろうとしても心臓の鼓動は逸り続けたままだった。
「あっ」
クー・フーリンが空を見上げたまま短く声を上げた。つられてハルも視線を夜空に移す。すると、眩い閃光が一筋、夜空を駆け抜けた。一瞬のうちに強い輝きを放ち、残像だけを残して消滅したそれは今を苛烈に生きるクー・フーリンに何処となく似ていた。
《今日、騎士になる者は後世に語り継がれる程の偉大な英雄となるが、その生涯は短く、そして儚く終わる》
かつてドルイドの予言を聞いたクー・フーリンは騎士となるため王の元を訪れた。槍を壊し、剣をへし曲げ、チャリオットまで踏み壊して自分の力を見せつけた彼は王に騎士になることを許され、武器を与えられた。若くして戦士となった彼は数々の武勲を打ち立てていく。それは瞬く間にアルスター中に広がっていき、今ではもうアルスターにクー・フーリンの名を知らぬ者はいなかった。ドルイドの予言通り、彼は後世に語り継がれるべき英雄となりつつある。苛烈に燃えている彼の命はいつまでその輝きを保っていられるのだろうか。
「──んじゃまあ、そろそろ戻るとするか」
そんな声に、感傷に浸っていたハルはハッと我に返る。座っていたはずのクー・フーリンはいつの間にか立ち上がっていてハルを見下ろしていた。耳元で小さく揺れるすいらい型の銀の耳飾りがきらりと光を反射した。
「あ、うん、そうだね」
「──ほらよ」
立ち上がろうとすると手を差し伸べられた。掴まれということなのだろう。ハルは躊躇った。触れてしまってもいいものだろうか、と。渋るハルに対して早くしろと催促するようにクー・フーリンは差し出した手を小刻みに上下に振った。ハルはクー・フーリンの顔と手を交互に見やり──大人しく手に掴まった。ぐいっと引っ張り上げられた一瞬、力強く握られたクー・フーリンの大きな手はごつごつと骨張っていて、少しカサついていて、それでいて泣きそうな程に温かった。
title by 慧誓
20170628
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