3つ目の特異点・オケアノスの定礎復元が終わった後のこと。旅の道中に手に入れた聖晶石を持って、召喚部屋へ赴いたマスター・藤丸立香が新たなサーヴァントの召喚に成功した。召喚儀式に立ち会っていた波琉は目の前で回転する眩い光の輪に目を細めながら、召喚陣の中心に現れ始めたサーヴァントの姿を垣間見る。やがて辺りを支配していた光と風が弱まっていくと、サーヴァントの姿がよりハッキリと視認できた。残風に揺れるすいらい型の銀色のイヤリングがキラリと光る。見覚えのある風貌に「あっ!」と波琉と立香の声が重なった。2人は──いや、カルデアの全員が彼を既に知っている。朱槍を携えているということは、本来召喚されるべき全盛期の姿であるランサークラス。

「クー・フーリン、召喚に応じ参上した」

徐ろに持ち上げられた瞼の隙間から見えた赤色に波琉の心臓はどくりと嫌な音を立てた。真っ直ぐに立香を見据えるその双眸が、何故だか血の色に見えて仕方がなかった。途端にとてつもない恐ろしさを感じ、無意識に指先が小刻みに震える。

「アンタがマスターか?」
「うん、初めまして。私は藤丸立香。これからよろしく!」
「おうよ。こちらこそ世話になるぜ、マスター」
「ここには違う側面を持って現界した貴方がいるから、区別をつけるためにも『ランサー』って呼ばせてもらうね」
「なんだ、違うオレも現界してやがるのか。……まあ、マスターの好きなように呼びな」

立香とクー・フーリン──ランサーの会話が耳に入ってくる。波琉は立香のコミュニケーションスキルの高さにいつものごとく感心しつつも、早くこの密閉された空間から脱出したいとばかり考えていた。すると2人の会話がふいに途切れ、ランサーの目が波琉を射抜いた。その赤に、視線の鋭さに息が詰まる。マスターである立香の後ろに控えている波琉が一体何者なのか、窺い知れないのだろう。ランサーは無表情でじいっと波琉を見つめていた。普段の波琉ならここで自己紹介をするのだが、恐怖からか、喉が引き攣ってしまい上手く声が出せなかった。本能が警鐘を鳴らしている。──危険だ、と。波琉はランサーの射抜く視線から逃げるように目を逸らすと、吹き出た汗が背中を滑り落ちていくのを感じながら、手に持っていたバインダーをぎゅっと握りしめる。

「あっ!こちらはカルデア所員の波琉さん。いつもこうやって召喚に立ち会ってくれるんだ」

立香の、自分を紹介してくれる声に波琉はランサーの足元に視線を泳がせたまま小さく会釈した。

「…あっ、その……初めまして、波琉、と言います」

ようやく絞り出た声が震えそうになるのを抑えながら、名前を名乗るとランサーから「よろしくな」と言葉が返ってきた。快活な口調ではあったが、向けられる視線だけはその実、波琉のことを上から下までじっくり観察しているように感じた。

「じゃ!互いに自己紹介も終わったところで、ランサー、カルデアを案内するね!」
「……。ああ、頼んだマスター」

立香の一言により、波琉の全身を絡め取っていた視線が気配を消す。ようやくまともに呼吸ができた波琉は、立香とランサーに気づかれないようにそっと息を吐き出した。
2人に続いて部屋を後にした波琉は歩くスピードを落として数歩分の距離を置くと、立香からの説明を聞いているランサーの様子を盗み見た。──理由は分からない。サーヴァント相手にこれほどの恐怖を覚えたのはランサーが初めてだった。立香から自分に視線が移った時の、あのギラリと光った鮮明な赤を思い出すだけでぶるりと体が震える。しかし、単純に赤い瞳が怖いということではない。何故ならこのカルデアに現界しているサーヴァントの中にはランサーと同じ霊基を持つキャスタークラスのクー・フーリンや、かの英雄王の幼少期である子ギルをはじめとする赤い瞳を持つ者が既にいたからだ。波琉は彼らの瞳には何の恐怖も感じない。だというのに何故、ランサーの赤い瞳だけに恐怖を抱き、血を連想してしまうのか。考えても考えても波琉は答えを導き出すことはできなかった。


俊敏さ、生存力の高さに長けたランサーは今までに数々の聖杯戦争を経験してきたということもあり、すぐさま霊基を限界まで引き上げられ、前線に駆り出されるようになった。そのため波琉はランサーと管制室で顔を合わせる機会が増えたが、苦手意識が改善されることはなかった。このままではいけないと頭では理解しているが、あの赤い瞳が少しでも自分に向けられると心臓が激しい音を立てて脈打ち、じわりじわりと恐怖に呑み込まれてしまうのだ。しかし、波琉はカルデア所員の一員であり、日々命懸けで特異点へと旅立つ立香やサーヴァント達をサポートする立場にあった。どうにかして苦手意識を克服しなければ──。そのためにまず『ランサー』としてのクー・フーリンを改めて知ることが必要だと、波琉は考えた。語り継がれてきた物語だけでは分からない人となりを知ることが恐怖を克服するきっかけになるかもしれない、と。




次の特異点の座標の割り出しが引き続き行われているため、立香やマシュ達実働部隊の面々はオフ日となった。と言っても日々の鍛錬を怠らない立香はマシュと数人のサーヴァントを連れて、朝早くからカルデア内にある戦闘シミュレーション室にこもっていた。もちろんそこには波琉の苦手とするあのランサーも同伴している。そのことは今日のブリーフィングで確認済みだ。これはまたとないチャンスだと言わんばかりに、波琉は上司のロマニに頼み込んで半休をもらい、食堂の番をしているであろうエミヤの元へ足を運んだ。

「……何?ランサーのクー・フーリンについて教えて欲しいだと?」

あからさまに怪訝な顔をしたエミヤに、波琉は眼前で両手を合わせて必死に頼み込む。──エミヤとランサーはかねてから因縁があるらしく、顔を合わせる度に小競り合いを繰り広げていた。喧嘩する程仲が良いという言葉の通り、ランサーの人となりをよく知るであろうエミヤに聞けば、何かきっかけが掴めるのではないかと波琉は踏んだのだった。それにエミヤは波琉がランサーに恐怖心を抱いていることを知る、数少ない人物のうちの1人でもある。

「お願いします……!」
「……はぁ。全く、キミは──」

やれやれと肩を竦めながらもエミヤは頼み事を聞いてくれた。少し話が長くなるだろうと、カウンター席に腰を下ろすよう促された波琉の目の前にエミヤ特製の紅茶が差し出された。「では、少し癪に触るが……ランサーの話をするとしよう」との前置きから始まった話に波琉は背筋を正し、真剣な面持ちで聞いたのだった。


様々な文献の記述からは読み取れなかったランサーの人となりを──多少、エミヤの個人的意見が混ざりつつあったが──随分と知ることができた。

「私がランサーについて知り得るのはこれぐらいだが……満足していただけただろうか?」
「はい、ありがとうございます!助かりました!」
「そうか」

にこやかな笑みを浮かべたエミヤは一旦言葉を切ると、目線を波琉から波琉の後ろへと移した。

「では、ここから先は本人に聞くといいだろう。──なあ、ランサー?」
「……え?」
「随分と勉強熱心だな、嬢ちゃん」

すぐ後ろであの快活な物言いが聞こえ、波琉は反射的に振り返る。

「え、わ……っ!」

いつの間に入り込んだのか。いや、そもそもどうしてここにいるのか──。波琉の背後には立香と共にシミュレーション室にこもっているはずのランサーが立っていた。反射的にランサーの顔から視線を逸らすと、視界の端に緩やかに弧を描いたランサーの口元が見えた。飄々としているランサーとは対照的に波琉の心中はざわざわと波立っていく。恐怖で体が竦む。一体これはどういうことなのかとキッチンに視線を投げかけると、先程までいたはずのエミヤはいつの間にか霊体化して姿を消しており、キッチンはもぬけの殻になっていた。あいにく食堂には波琉と、そしてランサーの2人しかいない。

「あれ、エミヤさ──」
「しかしまあ、オレのことを他の男……よりによってアーチャーに聞くなんざ、感心しねぇな」
「……え?」

ドスのきいた低い声が聞こえたかと思うと、ぐっと肩を掴まれて顔を覗き込まれた。不意打ちの出来事に抵抗する間も無く、ランサーの端正な顔に視界を覆われた。鼻と鼻が触れ合う距離に波琉はハッと息を呑む。目の前には鮮明な赤。他のサーヴァントとは違う獰猛な、赤。波琉は恐ろしくも美しいその色に引き込まれる。ランサーの瞳の中には引き攣った表情を浮かべた自分が映り込んでいて、我ながらなんてひどい顔だと思った。

「……やっと、目が合ったな」
「……っ」

嬉しそうに、ランサーが笑う。

「ハル」
「──!」
「知りたいなら、教えてやろうか?」

低く、甘美な声に波琉は胸がひどく騒がしくなるのを感じた。それは恐怖からなのか、それとも──。獲物を狙い定めるような獰猛さを孕んだ瞳に捕らえられたまま、波琉は自分の中で渦巻く感情の意味を必死になって考えていた。



title by 慧誓
20171014 - Antares

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