元軍人ということもあって威圧感のあるガッチリとした体格。端正ではあるが、あまり表情が表に出ない顔──。初めて出会った時は毒島メイソン理鶯という男に、ただただ怖いという印象しか持たなかった。だが、会う回数が増えていくにつれて理鶯の人となりを知っていった波琉は、気がつけばベースキャンプに週一で訪れては料理を教わる程に理鶯と親しい仲になっていた。と同時に、心に芽生え始めた理鶯への恋心。穏やかで優しく、それでいて紳士的な彼を好きにならないはずがない。しかし、理鶯はどうあっても《軍人》だった。軍人としての規律ある生活を営み、仲間のことを第一に考える理鶯に『恋愛』という二文字は存在しない。理鶯は誰に対しても平等に優しかった。そんな彼に全くもって付け入る隙はない。とはいえ、すくすくと育った理鶯への想いを簡単に捨てられるはずもなく──。ならばと、波琉は自分の気持ちをそっと胸に畳み、今までと変わらない立場でいようと心に決めた。料理仲間としてであれば、きっとこれからも理鶯の傍にいることができると思ったからだ。
しかし、ある日を境に波琉は理鶯との間に微かな距離を感じるようになった。普段、よく合う視線が合わなくなったり、肩を並べて一緒に料理をしていても腕や肘が当たらないような絶妙な距離を取られたり。喉に刺さった小骨のような──ほんの些細な違和感は消えるどころか、理鶯と会うにつれてどんどん膨らんでいった。距離を感じるようになったのはテリトリーバトルが終わってすぐの頃。だが、波琉が考える限りではバトルが始まる前も期間中も普段通りに接していたし、理鶯にも特別変わった様子は見られなかった。──日がな一日考えても思い当たる節がなかった波琉は、知らないうちに理鶯に嫌われるようなことをしでかしてしまったのかもしれない、と思うようになっていた。
思い悩んだまま、無為に時間だけが過ぎていく。こうして微妙な距離感をずっと取られ続けるのであれば、ゆくゆくは理鶯との関係を終わらせなければならないのかもしれない。それはすなわち、理鶯とは二度と会わないということ。──ただ、理鶯に対していだく友人以上の想い、積もり積もった想いに、すっぱりと諦めがつくのだろうか。


はあ、と深い溜め息が無意識に零れる。いつにも増して重い足取りで駅に向かって歩いていると不意に「ひどくお疲れのようですね」と声をかけられた。聞き覚えのある声に振り返った視線の先、煙草店の前で一服している銃兎と目が合った。

「入間さん……!」
「こんばんは、神坂さん。ご無沙汰しています」
「仕事帰りですか?」
「ええ、今しがた。それで少しここで一服していまして」

そう言って銃兎は手に持っていた煙草を口に咥え、煙を深く吸い込んでゆっくりと吐き出した。ゆらゆらと立ちのぼっていく煙を波琉は目線だけで追いかける。

「不躾なことをお聞きますが、何か悩み事でも?」
「え?」
「顔に書いてありますよ」
「え、あ……」

思わず顔を押さえると、銃兎が軽く笑う。

「私で良ければ相談に乗りますよ」

その言葉に波琉は息を呑んだ。──そうだ、入間さんなら理鶯さんの様子が変わった理由を知っているかもしれない。そう思った波琉は銃兎に向かって「お願いします」と頭を下げた。
近くの喫茶店に入り、波琉は掻い摘んで銃兎に悩みを打ち明けた。テリトリーバトルの後から理鶯に少し距離を置かれているような気がしていること、距離を置かれるような原因に全く持って身に覚えがないこと──。胸の内を明かし終えると、銃兎は目を丸くして波琉を見つめていた。

「ちょっと待ってください、貴方は理鶯と付き合っていないのですか?」
「え、どういうことですか」
「そのままの意味ですよ。私は……いや、左馬刻もですが、理鶯と貴方はとうの昔にお付き合いしているのかと」
「そ、そんなわけ……!」

ありませんよ、という言葉は上手く声にならなかった。理鶯に一番近しい存在である左馬刻や銃兎からそんな風に思われていたのかと波琉は嬉しい反面、切なさで胸が苦しくなった。

「では、理鶯に理由を直接聞いてみたらいかがですか?──理鶯は貴方のことを嫌いになることはありませんから」

銃兎の思いがけない言葉に波琉は「えっ?」とつい聞き返してしまう。だが、銃兎はにこやかな笑みを浮かべるだけでそれ以上の言葉を紡ぐことはなかった。


──理鶯に理由を直接聞いてみたらいかがですか?銃兎の言葉が頭の中で繰り返し再生される。銃兎と別れ、帰宅した波琉はスマホを片手にあれこれと考えていた。ディスプレイには理鶯とのメッセージ画面が開かれている。どんな文面でメッセージを送ろうかと、打ち込んでは消して打ち込んでは消してをずっと繰り返している。もういっそのこと、シンプルに『話があります』と送ってしまおうか。

《理鶯さん、お久しぶりです。突然ですが、少しお話ししたいことがあるのでお会いできませんか?時間はいつでも構いません》

えいっと、勢い良く送信ボタンを押して波琉は打ち込んだ文章を送る。理鶯さんは返事を返してくれるのだろうか──期待と不安が脳裏を去来する。スマホをテーブルの上に投げ出してじっと待っていると、しばらくしてからスマホが短く震えた。その振動にびくりと肩が揺れる。恐る恐る手に取ったスマホの画面を確認すると、理鶯からのメッセージが届いていた。

《了解した。小官はいつでも構わない》

簡素ながらも、返事が返ってきたことにひとまず安心する。波琉は仕事が休みの土曜日に伺う旨のメッセージを送ると、緊張の糸が解けたかのように大きく息を吐き出した。




穏やかな日差しが木々の隙間から差し込む道を久々に歩いていた。この道の先に理鶯のベースキャンプはある。少しずつ上がっていく息と共に緊張感も増していく。波琉は木の幹につけられている理鶯が仕掛けた罠の目印に気をつけながら、なだらかに続く坂道を一歩ずつ踏み締めて進んだ。
やがて、理鶯が野営をしている場所に到着すると、まず目に飛び込んできたのはテントの前で作業をしている理鶯の背中だった。波琉の心が微かに震える。おずおずと歩み寄って行くと、波琉の気配を察知したのか、理鶯が瞬時に振り返る。一瞬だけぱちりと合い、そして逸らされた視線──。

「こ、こんにちは」
「よく来たな。そこに座ってくれ」
「あ、はい」

目で促された切り株に座ると、理鶯がステンレス製のスタッキングマグを両手に持って近づいてきた。「飲むといい」と渡されたのは波琉が好む理鶯特製のハーブティー。何処か余所余所しい態度を取っているにもかかわらず、こうして気を遣ってくれる理鶯の優しさに鼻の奥がつんとした。じんわりと滲み始めてきた視界に波琉は慌ててハーブティーを流し込む。ハーブティーの優しい味に心が少し落ち着きを取り戻した。小さく息をついて、目線だけで理鶯の様子を窺う。理鶯はマグカップをサイドテーブルに置き、波琉の対面にある切り株に腰を掛けたところだった。

「話とは、なんだろうか」

その言葉に波琉もマグカップをテーブルの上に置いて、居住まいを正す。

「──あの、単刀直入に、聞きます。わたしは理鶯さんに何か失礼なことをしてしまったのでしょうか?テリトリーバトルの後から理鶯さんに距離を置かれているような、そんな気がして……」
「それは──」
「わたしは……理鶯さんのことが、好きです。でも、理鶯さんがわたしのことを嫌いになってしまったのであれば、もう二度とここに来ないようにしますから……」

そう言って波琉は目を伏せた。木の葉を揺らす爽やかな風がそよそよと吹いているのに、2人の周りだけはひどく重苦しい。波琉は膝の上でぎゅっと握り拳を作り、理鶯の次の言葉を今か今かと待っていた。

「波琉に非などない。全ては小官自身の問題なのだ」

予想だにしていなかった言葉が耳朶に触れて、波琉は顔を上げた。凪いだ海のような瞳の奥がゆらゆらと揺れている。今まで見たことのない表情に一瞬、呼吸を忘れた。

「テリトリーバトルの決勝戦で、小官は対戦相手に『男臭い』とディスられたのだ」

もちろん、そんな柔なディスは理鶯の強靭な精神力には全く効かなかった。だが、テリトリーバトルが終わって久しぶりに波琉に会った瞬間、『男臭い』というディスとそのディスをぶつけてきた相手が纏っていた甘ったるい香水の匂いが脳裏に蘇り──。

「サバイバル生活をする中でも身なりには十分に気をつけていたつもりだったが、ふと波琉にどう思われているのか気になってしまった。小官は少しでも迷惑にならないようにと、気を遣ったのだが──この行動が返って波琉を傷つけることになっていたのだな」

そういう理由だったのか。ずっと心の奥に引っかかっていた蟠りが取れたような気がして、波琉はホッと安堵の息をつく。

「すまなかった」
「い、いえ……!」
「小官を許してくれるだろうか」
「も、もちろんです!理鶯さんに嫌われてなくて良かった……」
「嫌いになどなるわけがない」

再び波琉を射抜く視線。そこには見たことのない熱がこもっていた。理鶯は貴方のことを嫌いになることはありませんから──銃兎の言葉が不意に頭に浮かんで、鼓動が高鳴った。胸に畳んでいた気持ちが一気に溢れてしまいそうになる。

「ところで、小官を好きだと言っていたが」
「あー、それは言葉の綾というもので……。理鶯さんとはこれからもお友達として……」

波琉の言葉を遮るように理鶯は腰掛けていた切り株から立ち上がり、その場で片膝をついた。一瞬にして距離が近くなる。

「言っておくが、小官は誰に対しても優しい男ではないぞ」
「えっ、と……──」
「つまり、小官も波琉を好いているということだ」

まさか、それが最初に頭に浮かんだ言葉だった。理鶯が自分を好いてくれているなんて、まるで夢でも見ているような──。驚きと気恥ずかしさの連続で思考回路はショート寸前だ。「小官と波琉の『好き』は一緒ではないのか?」そう問いかけられた波琉は思考が上手くまとまらない中で、何とか声を絞り出した。

「一緒、です。理鶯さんが好きです。──優しくて温かくて、それでいて男臭い……そんなあなたが、一番好きです」

声は次第に尻すぼみになってしまったが、理鶯は嬉しそうに笑った。「そうか、ありがとう」と、理鶯の顔がゆっくり近づいてきて──波琉は反射的にぎゅっと目を瞑る。程なくして、ふわりと鼻腔を擽ったのは香水のような甘い匂いではなく、大自然の優しい匂いだった。



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20200509 - req boxより毒島メイソン理鶯で甘い話「そんなあなたが一番すきよ」

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