※転生パロ、微グロ表現あり

視界いっぱいに広がるのは、瑞々しい深緑に色付いた木々とそれらに不釣り合いな赤色だった。
飛び散った赤黒い血、敵も味方も入り乱れた死屍累々たる酷い有様に言葉を失う。ざわざわと木々が騒めき、風に乗って血と死の臭いが鼻をついた。一歩、また一歩と足を繰り出すと、まだ乾ききっていない血が纏わりつく。その感触に思わず眉を顰めるが、ここは迷っている場合ではない。短く息を吐き、覚悟を決める。ローブの裾を膝までたくし上げて、更に森の奥を目指して走り出した。ある男の無事を必死に祈りながら、屍を越え、脇目も振らず走り抜ける。
道なりに進み、入り組んだ森をようやく抜け出せたとホッとしたのも束の間、目に飛び込んできたのは鎮座する巨石に自らの身体を朱槍でもって縛り付け、立っている男だった。周りに広がっているのは身に纏った青の装束とは対照的な赤、赤、赤。



「──っ!」

反射的にベッドから飛び起きる。まだ朝晩は冷え込む季節だというのに、汗をぐっしょりとかいていた。──嫌な、夢を見た。右手を額に当て、俯く。

「なんて夢見の悪い」

そう小さく呟いた波琉は上に乗っていた掛け布団を剥ぎ、のろのろとベッドから抜け出す。ローテーブルに置きっ放しだったスマホのホームボタンを押して時間を確認すると、時刻は午後1時。今日は大学の授業もバイトもない完全休日のため、久々に朝から街へ繰り出して風景画を幾つか描こうと予定を立てていたのだが──あの悪夢によって見事に狂わされてしまった。波琉はふらふらした足取りで床に散らばった絵の隙間を縫うようにして台所へ向かうと、戸棚からガラスコップを取り出し、水を汲んだ。生温いそれを煽ると、口端から少し垂れた水を手で拭う。──激しい動悸は未だ治らない。
大学進学の関係でこの冬木の地に越してきてから、波琉は妙な夢を見るようになった。まるで自身が体験しているかのようなリアル過ぎるそれは、今よりも遥か昔の時代の、とある男を映した。だが、今日の夢は堪えた。何せ、男の最期の姿だったのだから。初めて見るその壮絶な死に様を思い出すだけで、腹の底から何かがせり上がってきそうな気がした。急いでコップに残った水を飲んで気持ちを落ち着かせると、波琉はまた同じ道筋を辿り、ベッドへと戻った。ごろんと大の字で寝転がり、真っ白な天井を見つめる。脳裏にこびりついた夢の残像がちりちりと胸の奥を焦がし始めていた。




波琉が家を出たのはそれから1時間後のことだった。スケッチブックと道具一式を詰め込んだリュックを背負い、最近新しく買い替えたパステルブルーの折りたたみ自転車に乗って、家の前を通るなだらかな坂道を駆け下りる。──冬木市・深山町。波琉が住んでいるそこは、閑静で治安も良く、武家屋敷や異国情緒漂う西洋の屋敷が厳かに立ち並んでいる、古き良き風景が残る場所。大学へ行くには多少の不便はあったが、和洋折衷なその不思議な街並みに心打たれ、波琉は居を構えたのだった。
今日は深山町とは反対に、都市開発が進んでいる新都側を中心に探索するはずだったが、予定変更。川の手前にある海浜公園へと向かう。自転車で15分、辿り着いた海浜公園は平日の午後とあってか、物寂しい雰囲気が漂っていた。深山町と新都を分断する未遠川にかかる冬木大橋、そしてその向こうに小さく見える新都のランドマークであるセンタービル。それらが良く臨めるベンチに波琉は座り、リュックから道具一式を引っ張り出した。折り畳み式のイーゼルを組み立て、F4サイズのスケッチブックを立てかける。愛用の鉛筆を握り、迷いなくその真っ白なスケッチブックに線を描いていく。


視界いっぱいに広がるのは、瑞々しい深緑に色付いた木々とそれらに不釣り合いな赤色だった。
飛び散った赤黒い血、敵も味方も入り乱れた死屍累々たる酷い有様に言葉を失う。ざわざわと木々が騒めき、風に乗って血と死の臭いが鼻をついた。一歩、また一歩と足を繰り出すと、まだ乾ききっていない血が纏わりつく。その感触に思わず眉を顰めるが、ここは迷っている場合ではない。短く息を吐き、覚悟を決める。きっと、この先にいる──。ローブの裾を膝までたくし上げて、更に森の奥を目指して走り出した。ある男の無事を必死に祈りながら、屍を越え、脇目も振らず走り抜ける。
道なりに進み、入り組んだ森をようやく抜け出せたとホッとしたのも束の間、目に飛び込んできたのは鎮座する巨石に自らの身体を朱槍でもって縛り付け、立っている彼だった。周りに広がっているのは身に纏った青の装束とは対照的な赤、赤、赤。

「──!!」

私は彼の名前を叫んだ。限界に近い体力を振り絞って彼の元へ駆け寄った。唯一無二の相棒であった朱槍は彼の身体の中心を貫いている。──まさか、あの大英雄がこんな簡単に死んでしまうだなんて微塵にも思わなかった。私は彼の亡骸に向かって語りかける。

「結局、貴方は一切見向きもしなかったわね」

女のために生き、戦い、そして女の恨みを買って死んでいった彼はまさに英雄色を好む人間だった。いつだって女を口説き、抱いてきたにも関わらず、私だけは違った。もう幾年もの付き合いになるというのに、口説かれることもましてや抱かれることもなかった。きっと女としての魅力がなかったのだろうと思う。けれど肯定も否定もなく、ただ言葉を濁されるだけで結局理由を教えてくれることはなかった。

「こんなに早く死んでしまうのだったら、一度くらい抱いてくれても良かったのに」

だらりとぶら下がっている右腕を手に取る。彼の勇ましい手はこんなにも冷たかっただろうか。力を入れて握ってみるも、握り返してくることはない。

「──」

恋い焦がれた彼の名を呼ぶ。もちろん返事はない。血に塗れた彼の腕にそっと顔を寄せて、私は口付けを一つ落とした。



視界がぐらり、と揺れる。自分の意識は一体何処へ行っていた──?ハッと我に返り、スケッチブックに視線を落とすと、そこには夢に見た男の壮絶な死に様が描かれていた。どうしてこんなものを描いてしまったのか、波琉は無性に怖くなり、思わず目の前のスケッチブックをイーゼルごと薙ぎ倒してしまった。バランスを失い、地面に落下するイーゼルとその衝撃で少し遠くに飛ばされたスケッチブック。波琉は肩で息をしながら、ぼんやりと自分の描いた絵を見つめていた。ああ、そうだ、自分は知っている。確かにこの男を知っている。朱槍を片手に戦場を駆け巡った偉大なる英雄を──。ほろり、涙が一つ零れ落ちる。

「……なかなかの絵を描くんだな」

人の気配に全く気づかなかった波琉は、突然聞こえた声に大きく肩を揺らした。スケッチブックを回収しようと慌てて立ち上がるも、それより早く、声の主がスケッチブックを掻っ攫っていく。

「──あ、」

その動作を目で追うようにして顔を上げると、鮮やかな青い髪をした痩躯の男が波琉の描いた絵をまじまじと見つめていた。

「よく描けてるじゃねぇか」

そう言って男は顔を上げ、波琉を見る。その瞬間、人間離れした双眸に波琉の背筋がぞわりと粟立った。怖いと思った、血のように鮮やかな赤い瞳が。それなのに、どうしてその色が懐かしい。目を逸らすことも体を動かすことも出来ず、ただ立ち尽くしている波琉に男が一歩、歩み寄る。

「ちったあ、いい女になったみてぇだな」

するり、少しかさついた男の掌が頬に触れ、親指で下瞼に残った涙を拭われる。触れられたところから、じくりと熱が疼く。心の奥が懐かしいと、愛おしいと震えている。その感覚に戸惑いながらも恐る恐る男の手に自分のそれを重ねると、男の目がギラリと輝きを増した気がした。口元が緩やかな弧を描く、その妖艶な表情がとても美しいと思った。

「──ずっと、こうして触れてほしかった」

脈々と伝わる熱はあの時感じることの出来なかったものだ。波琉は男の腕に顔を近づけていく。自分ではない自分がかつてしたように、そっと口付けを落としたのだった。



(腕へのキスは恋慕)
title by 邂逅
20160729

back