※第五特異点・ボイスネタバレあり

果てしなく広がる大地は赤に染まり、人間も動物も植物さえも存在しない死した場所と化していた。そこにただ独り君臨する王の後ろ姿を見る。彼は女王が願ったただ一人の──。


瞼をゆっくりと開ける。何度か瞬きを繰り返すと、ぼやけた視界が徐々に鮮明になっていく。目一杯に広がるのはひどく無機質な白の天井。そう言えばカルデアに帰って来たんだ、と天井の一点をじっと見つめながら思った。5つ目の特異点で立ちはだかった敵は今まで対峙したどの敵とも比べ物にならない強さを持っていた。『自らに並び立つ程の邪悪な王に』と聖杯に願った女王メイヴにより生み出されたクー・フーリン・オルタを前に、自分自身も共に戦ってきたサーヴァント達も常に生きるか死ぬかの瀬戸際に立っていた。そうした体力的にも精神的にもギリギリだった戦いに何とか決着をつけ、特異点の原因となった聖杯を手にしてカルデアに帰還したのが昨日のことだ。これで残る特異点は2つ。それらも今回と同様──いや、今回以上の強大な敵が立ち塞がるのだろう。波琉は右腕を天井に翳す。手の甲に宿った三画の令呪を見つめる。人理修復の旅に出てから、随分と心強いサーヴァント達が増えた。誰も彼も魔術の技術もない素人である自分をマスターと呼び、信じ、ついてきてくれる。しかし、このままではダメだ。今回の戦いでそれを身をもって感じた。

「もっと、強くならないと」

独りごちた言葉は部屋に溶けて消えゆく。サイドテーブルに置かれた時計に手を伸ばし、時間を確認する。起きるにはまだ早いが、二度寝しようにも目が冴えてしまっている。疲労感は若干残っているが、動けないことはない。

「……よし」

思い立ったが吉日。波琉は起き上がり、寝間着からカルデア支給の制服に着替える。乱れた髪を手櫛で手早く整えて、マイルームを飛び出した。基本的に休息の必要ないサーヴァント達もここ連日の戦いで随分と疲弊したのだろう、常に誰かしらが歩いている廊下はしんと静まり返っていた。自分だけがこの場に佇んでいて、まるで世界にたった一人になったみたいだと思った。こつりこつり、靴を鳴らしながら代わり映えのしない白い廊下を歩く。
延々と続く廊下を歩き続けて、ようやく召喚部屋に辿り着く。部屋に入り、暗がりの中で召喚陣の前に立つと大きく息を吸っては吐き出す。普段はマシュの盾を添えて召喚を安定させていたが、今、隣にマシュはいない。マシュの盾が無くとも召喚は可能だが、成功率はぐんと低くなる。召喚が成功するか、それとも誰も召喚されずに失敗に終わるか。逸る鼓動を感じながら、旅の道中で手に入れた触媒となる聖晶石を中心に投げ入れる。聖晶石に反応し、召喚陣が青白く光った。波琉は右手を翳す。強くなりたい、願うのはただそれだけ──。
巻き起こった風が髪や衣服を揺らす。陣の中心で高速回転する無数の光の球が輪を作り始めると、三重の輪となって部屋全体に広がる。その瞬間、光エネルギーは一気に収縮し、巨大な柱を形作った。衝撃に波琉は目を瞑り、両腕で顔をガードする。爆風に煽られて1、2歩後退ると、これ以上吹き飛ばされないように腰を落とす。最高潮に達した光と風は次第に弱くなっていき、波琉は周りを確認するようにゆっくりと目を開ける。チカチカする視界の端で、ずるりと何かが這ったような気がした。燦めく残光と塵埃の向こうで大きな黒い影が蠢く。

「クー・フーリン、召喚に応じ参上した」

英霊召喚は成功した。成功したのだが──。波琉は言葉を失う。目の前にいるのは紛れもなく先のアメリカにて対峙した狂王。百足のような刺々しい武装を纏い、伝承のものとはかけ離れた黒みがかった魔槍を持つ、変転した存在。ぞわり、背中が粟立つ。システムが不安定とはいえ、まさか聖杯によって創り出された存在を召喚してしまうだなんて。眉一つ動かさず、こちらを見下ろす彼はやはりアメリカの時と変わらず、表情たる表情が見えない。互いに目を逸らさず、睨み合いが続く。ピリリとした空気に息をすることさえも忘れてしまいそうで。こんな時、マシュがいてくれたらと切に思った。

「……おい」

鼓膜を揺らす低い声が部屋に響く。ひゅっ、と喉が鳴る。

「何をごちゃごちゃと考えている」
「……っ!」
「サーヴァントとして召喚された以上、やるべき事はやる」

ああ、そうだ、何をごちゃごちゃと考えている。彼は自分の『強くなりたい』という想いに応じてくれたサーヴァント。狂王としてアメリカの大地を食い荒らしていた彼との対峙は記憶に新しいが、今、目の前にいる彼はアメリカでの彼であって彼ではない。深呼吸をし、気持ちを整える。

「……召喚に応じてくれてありがとう、クー・フーリン。わたしは波琉。これから共に戦ってほしい」

右手を差し出す。しかし、クー・フーリン──オルタはその手をじっと見つめるだけで微動だにしない。しまった、いきなり馴れ馴れしくし過ぎたか?波琉は苦笑すると、手を下ろして後ろ手に組む。

「あー……とりあえず、一度バイタルチェックを受けてもらいたいから、ついてきてもらっていいかな?」
「ああ」

抑揚のない返答に波琉はうんと頷いて「じゃあ、行こうか」とくるりと踵を返す。バイタルチェックだけではなく、ロマニやダ・ヴィンチ、共に戦ったサーヴァント達にも色々と説明しなければならない。特に同じ霊格を持つキャスターのクー・フーリンには「何て奴を召喚してくれたんだ」と杖で小突かれそうな気がする。最悪、このカルデアで再び戦いが勃発するかもしれない。そうした嫌な予感を払拭するように頭を思いきり横に振る。大丈夫大丈夫、これまでだって特異点で敵対したサーヴァント達を召喚してきたじゃないか。今回もそれと同じだ、と自分に言い聞かせながら召喚部屋を出ようとすると「おい」とオルタに呼び止められる。足を止め、振り返ると、眼前に刺々しい尾がぬるりと伸びてきた。頭にハテナマークを浮かべた波琉はオルタの顔と尾を交互に見やる。比較的意思疎通が図れるとはいえ、彼はバーサーカークラスの身。一体何を考えているのか、波琉は腕を組んで懸命に考える。うーん、と小さく唸っていると、ある考えが頭をよぎる。もしかして──。波琉は「失礼しまーす」と断りを入れて、眼前で静止している尾に向かってゆっくりと両手を伸ばす。包み込むようにして触れた尾は硬く、それでいてひんやりしていた。改めて見るとすごい武装だなあ、と一人感心しながら、手を軽く上下に振る。抵抗もせず、されるがままのオルタは相変わらずの無表情。瞬きの少ない赤い目がじっとこちらを見ていた。

「満足か」
「あ、うん」
「なら、行くぞ」
「……え?」

手から離れた尾は何故か波琉の腰にするりと巻きつき、ホールドする。呼吸を阻害される程の締めつけはなく、苦しくはないが、反射的に波琉は足に力を入れて抵抗しようとする。しかし、いとも簡単に体は宙に浮き上がり、オルタと同じ目線まで持ち上げられる。「ひいい……っ!?」と声が漏れた。

「ちょっ、行くってこれで!?」
「お前は道を指し示せばいい」
「いや、でも自分で歩け──」
「あまり口答えするな。穿つぞ」
「ハイ、スイマセン。……えっと、部屋を出てそのまま道なりに進んでください」
「……了解」

波琉の指示に素直に従ったオルタは、ヒールをカツリカツリと鳴らして勢いよく歩き始める。その足音を聞きながら、波琉は今まで経験したことのない浮遊感に少しだけ不思議な心地良さを覚えるのだった。



title by 邂逅
20160820 - 超個人的☆5鯖初召喚記念

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