確かにそこにいた。


*デリヘル嬢と観音坂



インターホンを押して1分くらい。中から出てきたのは疲労感が滲み出てる青年。目の隈がまたすごいなこの人。
でも私を呼んだってことは睡眠欲より性欲が勝ったってことなんだろう。
「ご指名ありがとうございます、名前です。」
そう言うと彼は少し目を伏せて、顔を赤らめ部屋の中を指差し「・・・入って、名前ちゃん」と言った。
軽く頭を下げてから部屋の中に入る。なんだか散らかってるなこの部屋、紙類がすごい。この人そもそもスーツ着たままだし、社員証までつけたままだし所謂社畜なんだろうな。というかワーカーホリック??
やだなぁ、こんな社会人になりたくないと花の女子大生の私は思う。

ベッドに端座位になると、彼は床で正座した。ので、「えぇ....」と思いつつ私も向かい合う形で床に正座した。その後相手からなにもなく僅かな間。
「(えっと、)観音坂さん、お仕事大変そうですね」
「・・・まぁ、ね。毎日残業は当たり前だし営業職だから暑いけど外回りしなきゃだしクライアントの前で何回も頭下げてハゲ課長の前でも何回も頭下げてって何回頭下げるんだよ水飲み鳥かって感じだよ。まぁでもそれも全部俺が悪いんだよな、俺が・・・」

課長、ハゲてるんだ。というかこの人のネガティヴオーラすごすぎる。負のエネルギーが満ち溢れてる。プ○キュアの敵のエネルギー源にされそう。

「相当お疲れですね、分かりました。私が頑張って観音坂さんをお癒ししますね!」
直後コンマ5秒、押し倒される。
え?早くないですか。というか、私は意識が飛んだ。



気づけば白い天井、知らない天井だ。
明るい光が差し込んでいる。今ってもしかして朝?
ところで、ここはどこ。最後に見た景色とはだいぶ違う、あの人の部屋じゃない。視界の端に赤色を捉える。

「か、ん・・・のんざかさん」
お腹あたりが重たいなって思ってはいたけど、彼だ。すぅ、と寝息を立て眠り続ているのは。それから段々状況が掴めてきた。多分ここは、匂い的に病院。
鈍痛がする頭からしてきっと私押し倒された時に頭を打ったんだわ。だって座っていたあの真後ろにはベッドがあったから。
「えい、」
観音坂さんの旋毛をぎゅーっと押してみるが起きる気配はなく少し「う、ん・・・」と唸るだけ。
あの目の隈からしてこの人だいぶ疲れてるだろうし起こすの悪いかも。そのまま子供を撫でるようにさわさわと彼の頭を触る。
そういえば、プレイしてない。というか店にも連絡入れてないし心配してるよね。
きょろきょろと周囲を見渡すと枕元に私のスマホ。通知を見てみると店からラインとか着信とかがたくさん。
多分合ってるだろう状況説明をして、プレイしてないから料金はいただいていませんとラインで連絡。

それにしても、この人結構カッコいいし。素股くらいしときたかったな。また指名してくれるかな。なんてまだ少しぼんやりしてる頭で考えながら彼の頭をふわふわと弄び続けていると突然カーテンを開けられる。
「おや、気づいたかな」
入ってきたのは長身長髪の男性。白衣を着てるってことはお医者さんかな。
まだ重たい上半身を起こす。
「えっと、お陰様で。私って、頭を打ったん・・・ですかね。」
「そうみたいだね。でもCTやMRIから異常は見られなかったからそのまま退院でいいよ。」
「そう、ですか。」
鈍痛が走る自身の後頭部を摩ると少しぽっこりとしているくらい。
「ところで君が独歩くんの恋人かな」

独歩、くん。って確か観音坂さんの名前だ。ということは、このお医者さん観音坂さんの知り合い?
だとしたら知り合いがデリヘル呼んでましたなんてバレたら可哀想だ。

「そういうことになりますかね」
「なるほど、道理でね。ふふ、見たことあると思ったんだよ。それじゃあ名前さん、お大事にね。」
そのままお医者さんが去っていき私は再び枕に頭を沈める。

そこでクエスチョンマークが浮かぶ。

(「ところで君が独歩くんの恋人かな」
「ふふ、見たことあると思ったんだよ。」「それじゃあ名前さん、お大事にね。」)

少しずつ鮮明になっていく頭で先程までの会話を回想するとなんだか不自然な点がいろいろと出てきているような。それからぱきりぱきりとジグソーパズルのように徐々にはまっていく『事実』に心拍数が上がり、そして一気に血の気が引く。冷たくて、嫌な。嫌で嫌で、怖くて仕方がないあの記憶。

「おかえり、名前ちゃん」
「・・・・あ、あっ・・・どっ、ぽさ」

いつのまにか起きていた彼が覆い被さるようにしながら私の顔を覗いている。

いけない、嘘でしょ。あの時の衝撃で私、思い出しちゃったの?
ふぅ、ふぅ、と乱す息、苦しくなりながらこめかみ付近にあるはずのそれを探す。

「もうないぞ。どこの闇医者に施術されたか知らんがインプラントは。先生に取り除いでもらった。」

取り出された透明な袋に入っているそれはあの日医者に見せられたそれの全体像で。ゆらゆらと手を伸ばすとパキっと独歩に握り潰される。強く握られた手から赤い液体が滴るのを見て憶えた絶望感。

「なん、で・・・やだよ、どうしてこんなことするの?!忘れさせてよ!!」
半狂乱になりながら取り乱す私を抱き閉じ込める彼の表情は窺い知れない。
ただただ無言で私を離すまいとする彼にしがみついて、ボロボロと溢れ出す涙を止める術はもう無くて。

「・・・忘れちゃ、駄目だろ。俺と、名前ちゃんの子」



あのね、私。3年間、閉じ込めてたの。記憶抑制インプラントで。だってね、辛かったの。本当はね、学生生活も世間体も何もかも捨てて貴方と一緒になりたかったの。だって好きだったの、貴方も、この子も。ちゃんと、愛してあげたかったな。
・・・ねぇ、貴方は3年間ずっと抱えてたの?待っててくれたの?探してくれていたの?