箱庭のオフィーリア


※5000hit 独歩で悲しい話(ひろ様)

思えば、今思えば、やはり俺はずっと彼女を愛していたのだろう。と、思う。
現に今だって彼女が寝息を立てるスリーピングポッドを家に置いている。
スリーピングポッド---- 一昔前ではコールドスリープなどであったが。
治療法が見つかっていない病に罹患した際などに適用されるもので、対象者を眠らせ生理食塩水をベースとした特殊な水溶液に浸ける。それにより代謝や、身体の成長、脳の活動などを停止させる。スリーピングポッドに浮かぶその姿はかの有名なオフィーリアのようであることから、スリーピングポッドに掛けられた対象者のことはオフィーリアと呼ばれる。
コールドスリープは対象者を冷凍してしまい、解凍するまでその姿を見、触れることができない。スリーピングポッドは対象者が外気に触れている状態なので触れることが可能だ。
しかしこの水溶液は1日に一度交換が必要で、そのため大抵の場合は専門の施設にて対応するのだが、専門の知識と水溶液のタンクの定期購入さえすれば在宅での対応ができる。そもそも、

「コレ、うちの開発品だしな。」

水溶液の交換をするのは結構体力を使う。タンクが重い。ただの水じゃなく様々な物質が含まれているので重さがある、し、量も多い。そして費用もかかる。
それでも、彼女を傍に置きたいという俺のエゴだ。






「独歩さん、次って、いつ会えそうですか?」


名前は上目遣いで尋ねる。日が傾き、黄昏に染まるシンジュクの街。彼女はシブヤへ戻る前、別れる前に必ず次のデートの日を聞く。
そんな彼女が、少し苦手だった。ラインも知っている、なんなら電話番号も知っているのだから。したくなるタイミングで連絡をかけてこればいいのに彼女は必ず次を予約する。

「・・・うん、と。そうだな。・・・再来週の日曜とかはどうだろうか。」
「再来週の日曜ですね。大丈夫です。」

ベビーピンクの女の子らしい手帳にこれまた丸文字の女の子らしい字で再来週の日曜に「独歩さん」と記入し、鞄に仕舞う。
それじゃあ、と ぺこりとお辞儀をしその際にズレたベレー帽を抑え直し、もう一度お辞儀をする。そんな彼女を見送って帰路についた。


名前と付き合って2年目。なぜ彼女と付き合っているかというと、彼女はあるクリニックの院長の末娘で。会食での接待で紹介されたのだ。
どうやら男兄弟ばかりの末娘ということもあり箱入り娘で、現在も女子大の学生で異性との交流があまりないようだった。それで、院長から付き合ってみないかと言われたのが発端だ。
つまり、俺は彼女に好意があったわけではなかったのだ。彼女も初対面の俺といきなり付き合えと言われて混乱していたに違いないのだが。
それでも、俺に対して愛を抱き、そして向けた。
付き合って半年の冬の夜に身を結んだのだが、彼女は処女であるのに悲鳴1つ漏らさず俺を受け入れた。ただシーツを染めた赤だけが彼女の痛みを訴えていたのみだった。
・・・ここで彼女が泣き喚いて 嫌だなんだと一言でも言えばまた変わったのだろうか。
いつもへらりにこりと顔に貼り付けたその笑顔がたまらなく俺の心を歪ませた。もやもやとした感情が、例えるなら 金属たわしを心臓の中に入れられたような感覚がした。
その理由が漸く判ったのは 2ヶ月前だった。

本当に偶然だった。シブヤにどうしても外せない仕事で来た時に名前の姿をカフェで見かけて 声をかけようとした際。
彼女が、知らない青年と同じテーブルに座っているのを見た。どうやら聞こえてくる内容的に元同級生のようで、その青年は美大生のようである。

そのままアイスコーヒーを近くの席で飲みながら 2人が解散するのを待った。
俺が来てから約30分、その間大学生活がどうだとか将来設計がどうだとかを話していた。
そろそろ帰ろうかと名前が告げ、2人が会計を済ませ外へ出るのを見送る。完全に声を掛けるタイミングを見失いどうしようかと思って外を見やると青年が真剣な表情で、名前の手首を掴み引き留めている。
なにかを彼女に尋ね、愛おしそうに見つめる。そんな青年に対して名前は瞳が揺らぎ、下唇をきゅっと噛み、困惑しているのが分かった。
迷って、迷って、それから、首を横に振った。


気付いた。漸くそこで気付いた。ずっと感じていたこの胸が痞えるような気持ち。嫉妬、だけではなかった。そうだ、これは、独占欲。
あの笑顔も、その笑顔も 俺だけに向けてくれていたわけじゃなかった。彼女は誰にでもへらりにこりと笑顔を振り撒いていた。
俺だけの彼女が欲しくて、セックスだってわざと痛くしたり、激しくしたりしたのにそれでも彼女の特別な表情なんて見られなくて。
なのに、あんな見たことがない顔を名前は見せた、 あの青年に。その事実が胸を焦がして仕方がなかった。
だから、気付いた感情を彼女に全部吐き出した。彼女の優しさに甘んじて、受け入れてくれることを分かって。拒絶なんてできない性格につけこんで。
俺の気持ち悪いこの嫉妬と独占欲を吐き出し、縋った。
名前は少し困ったような顔をしてそれから話し始めた。

「・・・私、独歩さんに嫌われてると思ってたんです。」
「俺も、君のことは好きじゃないと思ってた。というよりは好きであることを認めてはいけないと思っていた。」
「それは、得意先である父から充てがわれただけである存在だから?」
「あぁ、うん、そう。・・・本当はきっと一目惚れだったんだと思うけれど。」
「ふふ、私もです。」
「・・・話して、付き合ったら 熱が冷めると思った。でもごめん、会う度に、話す度に、顔を見る度に名前への好きが膨らみ上がって仕方なかった。ごめん、本当にごめん。気持ち悪いよな。」
「ううん、そんなことない。だからね、・・・今度目が覚めたら沢山私を愛してくださいね。」
「あぁ、そうする。・・・おやすみ」
「おやすみなさい・・・」

それがスリーピングポッドに眠る直前に交わした会話だった。
本来ならば先述した通りスリーピングポッドとは現在の医学では治療不可能な病に罹患した者が対象であるが、名前は至って健康体。

彼女はシブヤディビジョンに籍を置いており、対する俺はシンジュク。テリトリーバトルも最終局面へと入り、各ディビジョンの対立も激しくなる。ここ最近では特にシブヤ-シンジュクの対戦が決定したためここの対立が激しい。名前のクリニックにも赴けない状況だ。
ましてや、俺はシンジュクの代表なのだから彼女の家族含めて受け入れが悪い。
・・・それでも、俺についてきたいと名前が半ば家族から軟禁されている状態から摺り抜け俺に会いに行こうとしていたとき、青年と再会したのだそう。察しはついていたが彼からも俺と別れてほしい、昔馴染みの彼の恋人になってほしいとあの時に言われていたらしい。
家族との縁もなにもかも捨て、名前が俺の元に来てくれた。
だから、この勝負だけは絶対に勝たなければいけない。シブヤを、吸収する。彼女を縛るシブヤを、必ず。
でもシブヤはそれでも彼女の生まれ故郷なのだから、残酷な状況だ。だから、この勝負が終わるそれまでは眠らせる。
・・・という理由も勿論あるが、本当は少し不安だった。彼女は家族を大切にするから、だから俺よりもやっぱり家族の元に戻ってしまうのではないかと。だから、彼女の居場所を完全に俺の手の届く範囲に納めるまで・・・もう少し。

「・・・嫌わないでくれ。名前」

眠る名前には悪いが、これは許されない愛だ。嫉妬と独占欲に塗れた愛で溺死させ、常識も倫理も法律も全部無視して彼女をもう離すまいとする俺のエゴにきっと気付かずその日まで眠る彼女は幸せなのだろうか。
少なくとも彼女の寝顔は安らかで、そこにはただ俺への愛が浮かべられているのみだ。
あぁ、今日も君を愛せる。彼女は俺のものだ。

コンコン、と扉がこの愛の逃避行の終幕を告げる前に。

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ひろ様リクエストありがとうございました!
遅くなって大変申し訳ありませんっっ!
悲劇ネタが今回全然降ってこなくて結構難産でしたがそれっぽいものがなんとか産まれてくれました。
やたら独歩がヤンデレっぽく仕上がってしまいましたが御勘弁を!!