向日葵畑を泳ぐ
※死ネタ
うぅん、どうしたものか。展開に行き詰まりペンを置く。ここ最近ずっとこんな感じだ。
頬杖をつき考えを巡らすが、なにも浮かんでこない。ブドウ糖が足りなくなったのだろうか。ふぅ、と溜息を漏らし書斎から5.6時間ぶりに出た。
「名前・・・どこですか名前」
いつもなら居間にいるはずの同居人の名前を呼ぶが返事がない。姿も見えない。買い物に行くにはいつもの時間より早い。大体、彼女が私の断りなく出掛けるはずはないのだが。
先に話しておくと名前とは同郷の腐れ縁で、私を追ってシブヤまで1人で来た変人だ。昔から求愛されてはいたが、東京に来て半年くらい経ったある日自宅を探し出され転がり込んできた。そしてそのまま押し掛け女房をされてしまっている。・・・なんだかんだ家事をやってくれているので丁度良い無料家政婦だな、とここに置いている。
そんな彼女が、いつもなら 夫婦ごっこがしたいのか一緒に出掛けようと駄々をこねる彼女が1人で出て行くわけがないはずだ。
なんとなく腹立たしいので電話の1つでもしてやろうかとスマートフォンを取り出すが、其処で思い留まる。
・・・心配してる、とか思われたりしたら後々鬱陶しいな、と。それに、なんて言えばいいんだろう。
モヤモヤと思考を巡らせていると突然スマートフォンに着信が入る。表示は名前。今更こちらに連絡か・・・名前の分際で私に余計な考え事をさせるなんていい御身分ですね。
『通話』を押し電話に出る。
「名前、貴女今どこに・・・」
胸に耳を当てると、とくとくという規則正しい音が聴こえる。この音を聴くと安心する。心音というのは安心するものだ生きている、という証というものもあるが、それはきっと胎内にいた頃から聴いている音だからだろう。
・・・まぁ、そんなことしなくても私の隣の機械で表示している数値を見れば彼女の心臓が動いていることは判るのだけど。
彼女の手に自分の手を重ねても、彼女は握り返してはくれない。2週間前までは彼女から触れてきたのに。煩わしくて、鬱陶しいと思いつつしつこく求める彼女に折れて手を絡ませるしかなかった。
「なんで、小生が・・・貴女を求めなきゃいけないんですかね」
あの日、彼女はどこかに行った帰りに通り魔に遭いそのまま眠り続けている。腹部を刺されたが、腹部は幸い臓器に傷が付いていなかったため良かった。問題は失血により脳に血液が回らず、その際に意識障害を発症した。犯人はその日のうちに逮捕されていた。
けれど彼女は、名前は目覚めていない。
血液が回らなかったのは一時的ではあるし、そんなに時間は経っていなかったはずで、CT、MRI上も問題なく医者も目覚めても良いはずだと首を傾げている。
もしかして拗ねてるのか?私がいつまでも君の愛を受け入れないから。だから、起きないのか。
「・・・キスの1つでもしたら、君は目覚めるのか?」
唇に触れると、少し乾燥しているが柔らかい。
何時もならその唇で嬉しそうに私の名を紡ぐこの唇はもうずっと私の名を紡いでくれていない。
ならば塞いでしまってもいいだろう。
前に一度だけ、過ちで唇を重ねたことがあった。
あの時名前は泣いていた。それから、至極幸せそうに微笑んだ。その時の彼女の微笑は、好きだった。このまま側に置いてやってもいいと、そう思った。君に、気持ちが傾いた。
あの微笑が見てみたい。
あの微笑を見ればもう一度ペンを持てる気がする。
「仕方ない、認めるしかないな・・・君がいないと、駄目です私は。」
一度だけ、一度だけ口づけようと決めていたのに。何度も彼女の唇に己の唇を寄せた、喰むように。
それから1年後、彼女は息を引き取った。
その間一度も彼女が目を覚ますことはなかった。
久々に帰ってきた故郷、ゆらゆらと揺れる蜃気楼、夏の葬列が向日葵揺れる道を進むのを、少し離れた所から見ていた。
名前の祖母から葬儀中に声を掛けられ握らされた封筒を私は開けられずにただぼう、と葬列が動くのを眺めていた。
(幻太郎さん、たまには外行きましょ?息詰まっちゃいますよ!ほら!ネタ作りネタ作り!)(そんなことしなくても大丈夫です)(健康のためにもほらほらー!)
(花嫁修業に御協力願います!)(肉じゃがとはまたベタな。)(やっぱり肉じゃがって家庭の味が出る特別なものだと思うんですよー)
(なんだかんだ幻太郎さん私のこと好きですよね?)(それは自惚れですよ)(・・・それでも、私はこうやってぎゅっとしてもらえるだけで幸せ)
封筒を開けれたのは夜が更けた頃。中には写真が1枚。幼い頃に2人の姿が撮影された写真だ。あの向日葵畑で。
この写真は彼女がずっと大切に手帳へ挟んであったものだという。裏には子供の稚拙な字で「おおきくなったらおよめさんになる」と書いてあった。
後から判ったことだが、あの日彼女は向日葵畑に行っていたようだ。警察が名前が持っていたカメラのデータを調べ判ったらしい。
彼女は創作に行き詰まった私のために向日葵を撮影しに行ったのだ。
東京へ帰るために向日葵畑を通る。向日葵畑を抜けた時もしかしたら彼女が向日葵を抱えて私の元に帰ってきてくれるのではないかと振り返ってみるが、あるのは揺れる向日葵と青い空の風景だけ。
ざわざわという風音がもしかしたら彼女が私を呼ぶ声を掻き消しているのかもしれないと耳をよく澄ませてみるが人の声は聞こえない。
歩みを再開する。ポタポタと落ちる雫はは汗だと思っていたがどうやら違うらしい。嗚咽が止まらなくなり立ち止まろうと思った。だけど、ここで止まるともう前には進めなくなる気がしてひたすら歩いた。もう大丈夫と、自分に嘘を吐いて。
「・・・願えば白無垢くらい、着せてやったのに」