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小学校に上がって3年ほど。その間も俺たちは瑠奈の指導に従って体づくりや体の動かし方を習得していっていた。
一体どんな状況であれば年端も行かない少女がこんな筋トレや戦闘行動としか見えない動きや動き方のセオリーを熟知して他人へ教えられるほどになるのか。まったくわからないのだが、彼女の言うとおりにして損になったことは一つもないので素直に従って己を鍛えていくのだが。

「(俺に隠してデクを鍛えようとしていたわけじゃねェのはわかった)」

だからと言って、ではなぜいつも一緒にいたのに俺だけは最初何も言ってもらえなかったのか。誘ってもらえなかった。のけ者にされている気がした。

「俺は、俺から声をかけンと俺のことを見てくれなかったくせに、デクは……」

ふつふつと不満が煮詰められていく。今初めて湧いたものではない。以前から、それこそ出会ってすぐからずっと持ち続けていた不満。
俺はあいつよりできるのに、彼女は俺より先にあいつを見る。瑠奈の中で俺が一番になれない。俺はいつだってお前の一番になろうと彼女のことを見ているのに。
周りのやつらより俺は何でもできる。それ以上に瑠奈はあらゆることができる。そんな彼女を超えたいと思ったし、できる俺らは互いに競い合っては互いを意識しあっていけるもんだと思っていた。俺と瑠奈でそうなりたかった。
しかし蓋を開けてみれば彼女の実力を知る程に、俺と張り合うどころかまるで歯が立たないほど圧倒的に上位にいて、今となっては俺が瑠奈に教えを乞う立場にいる。それでも他の誰より俺が彼女の近くに居られれば良かったのに、何もかもが俺以下のデクがその位置にいるように見える。

「オイ瑠奈!! 俺と! 本気でやれ!!」

我慢の限界だった。もう少し年齢を重ねれば発散の仕方や諦め方を覚えられたかもしれなかったが、精神が早熟なだけの幼い俺にはこのフラストレーション全てを抱えておくのは不可能だった。
俺の吠えるような荒い誘いに、瑠奈はぽかんとした表情をさらしながら次の瞬間には「いいよ」と二つ返事で了承した。彼女の手を引いていつもの場所へ向かっていく。彼女からの抵抗はなかった。
この場にデクはいない。止めるものも、視界にちらついて集中を削ぐものも何もない。互いにしか目がいかない、彼女の視線が俺だけに集中する時間。いつもであれば浮つくほど喜べるシチュエーションだったが、今の心境では心のひとつも浮き上がらない。
学校帰りにいつも寄ってトレーニングをしている山からもう少し奥に入った、木に囲まれながらも開けた場所で傷を負わせる危険性すらある個性もフル活用した全力戦。
自分が彼女に傷をつけるとか、勝てるとかそういった考えはなかった。もし万が一怪我をさせてしまったとして、彼女が気にするとも思えなかったが俺が責任を取れば問題ないと考えていた。
腕を掴めた際にそのまま爆破してしてみても、既に体格で優っている俺が思いっきり足を振りぬいて蹴ってみても、びくともせずこちらにダメージが入る始末で電柱を相手にしている気分になる。

「……っンで、何も聞かねェ!」
「聞かれたかった?」
「そ、ん……でも! 相手がデクなら聞いてたろ!! やさしく”どうしたの”って!」

言いながら視界が端から滲んでいく。「どうして俺を1番にしてくれないんだ」もっと俺の方を見てくれと泣きながら縋っているこの状況にどんどん惨めな気持ちになっていく。
もはやボロボロ涙を流しながら目の前の彼女を掴もうと躍起になっている俺を、冷静な目で見ながら足をかけた彼女は手早く地面に引き倒すとマウントポジションを取って俺の自由を奪った。何も見えないがぎっちりとあらゆる部位が固定されているので彼女の個性でしばりつけられているらしい。
彼女は空いた手で頬を包み込んで強制的に目を合わせるように顔を上げさせる。

「いずくんと同じじゃないから聞かないんだよ。今だって聞かれたくないんでしょ?」

瑠奈は俺の胸に座りながら小さい指で俺の目元を拭う。俺の涙で彼女の指先が濡れていくのが、どうしてか惨めだった心を少しだけ満たしていく。

「言わなくていいよ。言いたかったら言ってもいいよ。かつきくん」

初めて彼女に名前を呼ばれて呼吸が止まる。嫌でも伝わってくる、何をしてもいいよ、受け止められるからという免罪の意図。
彼女に優しく問いかけられるデクが羨ましかった。彼女に心を砕いてもらえているようで。俺にはしないだろうその様子が、どうしても手に入らないもののようで。

「…………お、れにも、少しくらい、きょーみもてや」
「すごく興味があるからここまで理解してるんでしょ、かつきくんのこと」
「おれが言い出さンと、おれのこと見なかったクセによ」

鼻をすすりながら、涙を拭われながら拗ねて愛を乞う姿はあまりに情けなかったろうに、笑いもせず真っ直ぐに返された言葉が胸に刺さった。
腕を引かれて引き起こされた時には帯の個性は解除されていた。そのまま地面に座らされて緩く抱きしめられる。すぐさまそのか細い肩にしがみつくように抱きつく。

「今も足りない?」
「全然足んね」
「えぇ……」
「もっとおれを1番にしろ」
「序列なんてなかったんだけどな……」

困ったように呟いた瑠奈はじゃあ、と言って抱きしめた腕を緩めて体を離そうとしたらしいが、俺がしがみついているので離れられずそのままにすることにしたらしい彼女は俺にしがみつかれたまま話し出した。涙はいつの間にか止まっていた。

「1番だって思えるまで傍にいたらいいよ」

口だけで1番だよって言われても納得しないでしょ、と俺への理解を見せてくる彼女に心が沸き立つ。
たとえ子供の戯言と言われようとも、いつでもいつまでも隣にいられる言質を得たのだ。
彼女は今の様子の通り、俺が離さなければ俺から離れていくことはなくなったのだ。

以降、互いがどんな岐路に立とうともこの時の言質を盾に使う俺がいたのは言うまでもない。

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