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私は数学が苦手だ。
勉強は今生から始めた訳だが、前世と世界規模であらゆる点がずれていたり異なっているこの世界の情報が前世と混ざってわからなくなってしまうから。
ハンター文字で言語統一されていたあの世界では、ゴミ溜め生まれの私に母国語など存在しなかった。ようやっと日本語を習得したのにもうひと言語追加など、私程度の頭には難度が高い。トリリンガルになれと?
そんな事情もあって勉強という行為自体は嫌いではないし有難く享受させてもらっているが、成績として奮わなかった。そうしていくうちに気付いたのだ。私は数学が苦手科目であると。

「かっちゃん、私数学苦手なんだよ」
「何だよ急に。知っとるわ」

彼の部屋で勉強を見てもらおうと、学校からの帰り道を共にしている最中に気付いたことを伝えてみた。
すると何をいまさら、というような顔をされたので本当に知っていたらしい。私でも今気づいたことなんだが?
玄関をくぐって靴を脱ぎ、さっさと自室への階段を登って行ってしまう。お邪魔しますと声をかけて脱いだ靴をきちんと揃えられた靴の隣に揃える。育ちがいいな。リビングの方から彼の母親が顔を出した。

「あら、瑠奈ちゃん! いらっしゃい!」
「勉強教えてもらいに来ました」
「あらァ……フフフ」

ぺこりと頭を下げると、含み笑いをもらった。
粗雑なように見えてその実かなりきちんと躾けられていたりするかっちゃんの母上なので、そんな彼女の前で内心では変なことしないようにしなければと考えていた。
まさか何か変なことしたか言ったか? とヒヤッとしていると右腕を後ろから強く引かれる。

「遅ぇと思ったらババアに捕まっとンなや」
「勝己! ちゃんと色々用意した? 床に直で座らせてたら許さないわよ」
「うるせぇババア!」
「あ、オカマイナク……」

ぐいぐいと引っ張っていく彼についていきながら小さく答えておく。
床でも別に平気というか、たとえアスファルト舗装の道路の上であろうと苦にならないので本音であった。どうしても思考の基準が前世なのである。
部屋について招き入れられたそこには勉強机やベッド、趣味のスペースなどが整然と並べられており、落ち着いた色でまとめられた男子学生の部屋であった。
床にはラグの上に座布団ひとつと黒い座椅子が一つ置いてあり、勉強机とは別に薄い色のローテーブルが置かれている。
ちゃんと座るところと普段使いはしていなさそうな綺麗なローテーブルが用意されていて、相談を持ち掛けてから数日後だが、その間にわざわざ準備を整えて迎えてくれたのだと知る。
律儀だなあと思いながら座布団の方へ荷物を下ろしていると、掴まれていた腕から手へと移動していた手がそのまま私の手をつないで引く。

「ここ座れ」
「座椅子はかっちゃんのじゃないの」
「俺ンじゃねェ。とにかくこっち使え」
「ん、ありがと」

勧められたものを拒否する理由もないのでありがたく使わせてもらう。小さめだが弾力がある。
さっそくどれから始めようかと話していると、部屋をノックする音がして扉が開く。

「はい、飲み物とお菓子! 勝己がこれって言って用意したんだけど、よかったかしら」

丸盆の上には湯呑二つと急須、そして小さめの深皿が乗っている。中をのぞけば粒の大きな金平糖がたくさん入れられていた。

「……はい。大好きです」
「みたいね。よかったわ。そのテーブルと座椅子も張り切って用意してたから気に入ってもらえたら嬉しいわ!」
「ババア!!!」
「フフフ、よかったじゃない勝己。瑠奈ちゃんゆっくりしてってね」
「ありがとうございます」

真っ赤になって母親を追い出した彼に目を向けると、居心地悪そうな目と目が合う。

「………………悪ィかよ」
「何も。ありがとね、大好き」
「ア゜!?」
「金平糖。よく覚えてたね。あと今凄い声出てたよ」
「うるせぇ声変わりだわ!」
「テーブルとか、座椅子も。色々感謝してる」

色々と黙っておくつもりだったらしいそれらが一気にバラされてしまって気まずいのだろう、ガシガシと頭をかいて大きく溜息を吐いた。

「こっから受験まで勉強頑張ンだろ俺と」
「うん、よろしく」
「責任取るっつったからな」
「ん、これは絶対受からないとだ」

ここまでお膳立てされて、全体的な協力まで取り付けたのだ。これで受からないと元ハンターとしても念能力者としても名折れだ。

この日から日々の体作りに追加して爆豪家での勉強会が日常に挟まれていくのだが、そこで培った互いの理解の深さが後々全寮制へと移行になったときに露呈するのはまた少し先の話である。

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