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この人間の築き上げてきたものがまっさらになった世界に来てから1年が過ぎた頃。
特に何の問題もなく南下を終え、現在位置も不明なまま川の近くで越冬を完了した瑠奈はまた土地を移動するかどうかを考えていた。

「この辺にも飽きて……なに?」

広さはその時々の気分次第だが常に張り続けている円にわずかにヒトの生体反応が引っかかった。
ぱっとそちらを見てもあるのは石像ばかり。慎重に探ってみるとどうやら横たわった少年の形をした石像から生命エネルギー――オーラが漏れ出ていた。
軽く小突いてみるも反応はなく、反響する音も石のそれだった。

「ここから人に戻るってこと……?」

どういう理屈かはいまいちわからないが、この少年はきっとそろそろこの世界に戻ってくる。
ここ一年過ごしてみて初めての出来事に、瑠奈はこの地を離れるのを中止して少年像の行く末を見守ることにした。

そうして完全に冬を越え、雪も全て溶け終えた春。
彼女はここにきて初めてひとところに滞在していた。
とはいえ拠点を作るでもなく、ふらふらとたまに遠出してはまたこの場所に戻ってきて適当に過ごすという気ままな過ごし方をしていた。

そうして少年像の真横で焚火に当たりつつのんびり食事をとっていた瑠奈は少年の再誕に立ち会った。
頭部分から雛鳥が卵の殻を割って出るように自然とヒビが入り、バキバキと石片が剥がれ落ちていく。
わぁ、私もこんな感じだったのか、と興味深く観察していれば、当然のようにその少年の目と目が合う。

「今見てたな? どこから割れ始めやがった!?」
「頭からだね。前頭連合野んとこからペキペキっと」

石化以降3700年ずっとカウントし続け、気になること・やりたいことを突き進める男と、その圧倒的な強さゆえにマイペースに生きる女が、世界でたった二人きりの出逢いにて交わした初めての会話であった。

「おいてめー、暇なら現場の保全を手伝え」
「いいよ」

身体から剥がれ落ちた石片をできる限りあったままに戻して並べていくのを手伝う。

「これ状況再現と現場を保全って、この後戻ってきて何か検証でもすんの?」
「ああ。石化現象の解を求める。先に起きてたんならなんか知ってんのか?」
「いいや。起きてからもう一年経つけど何にもわかんないよ。ていうか調べようとしてなかったなー」

露骨に役に立たねぇな……という顔をして見せる少年に苦笑いで答える。

「東北からひとりで南下してきたけどさ、こうも人がいない世界だと答え合わせもろくにできないからさ、いつの間にか深く考えるのやめてたのかも」
「てことはお前以外に活動してる人類はまだ会えてねぇってことか?」
「ないねぇ。何なら岩手あたりかな、そこからここに至るまで山間部から街の中心地も歩いてきたけど、人工物の類は影も形もなくなってたよ」
「だろうな。3700年ありゃ大体のモンは朽ちてるだろ」

少年の言葉にぱちくりと驚いた顔で動きを止めた。その手は少年に向けて用意していた鹿皮の衣服を差し出した形で止まっていたので、少年はその手から受け取りながら「なんだよ?」と訝しげに問いかけた。

「3700年も経ってるってどうやって?」
「あ"? カウントしてたんだよ、石化直後からな。ちなみに今日は5738年の4月1日だ」
「……、なにゆえ?」
「起きたとき真冬だと詰むだろうが。起床は春! これが生存のための絶対条件だったからだ」

それを聞いてどうしても笑いが混みあげてきて止められなかった。
急にんふふ、アハハ! と笑い出した私に少年は思いっきりドン引いた表情で見つめてきた。

「すごいね、きみ! 3700年間ずっと途切れさせず数え続けてきたの」
「そうだよ。科学は全て積み重ねだ。トライ&エラーも、確実なことから一歩一歩な」

ひとしきり笑って落ち着いた私は、あらかじめ用意しておいた物を取り出し少年の前に出した。
それは衣服と同じ鹿皮の、少し加工を施して丈夫にした履物だった。

「これ、おめー…」
「靴! 活動するにも足が肝心でしょ? 私は瑠奈、これは正確な日付を教えてくれたお礼。君の名前は?」
「おありがてぇな……千空だ」
「せんくう? どういう字?」
「千の空だ」
「おっけー、センクーね」
「思いっきりカタカナ発音じゃねーか」

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